マレーシアの夕空に、ひとり遊びの記憶を重ねて | ハッピーライティングマラソン#14に寄せて
このエッセイは本田健さんの企画「ハッピーライティングマラソン」に寄せたものです。
今回のお題は──
「子どもの頃の最も幸せな瞬間はどんなときでしたか?」
幸せな瞬間を探して、浮かんだのはひとつの色彩の記憶でした。
夕焼けが街を染め、建設途中のビルが黒い影になって浮かび上がる。
小学生の私は、三階の窓からその景色をじっと眺めていました。
静かな時間に包まれながら、「この色を忘れたくない」と心の奥で感じていたように思います。
私は帰国子女です。40年前、父の赴任先だったマレーシア・クアラルンプールで暮らしていました。
当時の街はまだ高層ビルが少なく、のんびりとした空気にあふれていました。
静けさに包まれた、ひとりだけの贅沢な時間
思い出すのは、3階の自室の窓から見た夕焼け。私は双眼鏡を手に、遠くの景色をぼんやりと眺めていました。
夕空は赤く染まり、建設中の高層ビルがシルエットとなって浮かび上がります。そのコントラストが、子ども心にも強く残りました。
クアラルンプールでは、イスラム寺院からアザーンと呼ばれる礼拝の呼びかけが、1日に何度も響いていました。あの柔らかく、どこか哀しげで神聖な声が、夕焼けの空と重なる瞬間。部屋の中に、夕日のオレンジ色の光が静かに差し込んできて、私はただその景色に見入っていました。
誰に話すでもなく、誰かと共有するでもなく、ひとりでその時間を過ごしていたことが、今思えばとても贅沢だったのです。

子ども心に焼きついた、二つの「色」の記憶
その瞬間がなぜ「幸せ」だったのかと聞かれたら、「ただ、美しかったから」としか言いようがありません。
夕焼けの色が、胸をぎゅっと締めつけるように綺麗で。言葉にはならなかったけれど、子どもの私の中に確かに”感動”がありました。
でも、マレーシアで私の心を奪った色彩は、その静かな夕焼けだけではありませんでした。
ディパバリの夜のことを覚えています。街は一変し、赤と黄色の世界になりました。提灯が夜風に揺れ、色とりどりのサリーを纏った人々が行き交います。マリーゴールドの花が道端に散り、金色に光る装飾品がきらめいて。お香とスパイスの香りが混じり合い、夜通し鳴り響く花火が空を染めていました。
同じ暖色系なのに、夕焼けのオレンジとは全く違う感動がそこにありました。静寂と喧騒、ひとりの時間と祭りの高揚感。どちらも美しく、どちらも私の心を震わせました。

今、50代になって思い出すのは、あのときに見た”色”の記憶です。色彩は、時に言葉よりも鮮明に記憶に残るものなのかもしれません。
美しいものを見ていたい。あのときから、ずっと
大人になって、忙しい日々の中で、あの頃のような「静けさ」や「ひとり時間」をとることはなかなか難しくなりました。
それでも、私は美しいものを見ていたいと願っています。自然の景色、建築、アート、日常のなかの小さな光。そうしたものに目を向ける感性は、あのマレーシアの夕暮れと祭りの夜で育まれたのかもしれません。
色彩に敏感でいたいという気持ちや、心がふるえる瞬間を大切にしたいという思いは、確かにあのときから始まっていました。静かな美しさも、賑やかな美しさも、等しく愛おしいと感じる心は、あの異国の地で培われたのです。
子ども時代の感受性を、今の自分に重ねて
あの記憶は、私にとって「ヒント」そのものです。目まぐるしい現代の日常において、どこかで立ち止まり、自分の感覚に耳を澄ます時間を持つこと。
子どもの頃のように、誰のためでもない、自分だけの時間を大切にすること。その中にこそ、本当の「豊かさ」があります。
忙しさに流されがちな日々の中で、ふと立ち止まって、空を見上げてみる。そんなひとときが、思いがけず大切な「原点」とつながることもあるのではないでしょうか。
今日からできる”ひとり時間”のススメ
10分でもいいので、スマホを見ずに外の空を見る
自分だけの「好きな景色」を見つける
音や光、色、香りに敏感になる時間を意識してみる
ひとり遊びの延長のように、静かな時間を大人になった今こそ、味わってみませんか。
#ハッピーライティングマラソン
#本田健
思いがけないことに、前回ハッピーライティングマラソンに寄せたエッセイを、本田健さまの『心が動いた5作品』に選んでいただく機会に恵まれました。
お目に留めていただけたこと自体、とてもありがたいことだと感じています。
✨今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
また次の文章でお会いできますように。
永野ヨウ
