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鬱じゃないガンダムはガンダムじゃないよね

今回は、「ガンダム」について書いてみたい。
私はそれほどコアなファンではないんだけど、それでも多くの作品を見てる方だと思う。
ガンダムといえば、まずは富野由悠季の名が思い浮かぶ。
とはいえ、「ガンダム」という冠がついていても富野さん自身はノータッチの作品は案外多いんだ。
コアなファンほど富野さんが作った「宇宙世紀」を神聖視してるので、それ以外を正規のガンダムと認めてないかもね。
では、「ガンダム」のドラマとしての定義とは?
私が思うに、次の通りである。

・ガンダムが出てくること。
(ただし、そのガンダムはスーパーロボットでなく、リアルロボットでなくてはならない)
・主人公の成長を描く物語であること。
(成長前の主人公は情緒不安定で、常軌を逸した行動をする人物でなくてはならない)
・ニュータイプという特殊能力を有した新人類が出てくること。
(必ずしもニュータイプという呼称でなくても構わないけど)
・敵軍のエースがマスクを着けた人物であること。
(その人物は、何か秘密を抱えてなくてはならない)
・戦争をしている両陣営とも上層部は愚かな人間で、シンプルな正義vs悪の構図では決してないこと。
(主人公は、愚かな上層部に従わないスタンスでなくてはならない)

まあ、大体こんな感じだろう。
でも、これらの定義から逸脱した作品もいくつかある。
たとえばリアルロボットであるべきガンダムが、スーパーロボットになってしまってるやつもあるからね。
あと、主人公が情緒不安定じゃなく、普通にいい子というパターンの作品もある。
まあ、定義がひとつふたつ外れたところで、ガンダムはガンダムさ。
「幕の内弁当」の定義は焼き魚と卵焼きが入ってることが必須だと昔は聞いてたけど、今はどっちも入ってない「幕の内」もあるもん。
それにしても、ファーストのアムロの情緒不安定はマジ酷すぎたね。
自分が上司から正当に評価されないとイジけて軍を脱走する始末だし、その際には軍が所有するガンダムを私物として勝手に持っていってるんだから。
もちろん軍人なら処刑されてもおかしくないレベルの反逆行為だが、当時のアムロはまだ正規軍人でないので不問にされてたっけ。
まあ、14歳の子供がやったことだからな・・。

まだガンダムを見たことない、これから見てみたいという人がいたとして、私はファーストからテレビシリーズを見るのはさすがにハードルが高すぎると思うよ。
なんせ、ファーストだけで43話もあるんだから。
だから、それのダイジェストともいえる劇場版でいいんじゃないかな?
・「機動戦士ガンダム(1981年)」
・「機動戦士ガンダムⅡ哀戦士編(1981年)」
・「機動戦士ガンダムⅢめぐりあい宇宙編(1982年)」
・「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア(1988年)」
この4本の映画を見ておけば、古典としての「ガンダム」を最低限押さえたことになると思う。
そしてこれを気に入ったなら、テレビシリーズのファーストを見たり、その続編となる「Z」や「ZZ」を見ればいいさ。

「Z」はあまりにも主人公に救いがないバッドエンドなので、見るなら必ず「ZZ」まで見て下さい

しかし、富野由悠季色の強いこれら初期作品は、なんか重すぎるんだよね。
1993年の「V」でその鬱はMAXを迎えており、どうもこの頃の富野さんはリアルに鬱病だったっぽいんだ。
後に「V」のDVDが発売になった時には「このDVDは見られたものではないので買ってはいけません」とコメントしており、彼として自分が病んだ状態の時の作品を恥じてるのかもしれん。
一応、富野さんの名誉の為に言っとくが、「V」は作品クオリティが低いというわけじゃないんだよ。
そんじょそこらのアニメと比較すれば、よっぽどクオリティ高い。
ただ、鬱度が酷すぎるんだ。
特にヒロインのカテジナは、敵に誘拐されてからどんどんキャラが迷走していき、いつの間にか敵の情婦みたいになってるし、やがては主人公を殺そうと画策する狡猾な悪女キャラにまで堕ちていった。
当初の企画ではそんなキャラじゃなかったらしく、これは完全に富野さんの暴走だろう。
しかも悪役なら殺された方がまだ救いがあるのに、最後は彼女が視力と記憶を失ったボロボロの状態で故郷への道を歩いていくラストシーンで締めくくられるわけよ。
めっちゃ後味悪い・・。
ただ、敢えて富野色を満喫したいという人には、「V」が最もオススメかもしれん。

