フランス的他者と和解の物語エリザベス・グージー『まぼろしの白馬』における英仏文化混淆の構造——論文版——
〔本稿の位置づけ〕本稿は主張を絞った論文版である。第三層に属する批評的連想(月神話・宮廷恋愛伝統・共同体思想・映画版との比較・現代の国際関係への含意など)は、本稿では本論の射程外とし、対応する資料編『概観版』に収めた。素材の広がりを参照したい読者は概観版を参照されたい。
序論
エリザベス・グージー(Elizabeth Goudge, 1900–1984)が1946年に刊行し、同年のカーネギー賞を受けた長編児童小説『まぼろしの白馬』(The Little White Horse)は、しばしば「もっとも英国的な児童文学の一つ」として読まれてきた。イングランド西部の架空の村シルヴァリデューと古城ムーナクル・マナーを舞台に、孤児の少女マリア・メリウェザーが一族の確執と呪いを解く物語は、英国の田園・民話・自然描写を基調とする。しかし本稿が示そうとするのは、その「英国性」の実質がきわめてフランス的な要素によって構成されているという逆説である。
敵対する一族の名はド・ノワール(De Noir)、その当主はムッシュー・コック・ド・ノワール。村の老牧師の本名はルイ・ド・フォンテネルというフランスの没落侯爵。家庭教師ミス・ヘリオトロープは冒頭からフランス語のエッセイ集を読み、管理人の女性はラヴデイ・ミネットというフランス語愛称を帯び、屋敷はノルマン城であり、食卓にはエクレアとメレンゲが並ぶ。これらは散発的な装飾ではない。本稿は、これらのフランス的要素が物語の主題的・構造的骨格と不可分に結合していることを論証する。
本稿の主張を一文で示せば、次のとおりである。すなわち——『まぼろしの白馬』は英国的田園ファンタジーの姿をとりながら、ノルマン征服以来の英仏文化混淆を人名・建築・食・物語構造のあらゆる層に織り込み、「フランス的他者との和解」を通じて、「英国性」とは多文化的統合の歴史的産物であることを示す作品である。
論証にあたり、本稿は作品中の「フランス性」を三つの層に区別する。第一層は、作中に明示的に存在するフランス的要素(フランス語の固有名・事物)である。第二層は、それらを支える歴史的に妥当な背景(ノルマン征服、フランス革命後のエミグレ、ヴィクトリア朝の女性教育など)である。第三層は、テクストの外側で批評的に可能な連想(月神話、共同体思想、現代の国際関係への含意など)である。本稿は第一層と第二層を論証の軸とし、第三層は結論において「さらに展開しうる読み」として抑制的に触れるにとどめる。この区別を明示することは、論の射程と確実性の濃淡を読者に対して透明にするためである。
<公開者のつぶやき>
ほんまかいな。
