私が知る限り、世界最難解のアニメのひとつ「父を探して」
来年3月に米国アカデミー賞が開催されるわけで、先月、それの長編アニメ部門で選考対象となる31作品が発表されていたのを皆さんはご存じですか?
日本制作のアニメからは、
・「ルックバック」
・「きみの色」
・「屋根裏のラジャー」
・「化け猫あんずちゃん」
の4作品がリストに入っていたという。
ただし、まだここから先に絞り込みがあるそうだ。
ぶっちゃけ、今年はディズニー/ピクサー系が強く、日本アニメのオスカーはほぼないだろう、という話だが・・。

さて、これまで日本アニメでオスカー受賞した作品といえば?
そう、「千と千尋の神隠し」、そして「君たちはどう生きるか」だね。
・・いや、実はあともうひとつあるんですよ。
皆、結構忘れちゃってるんだよねぇ・・。
2009年の短編部門オスカー受賞のこの作品ですよ↓↓
「つみきのいえ」(2008年)監督/加藤久仁生

多分、これはおそらく皆さんも見てるだろうが、でもこの監督の加藤久仁生さんって、その後、全く名前を聞かなくなったと思わない?
今、何をしていらっしゃるんだろう?
かたや、オスカー2度の宮崎駿は日本国民なら誰でも知ってるというのに、加藤久仁生の名前は今出しても、
「あぁ、覚えてるよ、<こども店長>でしょ?」
という答えが返ってきそうな気がする。

・・違う、それは加藤清史郎だ。
加藤久仁生(1977年生まれ)

加藤さんはまだ十分お若い人なので、今後また何かスゴイのを作ってくれるのかもしれない。
ただ、あれからもう十数年が経過しており、ひょっとしたら今の中学生以下の人たちは「つみきのいえ」を見たことなかったりするんじゃない?
・・じゃ、中学生以下の人の為、本編を一応貼っておきましょう↓↓
「つみきのいえ」本編 時間12分
私が思うに、こういうアニメというのは文学でいうところの<純文学>なのよ。
だから、市場に対してあまり響かない、ともいえる。
よく「村上春樹はノーベル文学賞を今回獲れるのか?」とマスコミが煽ったりもしてるが、そのマスコミが既にノーベル文学賞を獲得済みの大江健三郎先生に対しては、案外見向きもしなかったりしたでしょ(笑)。
そういうもんですわ。
村上春樹はベストセラー作家だからメディアの注目集めるけど、大江先生はそっち系じゃないもんで結構忘れられちゃうし、それゆえか割とひっそりとした感じで昨年に逝去されましたよね・・。
<純文学>ってやつは、なんか割に合わんよな~。
ただ、こういうのは文化として、決して消してはならないものなんですよ。
<売れないものは淘汰される>が資本主義の市場原理だが、それじゃ芥川賞などは淘汰されるのが当たり前で、逆によく売れる「本屋大賞」あたりの方を最高権威にした方がいいとでもいうのか?
それは絶対に違うと思うんだよね。
・・というわけで、今回はそういう<純文学>的作品をご紹介したいと思います↓↓
「父を探して」(2013年)監督/アレアブレウ

これはマイナー作品に思われるかもしれんが、世界的にはむしろ有名な作品なんですよ。
私がこの作品に抱いたイメージは、
超難解な「クレヨンしんちゃん」
といったところだね。
<表彰>
・アヌシー国際アニメーション映画祭グランプリ&観客賞W受賞
・米アカデミー賞アニメ映画部門最終ノミネート
・アニー賞インディペンデント作品賞最高賞受賞etc
上記の他、世界で40以上の映画賞を受賞した名作中の名作である。
アニメファンを名乗る人たちなら、絶対に押さえておかなくちゃマズい作品のひとつともいえよう。
結構あちこちのサブスクで配信されてます。
たとえ見られる環境にない人でも、Google等で「O Menino e o Mundo」と動画検索すれば無料動画が見つかるはず。
その際、「このアニメ、吹き替えも字幕もないんだけど?」と思うだろうが、いや、それでいいんです。
日本で発売されてるDVDにも、吹き替え/字幕はついてません。
どうやら、作中のセリフは全て<架空の言語>らしくて、吹き替えも字幕もやりようがないみたい(笑)。
じゃ、この映画の雰囲気をざっと知ってもらう為、予告編を貼っておきます。
これ、どこの国のアニメ?と思うだろうが、実はブラジルなんです。
・・うん、さすがに南米のアニメはノーマークだったね。
ただ、私は率直に「クオリティ高いな~」と思った。


明らかに、色鉛筆、クレヨンを使った着色なんだよね。
寓話的で、非常に美しい。
ただ、これを見て「寓話だ」とナメないでください。
そういう優しい系のアニメじゃないから。
実はこの物語には大きなギミックが仕込まれており、
ラスト10分で世界観が根底から覆されます。
私は最初見た時にすぐには理解できず、「・・ひょっとして〇〇と〇〇は、〇〇だってこと?」と思ってもう一度見返し、「あぁ、やっぱりそうか」とようやく納得に至ったわけです。
そのへん、ここではネタバレしないけど、結構難しい内容だと思う。

