見出し画像

私の旦那様は縄文人

思うんだけど、縄文式土器ってなんであんなゴチャゴチャした装飾のついたややこしいデザインなんだろうね。
おそらく縄文人ならではの美意識というか、宗教観というか、何かそういう大事なものが投影されてるんだろうけど。
ところが、である。
渡来人が来て弥生時代になった途端、あれほどややこしいデザインだった土器が180度コンセプトを方向転換し、驚いたことに装飾も文様も全部とってシンプルでミニマルになったのよ。
これ、信じられる?
縄文人が1万年間ずっと守り続けてきた伝統が、美意識が、ポリシーが、プライドが、渡来人という新参者に全部破棄されたんだよ?
これは、今までずっとリーゼントという髪型にこだわり続けてきたロックンローラーが、ある日突然床屋でスポーツ刈りにされたのと同じことである。
仮に縄文人が全滅し、渡来人だけでゼロから弥生式文化を作ったというならまだ話は分かるさ。
でも、現実はそうじゃない。
縄文人は生きてるし、それどころか同じコミュニティで暮らしてるはずだ。
だって我々のDNAを解析する限り、どう考えても縄文人と渡来人は性交渉してるもんね。
ということは、縄文人は自分たちの1万年の伝統を敢えて捨てて、渡来人たちの主張を受け入れたということである。
想像するに、大まかな流れは下記のようなものだっただろう。

妻(渡来人)「ちょっと、あんた」
旦那(縄文人)「え、何?」
妻「私、前から思ってたんだけど、この土器のゴツゴツした突起部分が邪魔なのよ」
旦那「え、でも土器はこういうもんだし」
妻「あのね、お米を研ぐ時に必ずこの突起が腕に当たって痛いのよ。ほら、擦り剝けて血が出てる」
旦那「当たらないように気をつければいいよ」
妻「・・・ああ、そうか。縄文は稲作やってこなかったから、お米を研ぐ作業そのものを分かってないのね」
旦那「なんで怒ってんの?」
妻「とにかく土器の突起部分を全部とって、もっとシンプルな形にしてくれなきゃ調理全般で困るのよ」
旦那「でもこれ、伝統だし」
妻「・・・言うこと聞いてくれないなら、私、祖国に帰らせていただきます」
旦那「待ってよ~」

という話し合いをもって、土器は縄文式から弥生式にシフトしたんだろう。
率直なところ渡来人側から見ると、やはり縄文人は閉ざされた島国育ちの人種ゆえ、純粋なんだが、あまりにも非合理的な生活様式が多すぎる。
病気になれば薬草を飲ませればいいのに、それをせずに祈祷だといって一晩中ずっと踊ってるし。
これはあれだわ、私たち渡来人が積極的に大陸の知恵を彼らに伝授しなきゃ、と思ったに違いない。
簡単に「縄文人は馬鹿で使えないやつ」と切り捨てられないのは、やはり彼らに優れた狩猟スキルがあることを認めざるを得なかったからだ。
さすが1万年以上もこの土地で狩猟をしてるだけあって、体躯が完全にハンターとしての最適解になっている。
まず日本は大型獣が少なく小型獣中心なので、身を隠して矢で射るスタイルが主流である。
その点、縄文人は体が小さくて隠れるのに有利だし、足が短いので傾斜でバランスを保つことにも有利。
さらに手先が異常に器用なので、罠を仕掛けることにも長けている。
おそらく渡来人からみても、縄文人の男は狩猟で実に頼れる存在だったに違いない。
そして夜の方も・・・きゃっ(照)。

弥生時代の夫婦

一方、縄文人から見ても渡来人は頼れる存在だっただろう。
とにかく自分たちの知らないことをたくさん知ってるし、この人たちについていけば間違いないだろうな、と。
特に縄文人が渡来人から感化されたのは、宗教観だったかもしれない。
それまで縄文人が信じていたカミとは万物に宿る精霊であり、その原始のカミのイメージは宮崎駿監督が「もののけ姫」の中で実にうまく表現してくれている。
縄文人たち自身はうまく体系化できていないが、なにかよく分からない恐ろしい精霊みたいのがカミというものなんだ、と。
ニュアンスは、やや出雲系に近い。
一方でその頃の大陸では、既にいくつか体系化された宗教があったはずだ。
それらの宗教はどれも人格のある神が存在しており、神は天界にいて我らを常に見ている、みたいなイメージ。
縄文人にしてみれば、その世界観にビックリだっただろうね。
このへんからアマテラスを含む日本神道の原型ができていったんだろう。
つまり、天津神系は国津神系より歴史が新しく、渡来人たちによって原型ができていったんじゃないかと。

弥生時代の夫婦

さて、食生活はどうだっただろうか。
夫婦関係において、食の嗜好の違いは死活問題である。
当初、渡来人たちは「げっ、こいつらドングリ食っとる」と引いたことだろう。
しかし食ってみると、思ったほどマズくない。
なんせ縄文人は、1万年以上土器を使ってきた「煮炊きの鉄人」である。
何これ?このスープ、うまっ!
そう、縄文人はダシをとることを知ってたんだ。
貝塚を見る限り貝は豊富だったので、アサリやシジミを煮た汁は美味いと気づいてたんだね。
色々試してみて、海藻類がダシになることにも気づいていた。
昆布、わかめ、海苔、ひじき等、そもそも日本人ほど海藻を食う民族はないわけで、聞けば日本人は世界で唯一「海藻を消化吸収できる内臓機能」を持ってるらしい。
縄文時代から1万年以上ずっと食ってたら、内臓も進化しちゃったわけか。
和食文化=ダシの文化。
これは縄文土器で1万年かけて煮炊きを極めた縄文人が、我々に残してくれた貴重な財産といっていい。
そうそう、昔ある中国人の知人に「日本のラーメンは醤油ラーメンとか塩ラーメンとかスープでカテゴリー分類してるのはおかしい。本場中国なら具材でカテゴリー分類するのに」と言われたんだが、それぐらい日本人にとってダシは命だということ、あのグルメ大国の中国人ですら理解できないんだろう。

まぁなんにせよ、縄文人と渡来人はそこそこうまくやってたと見るべきじゃないだろうか。
なんせ、縄文時代末期に8万人しかいなかったという縄文人のDNAが、いまや1億2000万に増殖した我々現代日本人の個々の中に10~20%という数値で残ってるんだ。
これは、ちゃんと渡来人から性交渉の相手として選ばれていたという証明である。
普通に考えて、文明国のビジターがネイティブの部族と性交渉するのは抵抗あるよね?
しかしそこは、縄文人の腕の見せどころである。
この土偶あげるからやらせて、とか言ってたに違いない。


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集