80年代サンライズ作品ランキング(『ガンダム』を除く)
まずは昨年、某サイトが実施していた
<「ガンダム」以外の80年代サンライズ作品人気ランキング>
というのをご覧いただこう。
<80年代サンライズ作品人気ランキング>
(「ガンダム」シリーズを除く)

【1位】聖戦士ダンバイン(1983年)
原作/監督:富野由悠季

【2位】重戦機エルガイム(1984年)
原作/監督:富野由悠季

【3位】装甲騎兵ボトムズ(1983年)
原作/監督:高橋良輔

【4位】戦闘メカ ザブングル(1982年)
原作/監督:富野由悠季

【5位】伝説巨神イデオン(1980年)
原作/監督:富野由悠季

こうして見ると、結構名作揃いでしょ?
80年代、いかにサンライズが富野由悠季に依存してたかがよく分かるけど。
なお、この投票は2023年にも実施してたらしく、その時の結果は
【1位】ダンバイン
【2位】ボトムズ
【3位】エルガイム
だったらしく、基本的にTOP3の作品は毎年ほとんど変わらんようだ。
で、今回は2位の「エルガイム」を取り上げてみたいと思う。
これ、富野作品の中では「ガンダム」「イデオン」「ダンバイン」あたりと比較したら影が薄いでしょ?
そのくせ、こうやってアンケートをとれば必ず上位に顔を出してくる。
いわゆる隠れ人気作というやつだ。

この作品が地味に人気だという点については、何となく分からなくもない。
ようは、とても口当たりがいいんです。
80年代の富野由悠季作品というのは、その多くが富野さん特有の「臭み」や「苦み」があるものである。
でも、この「エルガイム」に限っては入念に「アク抜き」が施されてる感じだ。
・・なぜか?
それはおそらく、他局で1982~1983年に放送されていた、この作品の影響が大きいだろう↓↓
「超時空要塞マクロス」(1982~1983年)

・・そう、「マクロス」には「臭み」や「苦み」がほとんど無かった。
代わりにあったのは、「甘さ」と「甘酸っぱさ」である。

・・で、サンライズは「マクロス」を見て、「いいなぁ」と思ったんだろうね。
ウチも、ああいうスタイリッシュな三角関係とかやりたいよなぁ、と。
でも、富野由悠季にそれができるだろうか?

・・いや、無理だわ。
この人に男女の三角関係とか描かせたら、十中八九、無間地獄になるだろう。
ヘタすりゃ、闇落ち⇒心中エンドもあり得る。
で、サンライズは思いついたのさ。
「そうだ、『マクロス』は若い奴ら(河森正治や美樹本晴彦など)が中心で作ったらしいから、ウチも若い奴にプロット作らせりゃいいじゃん!」と。
・・そう、「エルガイム」って原作/富野由悠季と表記されてはいるものの、実はプロット作ったのは富野さんじゃないのよ。
じゃ、誰が作ったのか?
それは、この人です↓↓
永野護(ながのまもる)1960年生まれ

いや、そりゃ今でこそ永野護といえば「あぁ、『ファイブスター物語』の人だね」と皆が分かると思うが、この当時はまだサンライズ入社2年目の新人デザイナーですよ。
しかも彼、サンライズの面接の時は<長髪+なぜかベース持参+靴底15cmロンドンブーツ>という姿で臨み、そのインパクトだけで「面白い」と採用された人だし。
・・うむ、80年代バブル期って、そういう時代だったんですよ。
この時の永野さんと同じような例が東映アニメーションにもあって、それはもちろん、この人だよね↓↓
幾原邦彦

幾原さん自身も「自分みたいなのが採用されたのはおかしい」と思って入社後に尋ねたところ、「ユニーク枠」の人材として採用されたのだという。
組織の多様性を担保する為、敢えて変わったのを1枠だけ採ろう、みたいな人事の思惑があるのかも・・。
多分、永野さんもまた「ユニーク枠」の採用だったんだろう。
ちなみにだが、永野さんと幾原さんは後に出会い、意気投合している。
非常に仲良しな永野護と幾原邦彦


お前ら2人、何で女装してトークショーしとんねんww
なお、永野さんは、もともと学生時代からコスプレイヤーとして名の知れた存在だったそうだ。
それも1980年前後のことだから、あるいは「元祖コスプレイヤー」といえる存在なのかもしれない。

これは永野さんがまだ学生時代の画像↑↑らしいんだが、彼の隣りでララァのコスプレをしてる女性が、なんと声優の川村万梨阿さんである。
川村さんといえば、「逆襲のシャア」クェス・パラヤの人ですね。

ちなみに、このコスプレしてた頃は彼女もまだ声優デビュー前(この2年後に「聖戦士ダンバイン」でデビュー)。
実はこの2人、この頃からもう既に交際してたみたいだね。

なんか、微笑ましい・・。
もともと永野さんは実家が呉服屋ということもあり、服のデザインができる人だったみたいなのよ。
・・で、コスプレ通じて川村さんと仲良くなるとか、完全に「その着せ替え人形は恋をする」の世界観やないかww

そう、永野さんの特異性とは、メカ(重工業)のデザインとファッション(軽工業)のデザインの両方をこなせるところだと思う。
つまり、硬いのと軟らかいのを両方ともイケるクチで、だからこそ彼の創るメカデザインは他の人とは少し違うのさ。


完全に<ファッション系メカ>として成立してて、見ようによってはこれ、ほとんどジャン・ポール・ゴルチェだよね(笑)。

だからこそなのかもしれんが、富野さんは永野さんのことをソッコーで気に入っちゃうのよ!

