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モビルスーツ+魔法少女=「水星の魔女」

今回は、サンライズというアニメ制作会社について少し書いてみたい。
ここは、知名度でいえばジブリや京アニと並び、日本で最も有名な制作会社のひとつである。
昔から「ガンダム」の生みの親としてよく知られてるんだけど、最近では「ラブライブ」シリーズなどアイドル作品のヒットメーカーとしても知られてるよね。
「ガンダム」と「ラブライブ」、一見すると水と油のようにも思える。
なぜこのふたつがサンライズの中で並び立ってるのかというと、それは単純な話、サンライズがバンダイナムコグループの関連会社だからである。
このグループの方針により、サンライズは音楽分野への参入を余儀なくされたわけで。
実をいえば「ラブライブ」より先に、サンライズは「アイドルマスター」というアイドル作品を作っている。
「え?アイドルマスターはサンライズじゃなくてA-1 Picturesでは?」と思うだろうが、実は2007年、サンライズはA-1 Picturesよりも先に「アイドルマスターXENOGLOSSIA」というのを作ってるんだわ。
これがワケ分からん作品でねぇ・・。
まずは、下の画像を見てくれ。

「アイドルマスターXENOGLOSSIA」

上の画像を見て、「アイドルマスターXENOGLOSSIA」の世界観が分かるかい?
多分、分かんないよね。
画像の女の子は天海春香といって、A-1 Pictures版「アイドルマスター」でもヒロインをやってる子なんだけど、なぜかサンライズ版ではロボットを操縦しちゃうんだわ(笑)。
また何で、こんなことになっちゃったんだろう。
これは想像だが、当時バンダイの上層部から「女性アイドルを主人公にしたアニメを作れ」と命じられたサンライズは、「アイドル?ああ、なるほど、マクロスっぽい感じで作ればいいんだな?」と間違った解釈をしてしまったんじゃないだろうか。
結果、アイドルがロボットを操縦するという、マジでワケの分からん作品に仕上がってしまった。
この迷作、長井龍雪監督の黒歴史として有名だよね・・。

数多くロボット描いてきたサンライズは、アイドルと聞いてまずリンミンメイが浮かんだのでは?

まあ、今ではサンライズも「ラブライブ」で正統アイドル路線を確立できたわけで、もう「アイドルマスターXENOGLOSSIA」はなかったことにされてるといっていいだろう。
とはいえ、一部にはこれを「野心作」として評価してる人もいるようだ。
そのニュアンス、分からんでもないわ。
この「XENOGLOSSIA」が放送される前年、サンライズは「コードギアス」を大ヒットさせている。
「コードギアス」の野心的なところは、CLAMPという少女漫画界の大物を引っ張ってきたこと。
結果、この作品は既存のロボット作品とは比較にならんほど、女性ファン層を取り込むことに成功したのさ。
この成功体験が、やや歪んだ形で出たのが翌年の「XENOGLOSSIA」だったかもね。

CLAMPとのコラボの成功は、サンライズの間口を広げたことは間違いない

そして令和となり、サンライズは「XENOGLOSSIA」以来となる女性主人公のロボット作品を作った。
それが、「機動戦士ガンダム水星の魔女」だ。
これ、めちゃくちゃ野心作だよね。
主人公が女子というのもそうだけど、同時に百合要素があったり、マスクを着けたシャア的ポジションもまた女性だったり、なんかやたら女子度が高い気がする。
思えば出てくる男子も乙女ゲーム的なイケメンばかりだし、舞台となる学園の設定も「少女革命ウテナ」っぽいし、やはりこれは女子を視聴ターゲットに据えてるということ?
ヒロインも生命を削って闘うあたりは、近年の鬱系魔法少女作品に近いものがあると思う。
「まどかマギカ」とか、「魔法少女サイト」とか、「結城友奈」とか。
ある意味、この作品のキモはロボット作品と魔法少女作品(鬱系)の融合といっていいだろう。