絵柄からして「子供向けアニメ」だと油断させといて、トンデモない、子供には絶対に理解できない作りであって、そもそも政治的メッセージがかなり強い作風である。
付け加えると、やはりセリフがなく、全て画だけで判断しなくてはならんのが結構キツい。
おまけに、その画にはメタファーがテンコ盛りで、どこまでがファンタジーでどこからがリアルなのか、その境界線も最初から最後まで、めっちゃ曖昧なんだわ。
だから、この作品は人によって物語そのものの解釈が分かれてしまうタイプだと思う

私は個人的に考察とかが好きなタイプなので、こういう作風は大好物である。
多分、日本のアニメファンにはそういうタイプ多いんじゃないの?
だとすりゃ、この「父を探して」は今後にじわじわとファンを増やしていく作品なのかもしれん。
プロットは、割とシンプルなロードムービーである。
①農家の父が、苦しい家計を助ける為、都会に出稼ぎに出る
②息子は父が恋しくなり、家出して父を探す旅に出る
③旅先、行き倒れたところを老人に助けられる
④同じく行き倒れたところを、青年に助けられる
⑤息子は<都会>を見る
流れは大体そんなところなんだが、この作品の構成が巧妙なところは、
③で綿花の採集をする
④で糸を紡ぎ、反物を仕上げる
⑤で完成された服(高級ファッション)を見る
という流れになっていて、いうなればアパレルの製造過程を順を追って見ていくスタイルになってるんだね。
で、息子が<都会>で見たものは・・。


なんていうかな、これら映像は4~5歳ぐらいの小さな子供が見た心象風景であり、「子供にはセカイがこう見えてますよ」という感じのものなんだ。
だから、ファンタジーとリアルの境界線が曖昧になってるのも致し方ないということで、こうした全体観、ほのぼのしたタッチの画風も、そういうことなんだよね。
<4~5歳の子供の目に映ったセカイ>かぁ・・。
多分、我々とは全然違うものが見えてるんだろうよ。

皆さんは、自分が子供だった頃の記憶、どれほど古いところまで維持できてますか?
私の場合は、だいぶメモリーが消えちゃってるなぁ・・。
幼稚園の頃の友人の顔など、全然思い出せないもん。
個人的に<自分の一番古い記憶>を掘り起こせば、私の母が私に「ひとりでウンコできるように指導してるシーン」が一番古いメモリーであるような気がする。
大便を済ませた後、当時はウォシュレットとかないし、紙でケツを拭く指導をしてくれてたんだね。
ケツを拭き終えて、母が「はい、以上」と終わろうとした時、私が「おい、待て、こんな状態で済ますのか?」と言った記憶があるんだ。
母が「何か問題か?」と聞き、私が「紙で拭くだけでは衛生的に不十分ではないのか?」と言い、すると母が冷徹に「大便とは、こういうものなのだ」と切り返してきたという記憶だけはなぜか鮮明に残っている・・。
こんなしようもない記憶が私の<原点>とは、何とも情けない(笑)。


話を戻そう。
とにかくね、この作品は中盤ぐらいからだんだん作風が<風刺/社会批判>の色を強めていく感じになっていくわけさ。
あ、これファンタジーじゃねぇや、硬派なやつだ・・と我々も気付いていくことになる。
この監督さんが抱えている、一種の<怒り>みたいなものが見えてくる、といったらいいのかな。
・・そう、このあたりが日本のアニメ作家たちとは異なるところで、日本の場合は「面白いアニメを作ろう」「これをヒット作にしたい」という思いがベースになってると思うけど、そういうのがこの作品の場合はちょっと違うのね。
ここでは、まず伝えたいことが最初にあり、それこそが作品制作の前提なんだよな?
つまりアニメありきでアニメ作るんじゃなく、まず最初にメッセージありきでアニメを作った、とでもいうべきか。

こういう姿勢、いまどきの日本人作家には正直あまりないものだよね。
・・いや、厳密にいうと、アニメ黎明期の作家には多分そういうのが大いにあったと思うのよ。
特に全共闘世代の大御所の方々とか、彼らの創る作品にはいまだ必ず何らかのメッセージが込められてるし。
ただ、それより下の世代になると、そういうのがほとんどないと思う。
こういう表現はあれだが、ようは<アニメを作りたいから作ったアニメ>である。
本作と違って、<伝えたいことがあるから作ったアニメ>ではないんだよ。
で、私は「父を探して」を見て思ったね。
アニメ新興国、侮るべからず!

多くの人が「ブラジル制作アニメ」と聞いただけで、最初から少し下に見ただろ?
そういう人たちにこそ、この「父を探して」を見てもらいたいと思う。
「日本のアニメは世界一」を自負したいなら、ちゃんと「世界」のアニメがどういうものかを知らなきゃ。
実は我々がまだ知らないアニメって、世界にはまだまだたくさんあるんだ。
そして、そういうのを知れば知るほど、安易に「世界一」を語れなくなるよ。


