さくらvsどれみ 魔法少女対決
最近、「きのう何食べた?」ってドラマやってるよね。
ゲイの恋人同士のやつ。
こういうのを西島秀俊と内野聖陽でやっちゃうあたり、いよいよ日本もゲイに寛容になってきたんだな~と思う。
正直いうと私はまだどうしても抵抗あるんだが、昨今のBLブームを見る限り、女性の方がこういうのには寛容だね。
思えば、少女漫画では萩尾望都とか竹宮恵子とか、70年代からBL描いてたんだもんな。
そして何より「カードキャプターさくら」、このアニメを子供の頃に見て育った世代が今20代後半~30代ぐらいになっており、やはり「さくら」の影響か、この世代には腐女子が非常に多いと聞く。
同じ魔法少女物ならほぼ同時期に「おジャ魔女どれみ」もやってたと思うが、果たして「さくら」を見てた派か「どれみ」を見てた派か、そのどっちを見てたかで幼少期のジェンダー価値観形成に大きな差が生じたはずだと私は思っている。

「カードキャプターさくら」は、原作が同人誌出身の作家ユニットCLAMPだというだけで、何だか妖しげな匂いがするじゃないか。
実際、BL表現ががっつりあるんですよ。
これを放送したNHKもなかなかやるよな。


雪兎さんはモテるので主人公のさくらを含む3人から想いを寄せられてるんだが、残りの2人ってのは男なんだよなぁ。
なぜかさくらもそこは気にしてない様子で、不思議とこの作品の世界観はジェンダーの規制がないんですよ。
小さな子供がこういう作品を見て育つと、当然その子のジェンダーの価値観はバイセクシャルOK側に行くと思うんだよね。
一方、男子は子供の頃にこういうアニメを見ないから、ジェンダーの価値観なんて昭和の継続でしかないですよ。
正直、女子の先進性には全く勝てんわ。
そういや、90年代の日本映画でこういうのがあったんだ。

ゲイのカップルを見てることに喜びを感じる女性を描いた作品。
今でいう腐女子そのものなんだが、当時はまだ腐女子という言葉がなく、「おこげ」と呼んでたんだな。
オカマにくっついてるという意味で。
つまり90年代の時点で、既にこういう趣味の女子はいたってことか。
そして、この「カードキャプターさくら」ではBLのみならずに百合の要素も
きっちり描いていて、それが親友の知世ちゃんのさくらへの愛である。
さくらは魔法少女といいつつ変身する機能はない設定なので、そこをカバーするのが知世ちゃんの役割。
アパレル企業の社長令嬢である彼女は服を作るのが趣味で、さくらの衣裳は毎回彼女が無償提供してくれている。
それも一度着た服は二度着ないという超絶な贅沢さであり、果たして知世ちゃんはさくらに一体どれほどのおカネを注ぎ込んでるのか、おそらく年間100万は下らないだろう。
そこまでして知世ちゃんは見返りに一体何を求めたのかというと、さくらが自分の作った衣裳を着て精霊と闘う姿をビデオ撮影すること。
ただ、それだけである。

知世ちゃんは生粋の百合でありつつも、決してベタベタしようとはしないし、さくらが雪兎さんや小狼君に恋愛感情を抱いていても邪魔をするどころか、むしろ応援するかのようなスタンスである。
つまり、めっちゃいい子なんだ。
しかし、その心の内を想像するとちょっと辛いね・・。
私は、全キャラクターの中で知世ちゃんが一番好き。
無償の愛を貫く聖女のような彼女の存在があったからこそ、私も今では百合に対して尊さを感じるようになってしまったよ。
つまり、「カードキャプターさくら」は常にバイセクシャルを美しいものとして描いており、ここに影響を受けた小学生視聴者は多かったんじゃないかなぁ。