物語冒頭のカテジナ
物語中盤のカテジナ
物語ラストのカテジナ

ぶっちゃけ、「V」は商業的に大コケだった。
視聴率は悪いし、ガンプラも売れない。
スポンサーの玩具メーカー・バンダイは、さすがに富野さんのことを問題視したんだろうね。
よって「V」以降、しばらく彼は「ガンダム」との距離を置くこととなった。
で、その後サンライズ的には「脱富野」が課題だったと思う。
そこで作られたのが、「平成3部作」といわれる次の作品だ。

【機動武闘伝Gガンダム】
これは原点に回帰して子供を視聴ターゲットに据え、「ガンダムファイト」というモビルスーツを使ったプロレスをする物語とした。
後にガンプラバトルを扱った「ガンダムビルド」シリーズの元ネタといえるかもしれない。
プラモを売りたいバンダイに媚びた企画といえる。

【新機動戦記ガンダムW】
これは美少年を数多く揃えた、アイドル性の強い「ガンダム」。
女性層の新規開拓を狙ったと思われる。
結果的に、そこそこヒットした。
このコンセプトは、後の「00」に繋がったといえる。

【機動新世紀ガンダムX】
これはボーイミーツガールを軸とした、青春ドラマ色の強い「ガンダム」。
「宇宙世紀」のキーワードとなったニュータイプとは何か?を追究した作品ともいえる。
BONESの「エウレカセブン」は、この作品が元ネタじゃないだろうか。
非常に後味がよく、個人的には3部作の中で最も好きな作品。

ボーイミーツガールっていいよね

この3部作は富野さんが作った「宇宙世紀」とは整合性のとれない物語になった為、「アナザーガンダム」と称されるようになった。
富野さんへの気遣いなのか、平成3部作にはいずれも「機動戦士」という冠を付けなかったらしいけど。
でも「アナザー」なら、富野さんに了承とらずともある程度は自由に物語を作れるわけで、これはコロンブスの卵だったね。
後の「SEED」も、「00」も、「鉄血のオルフェンズ」も、「水星の魔女」も、みんな「アナザー」のカテゴリーに入ってるんだし、いまやこっちこそが「ガンダム」の主流じゃないの?

ちなみに「V」で一旦ガンダムから離れた富野さんは、「∀」で再び帰ってきた。
これは、あっちこっちに散らばった「アナザー」の世界線をひとつにまとめたいという富野さんの意向があったみたいね。
「∀」はあらゆる「ガンダム」のず~っと後の時代設定とし、モビルスーツは「古代兵器」として出てくるわけで。
そしてその後、富野さんは「Gのレコンギスタ」を作った。
これは一般的に「アナザー」のカテゴリーに入る作品とされてるんだけど、なぜか富野さんだけは「宇宙世紀」の延長線上にある(「∀」よりもさらに後の時代の物語)と主張してるらしい。
ちなみに「Gのレコンギスタ」、私は全く面白くなかったよ。
富野さん的には若年層の新規開拓を狙った作品らしく、そのせいか鬱の色を少し抑えて見やすくなってはいるんだが、やっぱこの人は目一杯鬱をやらせてあげないと逆にダメだね・・。

無理して明るくすんなよ、と言いたくなる「レコンギスタ」

個人的には、「レコンギスタ」の後にやった「鉄血のオルフェンズ」が一番好きなんだわ。
これは何がいいかって、まずは長井龍雪+岡田磨里という「あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない」の黄金タッグを起用し、おまけに「青春ブタ野郎」「さくら荘のペットな彼女」「JustBecause」などの原作者で知られる鴨志田一までスタッフに入れてるんだから。
これだけで「あ、これ泣けるやつだ」と分かるよね。
実際、「ガンダム」史上最も泣ける作品になったと思う。
私はロボットアニメのマニアじゃないので、ぶっちゃメカの造形とかバトル云々とかどうでもいいのよ。
あくまで最重要はドラマ要素なもんで、その点でいうと「鉄血」はシリーズでもNO1だわ。

「任侠ガンダム」と言われるだけあって、やはり残酷なオチとなる「鉄血のオルフェンズ」
しかし、後味は決して悪くないのがこの作品の美点である


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