・・いや、普通に考えればこのふたり、「混ぜるな危険」っぽいでしょ。
もともと富野さんは恐い人だし、一方の永野さんも天才肌の人ゆえ、お世辞にも従順なタイプではない。
実際、永野さんは80年代、サンライズ内で何度も周囲と衝突してるんだわ。
それでダメになった仕事が実は複数ある。
なのに富野さんは、それでも辛抱強く永野さんの面倒を見続けたという流れがあり、そのへんの詳しい時系列は以下の通りです↓↓
【1984年】「重戦機エルガイム」

<富野/永野の邂逅>
永野のプロットをモトに富野が作劇。
永野はキャラクターデザイン/メカニックデザインを任される。
まだ新人ゆえ画をきちんと描けなかったようだが、わざわざベテランを補助につけて凌いだらしい。
【1985年】「機動戦士Zガンダム」

<富野、永野をメインデザイナーに指名>
デザインのみならず、基本設定の考案にも彼を参加させたという。
しかし彼のデザインをサンライズ上層部、およびバンダイが評価せず、結果永野はキレて、やがて降板。
【1986年】「機動戦士ガンダムZZ」

<富野、永野をメインデザイナーに指名>
ここで何があったか詳細は不明だが、彼のデザインはほとんど採用されず、降板。
【1988年】劇場版「ガンダム/逆襲のシャア」

<富野、永野をメインデザイナーに指名>
またも永野デザインがクライアントと折り合いが合わず、おまけにスタッフと衝突となり、降板。
永野、翌年サンライズ退社
・・ね?
凄いでしょ?
この1985年~1988年における【メインに指名⇒降板⇒メインに指名⇒降板⇒メインに指名⇒降板】という地獄のループ・・(笑)。
というか、これだけダメになりつつ、しぶとく永野さんをメインに指名し続ける富野さんって一体何なのww

・・そこは、正直よく分からないんですよねぇ。
とにかく、富野さんが永野さんの才能を高く評価してた、としか言いようがない。
そして永野さんのサンライズ退社後
【1991年】永野護/川村万梨阿結婚

なお、この結婚式の仲人は富野夫妻だったそうですww
もはや、ここまでくると永野さんは富野さんのムスコ同然じゃん?
とにかく、富野由悠季をここまで執着させるに至ったのは、全て「エルガイム」から始まった流れである

・・うむ、確かに永野デザインの美しさは図抜けている。
いや、ちょっと造形が複雑すぎて、これ玩具メーカーはめっちゃイヤだろうけどなぁ・・(笑)。

確かに「エルガイム」は、まず<メカの美しさと斬新さ>ありきである。
・・とはいえ、富野さんがその後も永野起用にこだわり続けたのは、決してデザインだけじゃないと思うんだよね。
私が思うに、彼は永野さんが創ったプロットや世界設定の方も気に入ってたんじゃないかな?


こういったキャラ↑↑とか、どう考えても富野さんの発想からは出てきそうもない感じでしょ?
なんか、もう既に「ファイブスター物語」っぽいんですよ。

ただ、終盤の4つの陣営が入り乱れるカオス劇などは明らかに富野流だし、そこはホント面白いのよ(ラスボスが誰なのか全く読めないところとか)。
永野さんのプロット+富野さんの味付けという形の融合は、とても良かったのかもしれない。
富野さんもまたそこに手ごたえを感じてたから、その後永野さんにオファーし続けたんだと思うし・・。
また、聞いた話では永野さんがデザイナーの枠を超え、どんどん富野さんに意見を上申する感じだったらしい。
そして驚いたことに、富野さんがその多くを聞き入れていたという。
入社2年目の若僧が、なんかスゴイよね~ww

・・いや、富野さんって恐い人だからさ、若い奴らは大体がみんな怖がって意見をぶつけるとかがないと思うのよ。
でも、永野さんは富野さんのことを「富爺」と呼んでたぐらいで、あるいは富野さんって、そういうクソ生意気な奴の方が逆に好きなのかもしれん。
違うかなぁ・・?
私は「エルガイム」ってね、富野さんが初めて他者の作家性との融合に成功した、実に画期的な作品だと思うよ?

未見の方は、一度ご覧になってみてください。
私は「エルガイム」って、「いい時の富野さん」だと思うんだよね(笑)。