さて、これは「カードキャプターさくら」とほぼ同時代に放映されていた「おジャ魔女どれみ」である。
なんか、アイドルグループみたいだよね。
そう、「さくら」がヒロイン単体の物語だとしたら、「どれみ」はユニット5人組(冒頭は3人組だが)の物語なんだ。
カワイイ絵柄だけど、中身は父子家庭問題、いじめ不登校問題などハードな案件も結構出てくる。
ジェンダー問題は出てこなかったんじゃないかなぁ?
一貫して描かれるのは友情、そして家族愛。
恋愛要素もちょっぴりあったけど、主軸ではない。
私は全魔法少女物の中で、この「おジャ魔女どれみ」こそ頂点のクオリティだと思っていて、これの後継アニメとなった「プリキュア」シリーズですらその高みにはまだまだ到達できてないと思う。
名作「まどかマギカ」では、ヒロインまどかが悩んだ末に最後に魔法少女になること(この世から消えること)を決断したが、「どれみ」の場合はそれの全く逆。
みんな、正式な魔女になることを辞退したんだ。
「魔法に頼らずとも、自分たちの努力で願いは叶えられる」
これが、この作品最大のテーマともいえて、ちゃんと人間として生きていくことを選択した5人組の姿はとても尊く、めちゃくちゃ気持ちのいいラストなんだよね。



3年前、「おジャ魔女どれみ20周年」とかいって新作映画が公開されたんだ。
おいおい、「どれみ」はあの小学校の卒業式の神回で完璧に完成したんだから、これ以上余計なもん足すなよ、と思ったんだが、実際見てみたら映画にどれみたちは出てこないのよ。
映画のヒロインは、子供の頃に「どれみ」を見て育った現実世界の女性たちで、彼女らがアニメの聖地を巡礼するというストーリーだった。
本編を汚さないよう、敢えてこういう作りにした佐藤順一(ARIAシリーズの監督として有名)って、やっぱ最高。
めっちゃいい映画で、必ずもう一回「どれみ」を見たくなるのでオススメです。

さて、皆さんはさくら派?どれみ派?
私は、どれみ派。
まぁどっちにせよ魔法少女物としては屈指の名作なので、日本国民に生まれた以上は両方を見るのが義務だと思ってくれ。
今の「プリキュア」人気を見ても分かるように、魔法少女物は永遠に不滅である。
なぜって、スポンサーにがっちり玩具メーカーがついてるからさ。
魔法少女キャラは玩具メーカーにとってのドル箱であり、彼らはここに資金提供を惜しむことはない。
よって、資金があるから質の高いアニメが作れる⇒質が高いから人気が出る⇒キャラの玩具が売れる⇒メーカーが儲かったのでさらにアニメに還元する、というプラスのスパイラルを生じさせてしまうのが魔法少女物ならではの魔法なんだわ。
これが男子の場合だと、「ガンダム」がそれに該当するだろう。
この世にプラモがある限り、玩具メーカーの「ガンダム」シリーズへの資金提供はずっと途切れないので、シリーズは永遠に終わることはない。
というか、終わらせてもらえない。
多分、玩具メーカーとしては玩具さえ売れれば文句ないので、アニメの内容そのものには全く不干渉なんだろうね。
「ガンダム」の富野由悠希なんて、小学生には到底理解できない権力闘争劇を延々とやってたのに、結局は最後までやり切ったもんな。

「カードキャプターさくら」も見方によっては非常に危ういものだったけど(ロリコンとか)、特に問題とされなかった様子。
おカネは出すけど口は出さんって、ありがたいスポンサーもあったもんだ。
基本、魔法少女物は「女児向けアニメ」と「深夜アニメ」に大別されている。
深夜アニメの方は、グロ展開でもエロ展開でも何でもあり。
「リリカルなのは」なんてカワイイ絵柄で騙されてるけど、あれの母体となってる原作って、なのはの兄と姉が主演の18禁エロゲだからね。

それ考えると、「カードキャプターさくら」なんて健全なもんだわ。
もしも、もう一度生まれ変わって人生をやり直すことが可能だというなら、私は木之本さくらとして生まれ変わりたい。
そして、毎朝ローラーブレードで登校するのだ。
そして、お兄ちゃんに「さくら、怪獣じゃないもん!」と怒るのだ。
ああ、さくらになりたい・・。


