『親子で見つけた、本当の幸せ』〜ゲイのカミングアウト物語〜 第1話「本当の気持ちって、なんだろう」
29歳の洋介は、ごく普通の家庭に生まれ育ち、名門大学を卒業して上場企業へ就職。
両親の期待どおりの「理想の人生」を歩んでいた――ように見えた。
けれど、誰にも言えない“本当の気持ち”が、心の中で静かに芽生えていた。
新宿二丁目で出会った恋。
一人っ子としての葛藤。
そして「カミングアウト」を通して深く揺れる、家族の絆。
激しく反対する母。
静かに見守る父。
愛する人との未来を選ぶことは、親を裏切ることなのか――?
涙と再生の10章。
あなたの心にも、きっと届く物語。
誰にも言えない秘密がある。
それは心の奥で、ずっと小さく丸まって震えている。
29歳になった今も、まだ名前をつけられずにいる――。
社会人2年目の春、僕は同僚の佐々木美咲と付き合っていた。営業部の同期で、明るくて誰にでも優しい子だった。誕生日に手料理を作ってくれたり、出張先でお揃いのマグカップを買ってきてくれたりする、いわゆる“理想の彼女”。
けれどその理想は、いつしか僕の胸に重くのしかかるようになっていった。
「ねえ、洋介くん。将来って、どんな家庭が理想?」
ある晩、美咲が聞いてきた。桜色のネイルがワイングラスの縁をなぞる。
「うーん、普通にさ、2人くらい子供がいて、リビングにはテレビがあって、たまにキャンプとか行って……って感じかな」
その場ではそう答えた。でも、どこか空々しくて、自分の声が自分のものじゃないみたいだった。
美咲とキスをしても、抱きしめても、「好き」の温度が感じられなかった。
それは僕が冷たい人間だからじゃない。
たぶん、最初から“何か”がずれていたんだ。
高校まではサッカー部で、そこそこモテた。
大学でも女の子と付き合った経験はある。けど、思い出すのは教室で男子とふざけ合っていた時間ばかりだ。あの頃はそれが「普通」だと思っていたし、周りもそういうノリだったから、何も疑わなかった。
ただ一つ、いつも頭の片隅に引っかかっていた言葉がある。
「洋介ってさ、なんか女の子に興味なさそうだよね」
それを言ったのは高校の友達。冗談半分、からかい半分。
僕は笑ってごまかしたけれど、心の奥にヒリッと火がついたような感覚が残った。
大学では明治大学の経営学部に進んだ。親に言われたわけじゃないけど、将来は安定した会社に就職して、結婚して、子供を育てて――そんな“理想的なルート”に乗ることが、親孝行だと思っていた。
実際、卒業後は大手の広告代理店に入社して、配属されたのは営業部。上司にも恵まれ、同期とも仲が良く、仕事帰りには飲みに行くことも多かった。
でも、飲み会で女子と盛り上がっても、心のどこかで“演じている”ような自分がいた。
「いいなあ洋介、モテて!佐々木さんと付き合ってるって噂マジ?」
「いやあ、まあ……どうかな」
笑いながら返す。でも、その輪の中で僕だけが「何か」に違和感を覚えていた。
そんなある日、仲の良い同期の一人が唐突に言った。
「お前さ、男といた方が楽しそうじゃね?」
一瞬、心臓が止まるかと思った。
「は?何それ」
「いや、悪い意味じゃなくてさ。女子といるより、男とわちゃわちゃしてる時の方が生き生きしてるよなって」
あの時、僕は何も言い返せなかった。
図星だったからだ。
別れは自然な流れだった。美咲に「このまま付き合ってても意味がないと思う」と伝えた時、彼女は泣かなかった。ただ静かに頷き、「そっか」と呟いた。
「なんか、そんな気がしてた。……でもありがとう、正直に言ってくれて」
きっと彼女は気づいていたんだろう。
僕の“温度のなさ”に。
別れた直後は少し寂しかったけれど、不思議と心は軽くなった。
自由になれた気がした。でも同時に、自分がどこに向かえばいいのかわからなくなった。
29歳。一人っ子。両親はともに60代、定年退職を控えた年齢。
母は口癖のように言う。
「早くいい人見つけて、可愛いお嫁さん連れてきてよ」
「お父さんは孫とキャッチボールしたいって言ってるわよ」
笑いながら言ってくるその言葉が、僕にはもう、ナイフみたいに刺さる。
「うん、まあそのうち……」
そう返すたびに、嘘を積み上げている自分に息が詰まりそうになる。
僕の“普通”と、両親の“普通”は違うのかもしれない。
でも、僕はまだその違いを口に出す勇気がない。
たまに、電車の中で男同士が手を繋いでいる姿を見る。
SNSでは同性婚やLGBTQ+についての投稿が流れてくる。
それを見て、心が温かくなる半面、「自分には関係ない」と目を背けたくなる自分もいる。
僕は一体、どこに立っているんだろう。
この道の先に、誰かと肩を並べて生きる未来はあるんだろうか。
それとも、僕はずっと“どちらでもない場所”に立ち続けるのか。
そんなモヤモヤを抱えたある日、仕事帰りにふらっと立ち寄ったバーで、一人の男と出会う。
彼の名前は――まだ、この時の僕は知らなかった。
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(第2話へ続く)
