「空気系」アニメは、おそらく永遠に不滅である
日本の戦後史を語るにおいて、<1995年>というのがひとつの節目だったと言われてること、皆さんはご存じですか?
<1995年>
・終戦50周年
・阪神淡路大震災が起こった年
・地下鉄サリン事件が起こった年
・少年ジャンプ「ドラゴンボール」の連載が終了した年
・TVアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」が放送開始された年
・映画「GHOST IN THE SHELL攻殻機動隊」が公開された年

こうして改めて振り返ってみると、
「何かが終わり、代わりに何かが始まった年」
と総括できるだろう。
で、ここを境にして日本のサブカルもやや変容してきたのか、「○○系」という新カテゴライズの概念が湧いてきたのさ。
それが、これである↓↓

・セカイ系
・サヴァイブ系
・空気系
セカイ系と空気系は分かるけど、サヴァイブ系とは何なんだ?と思ったら、ようはデスゲーム系のことを指しているらしい。
しかし、こうして見ると案外
<セカイ系/サヴァイブ系>⇔<空気系>
という形で、一種の均衡を保っているように感じなくもない。
座標として<セカイ/サヴァイブ>が争い、閉塞、絶望という終末を匂わせたシリアスな軸に接してるの対して、<空気>の方は敢えて「そんな深刻には考えない」「今日が楽しければ全てOK!」という思考停止型の日常謳歌軸に接している。

空気系とは、漠然とした将来の不安を抱えた日本人が潜在的に生み出した「ひとつの結論」といえるような気がするよ。
キーワードは<ノンストレス>
敢えて、空気系が男⇔女の恋愛に走らないのも、そこにはストレスが生じるからだろう。
そんなストレスを抱えるぐらいなら、女⇔女のわちゃわちゃした友情の方がイイわ、と。
・・うむ、空気系で出てくる「百合」の概念は、いわゆる「同性愛」というのとは少し違うんだよね。
オンナノコは、かわいいモノが好き!

だからオンナノコは、かわいいオンナノコが大好きなんですよ。
この「大好き」は、断じてセクシャルなものではない。
ここがポイントなんです。
セクシャルじゃない分だけ、やはりドロドロにはなりにくい。
このノンストレス構造が、今の閉塞感に満ちた時代性の中で、ある種の救いになってるのかもしれんなぁ・・。
これまでの時代、オンナノコって「早く結婚しなさい」と常に言われ続け、また結婚したら「早く子供生みなさい」と言われ、常に「言われっぱなし」の十字架を背負ってきたのよ。
「いや、私は結婚/育児じゃなくて仕事に生きる!」という女子もこれまでに多かったが、そういう人たちはそういう人たちで、めっちゃストレス抱えて生きてきたわけね。
結婚/育児か、それとも仕事か?
その2つしかベクトルがない時点で、ちょっと苦しいと思う。
おそらく、空気系誕生以降の時代においては、
無理に結婚しなくてもいいや、食っていく為に仕事はするけど「キャリアウーマン」じゃなくてもいいや、それより女トモダチとキャッキャウフフで休暇を楽しく過ごせたら満足!

という新機軸のベクトルが出てきたと思うんだよね。
めっちゃ、ふわっとしたユルいベクトルだけど(笑)。
例として、少し前までなら上の画のさわちゃんは「負け組」とカテゴライズされてた女性なんだろうけど、でも今の時代において、彼女がそこまで蔑むべき対象には全く思えないし、いやむしろ、ある種の眩しさすら感じますよ(本人的には自分を不幸と思ってるだろうが・・)。
いや、極論しちゃうと、一生独身を貫く女性がいても私は全然いいと思う。
「それは寂しい人生だ」と上から目線で諭す人たちも当然いるだろうけど、もはや、そういう幸福の価値観を一元的に語る時代でもないと思うんだけどなぁ・・。
それが、「空気系」の時代ってやつですよ。
さて、そんなわけで、今回は私のお気に入りの「空気系」アニメをいくつかご紹介していきたいと思います。
まずは、これから↓↓
「Aチャンネル」(2011年)

これは2011年制作作品だから、「けいおん!」放送の2年後ということだね。
いや、厳密にいうと「けいおん!」より前に、シャフト新房昭之が2006年に「ひだまりスケッチ」という空気系の金字塔的作品を作ってるんだが、私はこれ、あんまり好きじゃないんだ。

