りんたろう幻の監督作、「ルパン8世」って知ってる?
皆さんはりんたろう監督作、「ルパン8世」というのがあるのを知ってますか?

これ、幻の作品なんだよね。
実をいうと、結局は公開されなかった「お蔵入り」というやつです。
とはいえ、これは1982年の話で、実際に何本か制作されたという話は聞いている。
とりあえず当時の映像が一部公開されてますので、ご覧いただきましょう。
「ルパン8世」(1982年)時間約2分
・・何で日本語じゃないんだ?と思われたことだろう。
実はこれ、日仏合作の企画だったんだ。
ただし、途中で「著作権」が問題となり、企画は頓挫したらしい。
著作権ってことは、フランスの本家「アルセーヌ・ルパン」との兼ね合いという意味かな?
そのへんは、よく分からん。
でもまぁ、「22世紀のルパン」というのは発想として面白いと思うし、これがお蔵入りとなったのは個人的に残念でならない。

やはり、これのポイントは「日仏合作」というところだろう。
この頃の東京ムービーは、やたら海外と組んでいる。
確か、コレ↓↓もイタリアとの合作だったよね?
「名探偵ホームズ」(1984年)

こういうのは、東京ムービー社長/藤岡豊プロデューサーの経営戦略だったと思う。
藤岡社長は、それこそバブルを絵に描いたようなような人だから。
彼はディズニーのようなアニメ(1コマ打ちフルアニメーション)に憧れがあったらしくて、3コマ打ちを主流とする日本式アニメには一種の劣等感を抱いてたんじゃないかな?
こういうのは「ガラパゴス」だ、と。
だから、今後の日本アニメは世界規格/国際規格にカラダを合わせていかないと世界市場に食い込んでいけないだろ、と。
まぁ、こういう考え方も今となっては「・・はぁ?」という感じだろうが、少なくとも80年代の時点ではさほどズレた考え方とも言えなかったと思う。
だって、この時代はバブル絶頂期。
よその業界を見ればSONYやTOYOTAが外資を稼ぎまくってる中で、アニメ業界はみみっちく国内市場で小銭稼ぎをしてるのは何か恥ずかしい、という思いすら間違いなくあっただろう。

で、藤岡さんは
「フルアニメーションをできる、新機軸の人材を育成せねばならない」
と思い、東京ムービーの子会社として「テレコムアニメーションフィルム」を新たに立ち上げたわけだね。

そう、テレコムとは、「フルアニメーション用の会社」だったんです。
・・で、新会社ということで、まず社員の新規採用から事業を始めることになったんだが、その時の採用の条件は「アニメーター経験がないこと」だったという。
えっ?なぜ?
と思うよね。
おそらく、変に経験があれば結局は「ガラパゴス」に方に引っ張られちゃうし、そこは何も染まってない者にイチから叩き込んでいった方がイイという判断である。
あともうひとついうと、もともと東京ムービーは「生え抜き」が少ないので東映系、元虫プロ系、タツノコ系のいずれかから引っ張ってくるのが今まで常だったらしいんだが、その結果、東映系vs元虫プロ系という派閥の争いみたいのが起き、そのトラブルが多かったらしいのよ。
たとえば、当時社内では「原画の紛失」が多発してたらしく、はっきり証拠があるわけじゃないが、どうも派閥同士で「敵陣営の原画を盗む⇒捨てる」という応酬をしてるっぽいんだよなぁ・・。
おいおい、小学生の嫌がらせかよ(笑)。
で、藤岡さん的に多分そういうのにはもうウンザリしてただろうし、「もう逆に経験者なんて要らんわ」と。
「もういっそ、アニメオタクっぽい奴も採らないでおこうかな」と。
・・うん、そのへんのキモチはすっごく分かります。
で、採用の結果はこういう感じになったそうです↓↓

気が付けば、そこはオンナノコばっかりの会社になってたらしい(笑)
一応、講師を呼んで研修っぽいことをずっとやってたらしいが、メンバーがメンバーだけに連日キャッキャウフフだったという。
俗にいう、女子高ノリというやつですな・・。
で、「研修ではラチがあかんから、実地でコイツらを鍛えよう」ということになり、このメンバーを教育することを目的のひとつとして、わざわざ新作映画の企画をひとつ立ち上げたんですね。
それが、コレである↓↓
「カリオストロの城」(1979年)監督/宮崎駿

