小説|「セレニティ模様」第28話
今日は五月晴れ。五月と言えばツツジが咲く、りんごの花が咲く、田植えが始まる。厳しかった冬の記憶がやっと薄れてくる穏やかな季節。外が気持ち良い、外に出てみたいと感じる貴重な季節だ。
自室の窓から見える清々しい青空。柔らかく爽やかな風が部屋の中を吹き抜ける。香が一年で一番好きな季節だ。いや季節「だった」になりそうだ。
四月になると春の穏やかな風が心地よく頬をなでる。冬の間空を覆っているのは分厚い分厚いねずみ色の雲。来る日も来る日も陽だまりがないというのは人の心を憂うつにさせる。
だから雪国で暮らす者にとって春の訪れはひときわ嬉しい。
今窓から空を見ると青空と白い雲がぷかぷかと浮かんでいる。同じ場所から空を見上げているのに冬とは見える景色が違う。だから春から初夏にかけては好きだった。
けれどいつからか好きな季節も苦手になった。
新年度の始まり、入学や進級に伴うクラス替えといった変化が苦手で、春の気候以外の理由で春が苦手になった。期待と不安が入り混じるというけれど圧倒的に不安の方が大きかった。
今年はさらに憂鬱な始まりとなった。その四月もなんとかやり過ごし五月になった。
しかし今年の五月は大型イベントが控えている。中学校生活の思い出になるようにと行事に組み込まれる修学旅行だ。
その泊まりがけイベントがいよいよ明日に控えている。
しかも移動時間の大半を占める新幹線移動。香の目の前の席が桑原さんたちグループ。
旅行と言ったら新幹線の席は向かいあわせにして和気あいあいと過ごすというのが定番だったりする。
気が利かない担任教師が
「ここ椅子回転できるよ」
「あの人が真向いに…」椅子が回転して桑原さんと向い合わせにと思うと全身に緊張が走る。
クラスのヒエラルキーを知っている担任教師の横にいる先生が慌てて止めに入る。
「それはしなくて大丈夫です」
一瞬目の前に現れたのち、またくるくるっと回転して元に戻った。まだ出発して五分と経っていない。この先が思いやられる。二泊三日。息を飲む瞬間が山ほどあるだろう。
香は自分が笑ったり楽しそうにしたりしてはいけないと気を引き締める。そんなことをすれば桑原さんの気に障ってしまう。しかし家では家族に心配かけないよう愛想よく過ごしている。家と学校とでは反対のことをしなければいけない。
座席の隙間から見える桑原さんは友だちと楽しそうにお菓子を食べながらおしゃべりしている。
自分のことを監視していないと思うと香はほっとした。桑原さんの前の座席ではなくて後ろでよかった。ほっと胸をなでおろし新幹線の窓から外を見る。
絵に描いたような田園風景が広がっている。近くはあっという間に通り過ぎるのに、遠くの田んぼはゆっくりと景色が変わっていく。ゆっくりだから変わっていることにも気づかないくらいだ。その更に向こうの山々は全く変わらないように見える。それでもゆっくり眺めていると自然と視界から消えた。
人生とは逆だ。一日、二日単位で見るととてつもなく長いのに、過ぎた一年、二年は早い気がする。早く中学生を辞めたい。否、卒業したい。
