「風立ちぬ」は、なぜ声優が庵野秀明であるべきだったのか?
今回は、庵野秀明監督のことについて少し書いてみたい。
庵野さんのことは、皆さんよく知ってるよね?
「エヴァンゲリオン」で一躍有名になった人であり、また、ガイナックスというインディペンデント系の会社を立ち上げ、それまでの
・東映アニメーション系列
・旧虫プロ系列
・東京ムービー系列
・タツノコプロ系列
という業界の既存4大勢力均衡に対し、新しい「第5の勢力」を打ち立てたイノベーターでもある。
そもそも、皆さんはガイナックスが設立された目的というのを知ってる?
・・これはね、たったひとつの目的の為に作られた会社なんだよ。
その、たったひとつの目的とは
映画「オネアミスの翼」を作ること

ただ、その為だけに作られたのがガイナックスという会社だったんだ。
で、「オネアミスの翼」は1987年に公開されて、興行収入的にはかなり微妙だったらしいが、庵野さんがほぼ単独で描いたともいわれるロケット発射のシーンが界隈で大いに話題となり、「庵野秀明は凄い!」という噂はアニメファンの間を駆け巡ることになったのね。
「オネアミスの翼」伝説のロケット発射シーン(1987年)
まぁ、庵野さんは「ナウシカ」巨神兵を描いた人としても知られてたから、余計にセンセーショナルだったんだろうよ。
・・普通、こういうのはまず真っ先に監督さんが称賛を浴びるものだろうに、なぜかこの作品の監督、山賀博之はあまり注目されず・・(笑)。
まぁ正直、山賀さんの演出とかどうでもよくなるほどに、この発射シーンは突出して神懸ってたわけよ。
これを描いてた時の庵野さんは「ゾーン」に入ってたともいわれており、
・セル画を9枚重ねた
・3秒間に画を250枚費やした
などの逸話を残している。

基本、彼は「ダイブするタイプ」なんだ。
普段は非常に穏やかで典型的「いい人」なんだが、いざ「ゾーン」に入ると深層部にまでぐ~っと潜り込んでしまい、「あっち側」の世界の人になってしまう。
それは「集中力が高い」というありきたりな言葉では片づけられない水準のものらしく、周りも薄々「こういうこと続けてたらヤバイ」と思ってはいたらしい。
「いつか、壊れるぞ」と。
・・実際、庵野さんはこれまで何度か壊れている。
まず最初は「新世紀エヴァンゲリオン」の直後、いや、もしくは制作中からも終盤あたりはそうだったのかもしれん。
「ゾーン」に入り、かなり深いところまで潜ってしまったんだろう。
そして、こういう症状が厄介なのは、すぐには戻ってこれないことである。
きっと彼は90年代後半の数年間、ずっとそれを引きずりながら活動を続けていたと思う。
ただ2002年に安野モヨコさんと結婚し、そこは大いなる救いになったんじゃないだろうか?
そのへんの詳細は、コチラ↓↓をどうぞ。
この「監督不行届」は庵野&安野夫妻の微笑ましい日常が描写されてて私は大好きなんだが、ただ、現実はそれほど甘くもないんですわ。
なぜなら、この結婚以降も庵野さんはまた再び壊れちゃったから・・

ただ、安野先生もそのへんの辛い部分のことは、少なくとも「監督不行届」の中で描いてはいなかった。
・・でも彼女、後々にはそのデリケートゾーンにも踏み込んだんだよね。
それが、コレ↓↓
「よい子のれきしアニメ おおきなカブ㈱」


これはそこそこ有名だとは思うが、きっと未見の方もいらっしゃると思うので、そういう方はまずコチラ↓↓をご覧ください。
「おおきなカブ」本編 時間約9分
・・ご覧になってお分かりのように、これは「監督不行届」に比べるとやや暗い内容なんです。
でも、変に湿っぽくならないよう、全て寓話調にメタファー表現してるんだけど。
でもさ、皆さんはこれ見て泣けませんでしたか?
私、ラストの方で少しウルっときましたよ。
ひとつ、この作品ではっきり開示された事実は、
「エヴァ」新劇場版「Q」のあたりで庵野さんはまた壊れた・・ということである