今回のガンダムは、搭乗そのものに生命の危機が生じる設定

この「水星の魔女」の脚本を手掛けてるのは大河内一楼という人で、彼は「コードギアス」の脚本家としても有名かと。
以前、彼が手掛けた作品に「革命機ヴァルヴレイヴ」というのがあるんだが、これが少し「水星の魔女」に近いものがあったのよ。
「ヴァルヴレイヴ」もまた、その機体に搭乗すれば人間じゃいられなくなるという「まどかマギカ」的鬱設定だったわけで。
しかもこれ、最後ヒロインが政治的判断として主人公を救わずに見捨てるという最悪の鬱エンド。
それを知ってたから「水星の魔女」もあるいは・・と思ったけど、こっちは想定以上のハッピーエンドだったね。
そういや、大河内さんって「少女革命ウテナ」の小説版を書いてた人らしいので、この「水星の魔女」というのは大河内ファンタジーワールドの集大成かもしれないな。

百合系作品の名作「少女革命ウテナ」
決闘の制度がある学園を舞台とした物語
「革命機ヴァルヴレイヴ」は、ロボット+吸血鬼という「コードギアス」っぽい設定だった

データがないから正確なところまでは分からないけど、多分「水星の魔女」は当初の思惑通りに女性層取り込みは成功したんじゃないの?
正直いって、「ガンダム」生みの親・富野由悠季の色はほとんどない作品だった。
基本的にあの人は女性不信だし、こうやって女性たちを活き活きと描くことなんて無理なんだよ。
富野さんの「宇宙世紀」は、もう完結してると思う。
今は二次創作こそ「ガンダム」のメインという段階で、富野さんより若いSF作家たちが自由に「ガンダム」を創造していいのさ。
もちろん、原典としての「宇宙世紀」はリスペクトすべきだけど・・。

じゃ最後に、「ガンダム」の原典とは何か?について書いておこうと思う。
もちろん、1979年制作の「機動戦士ガンダム」が原典なのは間違いないんだが、問題はそれ以降である。
「Z」「ZZ」「V」「∀」「レコンギスタ」の5シリーズがファースト以降に彼が直接手掛けた作品なんだけど、これを全部原典と解釈していいのか?
いや、私としては、そこに異論がある。
まず「Z」について、富野さんはテレビ版とは別に劇場版を作ってるんだ。
しかもこのふたつ、鬱エンドとハッピーエンドで全く違う締め方をしている。
じゃ、どっちが正解?
それは人それぞれでいいんだけど、私が思うに劇場版をわざわざテレビ版の約20年後に制作した意味からして、今になって富野さんは「やっぱ、あれマズかったな・・」と思ってるんじゃないか?
わざわざ彼がこうやって修正した以上、私は映画の方を原典と解釈してあげるべきだと思うぞ。
だとすれば、「ZZ」は劇場版と話が繋がらなくなるので原典から除外するとして、あと「V」も富野さんが「見ないでください」と言ってたほどだから外した方がいいだろう。
思えば「ZZ」と「V」は、富野さんが手掛けた「ガンダム」の中で劇場版を制作しなかった数少ない例外である。
なるほど。
ならばいっそ、原典は「富野さんが直接手掛けた劇場版」ということでいいんじゃないか?

・機動戦士ガンダム(1981年制作)
・機動戦士ガンダムⅡー哀・戦士編ー(1981年制作)
・機動戦士ガンダムⅢーめぐりあい宇宙編ー(1982年制作)
・機動戦士Zガンダムー星を継ぐ者ー(2005年制作)
・機動戦士ZガンダムⅡー恋人たちー(2005年制作)
・機動戦士ZガンダムⅢー星の鼓動は愛ー(2006年制作)
・機動戦士ガンダムー逆襲のシャアー(1988年制作)
・∀ガンダムⅠー地球光ー(2001年制作)
・∀ガンダムⅡー月光蝶ー(2001年制作)
・GのレコンギスタⅠー行け!コア・ファイター(2019年制作)
・GのレコンギスタⅡーベルリ撃進ー(2020年制作)
・GのレコンギスタⅢー宇宙からの遺産ー(2021年制作)
・GのレコンギスタⅣー激闘に叫ぶ愛ー(2022年制作)
・GのレコンギスタⅤー死線を越えてー(2022年制作)

あと厳密には「F91」というのもあるんだが、まぁこれはテレビシリーズが存在しないやつだから別にいいでしょ。
とりあえず原典は、上記14作品の映画ということにしておきます。
仮に1作品あたり90分ぐらいだとして、14作品ならトータル21時間。
まあ、頑張れば全部見れないこともないでしょ?
サンライズは今後も「ガンダム」シリーズを継続していくと思うけど、新作を楽しむ上で大事なのは、やはり原典を知ってること。
だから暇があればでいいんだけど、できれば上記14作品は見ておいてね。


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