なぜ好きじゃないかというと、
空気系なのに、新房さんの演出のクオリティが高すぎるのよ(笑)
例の新房演出がバリバリで、シャフト色が空気系を凌駕しちゃってない?
そりゃアニメとしてはクオリティ高いんだが、でも画の情報量が多すぎて、とても頭からっぽでは見られない。
これは密度の高い新房アニメであり、空気系ではない気すらする。
ただ、この作品が新房さんと蒼樹うめ先生との出会いで、後にこの御二人で「まどかマギカ」を作ったこと思うと、これ、アニメ史的には非常に重要な作品だったといえるんだろうけどね。
でも、あくまで「空気系」として見るなら、私の中で
「ひだまりスケッチ」<「Aチャンネル」
である。
こっちの方が「頭からっぽ」で見られるし。

「Aチャンネル」の物語的には、「けいおん!」ほどに極端なコメディではなく、かといってドラマというほどドラマ性は強くなく、ちょうどその中間という中途半端なところをふわふわ浮遊してるイメージ。
・・いや、これが逆にいいのよ。
変にギャグに走りすぎると、それはそれでカロリー消費するでしょ?
変にドラマに走りすぎても、それはそれでカロリー消費するでしょ?
結局、どっちつかずのユルいところで、ふわふわしてるぐらいが「空気」としてちょうどいいんだ。
いい意味で、何も中身がないね(笑)。
ゆえにカロリー消費なくノンストレスで、ただ、ぼ~っと見てられる感じ。
私は、無口系ヒロインのトオル(cv悠木碧)がお気に入りだったので、「あぁ、トオルかわいいなぁ・・」と思いつつ、ぼ~っと見てました。



一応舞台は男女共学なんだが、オンナノコたちは誰も男子に興味を示さないのが面白い。
「合コン」より「女子会」の方が楽しい、というスタンスである。
よく「オトコの草食男子化」が指摘されてる昨今だが、あるいはオンナノコだって「草食女子化」してないとも限らんだろ。
さて、続けてもうひとつ、私のお気に入り空気系をご紹介したい。
「ゆゆ式」(2013年)

これも、系統しては「Aチャンネル」と似た感じですね。
ただ、こっちの方がやや笑いに特化しており、ボケ2名、ツッコミ1名という役割分担がはっきりしている。
ホントに中身のないスッカスカの会話をしてるだけの3人だが、その会話のセンスが実に秀逸。
「拳銃の握りの部分をタオル地にしたら、撃つ前に思いとどまると思う」
とか、思わず「なるほど!」と思ったし(笑)。
あと、このヒロインたちの所属する「情報処理部」(部員3名のみ)の顧問の先生のニックネームが「お母さん」で、またこの先生のcvが母性溢れる堀江由衣さんなもんだから、これめっちゃいいんだよなぁ・・。

いやホントにね、ユルくていいんですよ。
学園モノにありがちな「イベント」、学園祭とか体育祭とか修学旅行とかも一切なく、ただ部室で喋ってるだけの学園生活。
でも、それだけでホント楽しそうで、彼女たちにはこれ以上何も要らんのでは?と思ってしまう。
で、こういう空気系って、ただオンナノコたちが学校で喋ってるだけの内容なんだし、実写化しようと思えば、実はいくらでも出来るんだよね。

めっちゃ低予算で実写化できるはずなのに、でも、意外とこのカテゴリーは実写化しないでしょ?
・・結局、2次元の萌えを3次元で表現するのは不可能、という判断だろうか?
そこが、難しいところである。
思えば、かつてこういう萌え作画のものを実写化した「咲-Saki-」というのがあって、その時はこんな感じ↓↓だったんだよね。



うわっ、実写化は想像以上に難しいっぽいなぁ
あと、乃木坂46が「けいおん!」実写化に挑戦したのも見たけど、
あの乃木坂をもってしても、これが限界の様子。
つまり、こういうのはアニメじゃなきゃ表現は無理ということ?
と考えると、やはりアニメ「空気系」のカテゴリーは今後も不滅なんだろう。

じゃ最後に、こういう学園モノの「あるある」として、主人公は必ず、窓際最後列に座るのがお約束だというのは皆さんもご存じだと思うが(主な理由は『モブを描く手間を省く為』)、一方で学校の教室の作り自体が、必ず
「左側が窓、右側が廊下」

という構造になってることの意味、皆さんは知ってます?
小学校、中学校、高校(大学は知らんが)、全国津々浦々必ずそういう作りになってるんですわ。
これ、実は明治以降、ずっと法律で定められてるんだってさ。
その理由は、
「生徒は右利きが多いから、仮に窓からの光源が『右から』の場合は、手の影ができることでノートの筆記がやりにくくなってしまう」

という配慮らしいぞ。
この話聞いて、「へぇ~!」と思ったわ。
これまで長いこと学校通ってて、そんなことなど全く意識せずに授業受けてたし。
実は学校という舞台装置って、私たちが思ってるよりずっと奥深いものなんですよ。