確かにね、「序」「破」「Q」「シン」という新劇場版シリーズの中でも、「Q」は飛び抜けてイビツな作品だった。
あるいは、「病んでる・・」と感じた人も多いんじゃないだろうか?
おそらく、また深層まで「ダイブ」しちゃったんだろう。
この潜る作業の意味するところは、彼が自らを作品そのものと同化しちゃうというイメージで捉えてください。
つまり、「Q」=庵野秀明の精神、みたいな感じになっちゃうのね。
これと同じ現象を、私は「Airまごころを君に」(1997年)の時にも感じたんだけどさ・・。
この「作品と同化する」という庵野さんの傾向を見て、師匠である宮崎駿はこういうふうにコメント。
「庵野というオトコは嘘をつかない。
あれほど正直なオトコはいない」

・・いや、だからさ、その「正直」な庵野さんが作品とシンクロしてそれが病んだ内容だったら、これ逆にめっちゃヤバいってことじゃん?
で、「Q」の頃はガチでヤバかったらしい。
前述「おおきなカブ」の中の描写でも、思わず巨匠ですら庵野さんに救いの手を差し伸べてたほどさ。


この後、宮崎さんは自分の監督作「風立ちぬ」(2013年)にて、庵野さんを主演声優として抜擢している。
思えば、かつて「Airまごころを君に」を終えたあたりでも、あの時は巨匠でなく鈴木敏夫社長の方だったが、なぜか庵野さんをジブリに引っ張って実写映画「式日」を撮らせたんですわ。
「風立ちぬ」(声優)の時といい「式日」(実写映画)の時といい、ジブリには、<庵野のリハビリ=アニメ以外のことを、無理やりにでもさせる>という一貫した方針があるっぽい。
どっちの時も、おそらく庵野さんの自殺未遂を聞きつけての救いの手だったと思う。
多分、彼らは庵野さんの「自分を作品と同化させる」クセをよく知ってるのよ。
「式日」(2000年)

ずっと死のうとしてたオンナノコが、最後には生きることを選択した物語
「風立ちぬ」(2013年)

最愛の妻を失い、戦争により<夢>の飛行機にも挫折を味わったオトコが、最後、「生きねば」と決意する物語

この「生きねば。」というフレーズは、今思うと、どう考えても庵野さんに向けたメッセージなんだよね。
師匠から愛弟子への、非常に不器用な激励のカタチ・・。
この「生きねば。」の前提として、皆さんはこの映画の元ネタである堀辰雄の名作小説「風立ちぬ」は知ってる?
この作品の最後は、「生きねば。」じゃなく、

という言葉で締めくくられるんですよ。
これは私も詳しくは知らんが、フランスの詩人・ヴァレリーの「Le vent se lève, il faut tenter de vivre」という一節を、堀辰雄風に意訳したものらしいのね。
だけど、「生きめやも」の意味がよく分からん。
こういう日本語、そもそも存在するのか?
あるいは、私の周りがたまたまこの語彙を使ってないだけで、案外世間では
「みんな~、生きめやも~!」
「オッケ~!生きめやも~!」

とか言ってるんだろうか?
だとしたら、単に私が無知というだけのことなので、ごめんなさい。
ちなみに、この堀辰雄が書いた「生きめやも」の意味には諸説あるらしく
①生きなければならない
②多分、生きられないだろう
という2通りの意味に解釈できるものらしい。
だが、宮崎駿はあくまで①の解釈をし、明瞭に「生きねば。」としたんです。
なるほど。
もし、あの映画を「生きめやも」という堀辰雄風の形にふわっと締めれば、また庵野さんがうっかり②の方で解釈しちゃうかもしれないしね・・。

何にせよ、不器用ながらも師匠の深い愛、周りの仲間たちの愛、そして愛妻安野モヨコの愛に支えられ、近年の庵野さんは見事に甦った。
さすがに新劇場版も終わったし、もう大丈夫だろう。
ただ少し心配なのは、彼が昔から大好きだった「宇宙戦艦ヤマト」に今後挑むことである・・

また「ダイブ」して深~いところまで潜ったりするんだろうし、ホント気をつけてほしいんですよ。
もう若くはない齢なんだし、
くれぐれも庵野さん、生きめやも。

