小説|「セレニティ模様」第53話
「大変お待たせいたしました。まもなく一番線ホームに電車が到着します」一番線ホームしかないのだ。香はみんな続きホームへ向かう。
窓越しに見える車内はいつもより混雑していた。
莉緒ちゃんたちはいるのかなと思いながら電車の中へ入る。
「こうちゃーん。こっち~」莉緒ちゃんが笑顔で手を振っている。
香は手を振り返す。そして当たり前のようにこの輪の中に入れることが嬉しい。
「今日はさすがに混んでるね」莉緒ちゃんは何にも掴まらず自分の足でバランスをとっている。
人混みと言っても都会の混雑とは違い、人と人との間に隙間はある。
「寒かったでしょ。これホッカイロ。良かったら使って」歩ちゃんも気遣いの人だ。
「歩ちゃんは寒い寒いってずっと言って待ってたんだよ」慶ちゃんが笑う。
「歩ちゃん、極度の寒がりだからね。香ちゃんもだよね」慶ちゃんが二人を交互に見る。
ガタンゴトン。ガタンゴトン。
いつの間にやら吹雪はおさまり開けた視界には一面、背丈の同じくらいの雪の花壇が広がっていた。
電車から見える景色はほとんどが田んぼでその先に住宅地が広がるから自然と高さが揃うのだ。
小さい頃はまだ誰も歩いていないまっさらな雪の上を一番に踏むのがすきだったな、と香は思い出す。
一寸先が見えない吹雪が落ち着いてほっとすると同じものを見ても見える世界が違う。
どこまでも続く白い雪のじゅうたん、雪がこんもり積もった木々や山々、これぞまさに雪国という景色が好きな人もいれば、日常すぎて見慣れすぎて近くでその大変さを知りすぎて隣り合わせすぎて嫌気がさす人もいる。
例えば内陸育ちの香は海とは縁遠い暮らしをしていたから憧れもありきれいだなと思うし海の近くまで行って海の青さを見たいし潮風を感じたいとも思う。けれど海沿いに住んでいる人の中には海は案外近くで見ると汚いから遠くから眺めるくらいがちょうどよいと言っていたりする。
そんな風に考えていたら雪の瀬駅に着いた。降車する人が多いけれど誰も急いでいない。香は急いだって仕方がないという状況を共有できる安心感を感じる。白ヶ音高に通う生徒みんなが駅前のバス停に一列に並びバスを待つ。
「今日はさ寝坊してもよかったな」莉緒ちゃんが言う。
「ふふっ。布団があんまりにも暖かいから布団から出るのでほとんどエネルギー使っちゃう」寒がりの歩ちゃんが言う。
「起きたらもうほとんどエネルギーなし?ははっ。それは言い過ぎじゃない?」莉緒ちゃんが歩ちゃんの背中を軽くトンっとたたく。
「あ、それは言い過ぎたかも。ついおおげさに話しちゃった」今度は歩ちゃんが莉緒ちゃんの肩を軽くたたく。
「ははっ」四人で笑った。たわいもない会話で心が温まる。これは自分には訪れないと思っていた青春というものではないか、と香ははっとする。
「あ、バスがきたあ。手を上げてみようか」莉緒ちゃんが言う。
「うん。私も上げてみよう。でも先頭でもないのにね」慶ちゃんが笑う。
「わたしはちょっと」といって歩ちゃんが遠慮する。香は何も言わず手も上げない。
この仲間と過ごす時間がすきだ。馬鹿にしたりからかったりすることもない。ほどよい塩梅で社会のルールを守っているところなど、なんとも絶妙なバランスで居心地が良い。友だちともうまくできず人付き合いが苦手な自分は社会人になったらもっと大変だと思っていた。けれど自分と気が合う人がいる。それは今まで出会っていなかっただけだ。だからいろんな人に出会っておくこと、いろんな人を見ておくことは大切だ。
きっかけは桑原さ始めいじめる人たちがいないところという理由だった。たまたま出会えた。けれど悠のアイデアや行動力を借りて自分が選んだ先で未来を変えられたという事実。それは香にとって間違いなく自信になった。
「バスに乗るよ~みんなついてきて~」莉緒ちゃんが自分は後ろ向きになりオーライのしぐさをとりながら進む。
「はーい」慶ちゃん、歩ちゃんが続く。
「はーい」香も自然と返事をする。
良いことも悪いことも続かない。けれど悪いことの方がどうしても強烈に記憶に残るから渦中にいるときはとっても苦しい。底なしの海に沈んでいくような、もがいてももがいても頭を押さえつけられて沈められるような。どこまで堕ちるんだろと怖くなる。
けれど光が射す。誰かが手を取ってくれる。上に引っ張りあげてくれる。自力でもがいても無理だった、諦めかけた、心が折れた、そんなとき誰かが助けてくれる。
でも大変さを伝えなければその手は現れない。ヨシばあの家で暮らすことで大人の機嫌に怯えなくてよくなった。むしろ子どもや孫を気にかけてくれる環境になった。
だから香も自然とヨシばあやお母さん、悠のことを気にかけたいと思うようになった。
