見出し画像

小説|「セレニティ模様」第48話

 「ガラガラガラガラアアアアアア」
乱雑に引かれた玄関の引き戸。心なしか戸も開けられるのを嫌がっている感じだ。
「ちょっといい加減にしなさいよっ」
「トメさん。どうしたんだべ」ヨシばあがまた来たというように「よっこらしょっ」と立ち上がる。
招いてもいないのにトメさんがドシドシと家の中に侵入しそのまま居間まで来る。
「どうもこうもないっ。嫁も嫁なら孫も孫っ」トメさんが怒りで肩を震わせている。
「立ち話もなんだがらこちらに座ってけれえ」
「あのね。うちにはもうお金がないの。それなのに大学に行きたいって」
「ああ」
「それを嫁も止めないんだよ。どうなってるんだよ」
「それだけ聞いただけだど、なんも言えねえな」
「それから悠はそんなこと言いださないようにしといてちょうだい」
「ただいまあ。あ!トメ!」悠が家に帰るとトメさんがいて思わず口をつく。
「おかえり。呼び捨てにしない。トメ「さん」です」
「はーい。また何か言いに来たの?」悠がヨシばあに耳打ちする。
「まあ。失礼極まりない孫だね。とんでもない孫たちだね」
「そんなこと、ないやなあ」ヨシばあがひとり言のようにつぶやく。
「あんた、ちょうどよく来たね。大学進学なんて言い出すんじゃないよ」
「どうしたんだね」ヨシばあと仲良いばあがやってきた。
「あらま、ハナさん。」
 「あらら、どうも。なんとした?そこまで怒声が聞こえてきたっけど」
第三者の登場で少し冷静になったトメさん。例のごとく自分の言いたいことをひとしきり言うと外で待たせていたタクシーに乗って帰っていった。
「なんなんだよ。嵐が去った」悠が言う。
「なあ。悠はなんも気にしないでいいがらな」ヨシばあも悠の目を見てしっかり言う。
 「まだ来だなが。あんたにあらげでな」ハナさんは呆れ果てている。
 
 *
今ではすっかり電車で話す仲になり今日も電車にいるだろうかと毎朝のように心配している。みんなの体調や電車時間の心配をする気持ちのほかに来られなかったら私が一人になってしまうという保守的な理由で心配している自分がいる。

 その心配は杞憂に終わり電車には三人の姿があった。香のことを見つけたみんなが手を招く。香は自然にその輪の中に加わる。
「昨日は夜食作ってもらってさあ。太っちゃうかな。これ食べて頑張れぇなんて言うからね」慶ちゃんが眉根を寄せる。
「私の家もだよ。んでもさあの背徳感がね。余計おいしく感じるよね。こうちゃんは夜食食べる派?」莉緒ちゃんが言う。
「私はあんまり食べないかな」香は一度も食べたことがないのに見栄を張ってあんまりなどと言ってしまう。
「そっかあぁ」莉緒ちゃんが二度頷く。
香にとっては、そのあまり追求しない距離感がありがたかった。大学受験をさせてもらえるだけで充分恵まれている。高望みしてはいけないと思い口を一文字に結ぶ。
「お互いがんばろうね」歩ちゃんが言う。
 
大学受験なんて自分には程遠いと思っていた。けれど周りの大半がそれを目指すとなるとやっぱり香もそれを選んでもいいのではないかと勘違いしてしまう。目指せるような家庭環境ではないとわかっていても。和夫さんの様子を見たら、トメさんを見たら、それを支える母を見たら、大学に行かず働いてくれたほうがいいことは百も承知だ。自分が早く社会に出て働いたほうがいいことはわかる。でもわかりたくない。

いいなと思ったら応援しよう!