日向薬師道
大山道シリーズ、これまで、
と、来て、前回は、
と、exploreしてきました。
前回で、相模川と酒匂川の間の東海道から派生する大山道は、全て、制覇しました。
さて今回は、と、悩みましたが、猛暑日の予報です。山にしましょう。昼までには帰れるのが良いですね。
と、いうことで、日向薬師道にしました。
愛甲石田まで輪行、矢倉沢往還から派生する日向薬師道を、玉川沿いに行きます。
程無く、縁切り橋です。

頼朝の妾だった丹後の局が日向薬師参詣の折り、愛甲三郎季隆が案内役をつとめていて、嫉妬した政子が正にその時に軍勢を差し向け、愛甲季隆の屋敷を焼き払ったと。それを道中で聞いた愛甲季隆は、北条との縁切りを決めた、という伝承に基づく史跡です。
この道が日向薬師道であることの一つの証拠ですね。
また、愛甲季隆は横山党ですから、和田合戦では和田方につきました。もうここぞとばかりに戦ったんでしょうね。
先を行きましょう、

もうここは何度も訪れていますから今回はスルーです、小野神社をスルーし、小野橋の袂から西へ丘越えです。
ここからは、長閑な田園風景の中を、大山をド正面に行く道です。




ここを少し下ると庚申塔道標があります。




丘を下って日向川を渡る前、ここにも道標が二基あります。



日向川を渡河し観音経千五百巻供養塔、八坂さんも過ぎ、日向川の小さな支流を渡ると予想外に庚申塔がありました。

右側面は剥落で読めずでしたが、左側面に、"いゝ山道" です。少し戻って二又を左に行くと飯山観音ですから、剥落した左側面は日向薬師と書いてあったのでしょう。この道は武相三十三観音霊場巡礼道でもあるのです。
先を行きましょう、


十二神橋を過ぎると、早くも本日のゴール、日向薬師、白髭神社ですが、帰りに寄ります。
今回は熱中症対策で昼までに戻ります。なので距離は稼げません。なので上りたいのです。
浄発願寺を過ぎ、日向山荘の所を左に入って橋を渡り、日向川の向こう岸を日向川に沿って行く道が古道で、ここに、前回小田原通り大山道の西大友村盛泰寺の伝承にもあった、大友皇子の御陵があります。この辺り、集中してますね、何故なんでしょうか。


この古道は石雲寺まで続いていますが真夏ですからこの通り

ここまで10%未満の勾配でしたが、日向渓谷マス釣り場終わりの橋を渡るとこの看板。

私の35年前のクロモリ、前44-40, 後14-28の6枚、では上れません!途中でギブしました。
勾配が落ち着いた所から再乗車し、どん突きの駐車場まで来ました。キツかった!

さて、戻って、まずは大山への登り口です。

この直ぐ先にお不動さんが乗る大山道道標

そして石雲寺


そして日陰道



そして本日のゴール、日向薬師と白髭神社です。

高麗王若光が上陸の地大磯から、716年成立の高麗郡へ移住の際、一時ここに住んでいました。717年、東国行脚中の行基がこの地を訪れ、日向薬師の薬師像を彫るのに適した木材が無いと困っていた所、木材を提供したのが高麗王若光という伝承があります。

そして日向薬師


足元に大山道道標

さて、復路ですが、柏尾通り大山道から日向薬師道へと分岐する、頼朝や政子も通った道を行きましょう。



伊勢原駅から輪行で帰ります。まだ、11:30です。計画通り!!!
如何でしたでしょうか。
今回の往路は、2017/8に、渡来の道シリーズで一度走っています。その時も、長閑な絶景に大満足したんですが、今回も満足しました。
ここは良いですね。ついつい、写真が多くなってしまいました。オススメです。