もうね、数十名のオンナノコたち(←原画とか一切描けない)の群れを目の前にして、「ヨロシクお願いしま~す♡」と挨拶されてる巨匠がどんな表情をしたかを想像するだけで怖い・・。

当然、「こんなので映画作れるわけないやろ!」という話になり、急遽大塚康生さんが動いて経験者を集める流れになったらしい。
その時運よく召集できたのが友永和秀だったり、田中敦子だったりで、そこは大いに救われたはずだ。
でも、その田中さんにしても、この時↓↓まだ二十歳のド新人だからね?

とりあえず、新入社員には「中割り(原画と原画の間を繋ぐ絵)」を描かせることにしたものの、それもちゃんと描けなくて原画の人が面倒見なくちゃならなかったらしく、もう連日てんてこ舞いの戦場だったらしい。
・・よくもまぁ、そんな環境であのクオリティの映画を作れたもんだわ。
で、興行的にいうと「カリオストロ」はコケたんだが、藤岡社長はそういうことは気にせず、その「カリオストロ」のビデオを持って、すぐさま海外に渡航したわけよ。
この映画の第二の用途は、一種の<プロモーションビデオ>だったわけだね。
欧州、および米国に行き、藤岡社長は売り込みをしたわけさ。
一体、何を売り込んだのか?
それは「カリオストロ」という映画そのものじゃないし、宮崎駿という監督でもない。
彼が売り込んだのは、「テレコム」という会社だったんだ。
「ウチは、こんなクオリティ高いアニメを作る会社です。
だからウチと組んで、合作でアニメ作りませんか?」

あちこちに、そういうプロモーションをしていたとやら。
話を戻すが、元々テレコムという会社の設立目的は「フルアニメーションを世界基準で作れる会社に」である。
ゆえに、藤岡社長的には「海外のスタジオと組み、その技術を盗む」というのが戦略だったんだろう。
その為にも海外スタジオを釣れるだけの「餌」が必要だったわけで、それにウッテツケなのが、宮崎駿監督作「カリオストロ」という企画だったんだね。
で、その結果としては、やはり「餌」が良かったというべきだろう、何人かの海外プロデューサーが釣れたっぽい。
それが冒頭の「ルパン8世」とかそうだっただろうし、「名探偵ホームズ」もまた同じく。
他にも
米国と合作「怪傑ゾロ」(1981年)
カナダ/米国と合作「ガジェット警部」(1983年)
などなど、日本ではほとんど知られていないような海外アニメの制作協力をしてるわけよ。
その数、おそらく30作以上。
それら全てが、フルアニメーション志向である。
・・ただし、現在においてはもう<テレコム=フルアニメーション>という方針はありません

ぶっちゃけ、藤岡社長は挫折したんですよ・・
社に莫大な損失を与えたともされ、1991年、なかば更迭のようにして社長の座を降りています。
そして、その数年後に逝去。
とにかく、藤岡さんは失敗の多いプロデューサーだった。
・フランスと合作で「ルパン8世」の制作をするも、著作権の問題で作品はお蔵入りした
・「ムーミン」のアニメ化権利を得るも、原作者側と揉め、作品の国外輸出を禁止される
・押井守監督版「ルパン三世」を企画するも、東宝と折り合わずに企画は白紙撤回
・社運を賭けた「NEMO/ニモ」に制作費53億を投じるも、宮崎駿監督降板の末に、興行収入は9億というドツボの結果に・・

とはいえ、私は藤岡社長の「海外市場を獲りたい」とか「世界規格のアニメを作りたい」という狙いはさほど間違ってたとも思えんし、彼の顛末は非常に残念でならない。
でも、当時のテレコムのアニメーターは、数々の海外合作を経て技術的にはめちゃくちゃ上手くなったとも聞く。
アニメーターの経歴を見て、「テレコム出身」とあればその人は要注目ですよ。
じゃ最後にひとつ、テレコム/フランスの合作80年代アニメをご覧いただきましょう。
「宇宙伝説ユリシーズ31」(1988年)

監督/長浜忠夫、Bernard Deyriès
総作監/荒木伸吾
メカニックデザイン/スタジオぬえ、金田伊功
うむ、味がある。

