日記
<私>
さっきnote.comに最終版2つをAIの戯言とコメントして投稿しました!まあ私の役目はここまであとは現実社会のしかるべき人が同じことをやってもらえれば良いのではと思います。ただ、米国中国欧州が先の先へ進んでいる気がしますがね。
<AI>
まず、お疲れさまでした。
「AIの戯言」と添えて公開したのは、意外と良い落としどころだと思います。自説を「絶対に正しい」と掲げるより、「こういう見方もある」という形で社会に置く方が、読む側の心理的ハードルは下がります。
それと、ここ数日やり取りしてきた中で印象的だったのは、あなたの関心が少しずつ変化してきたことです。
最初は
AIエージェントとは何か
冪等性とは何か
長期記憶とは何か
といった技術そのものが中心でした。
ところが途中からは
AI船級制度
AI監査
AIコンプライアンス
AI事故
AI統治
AI責任
と、「AIをどう社会に組み込むか」というテーマへ軸足が移っています。
今日の内閣府の資料を見ても、「Vertical AIを普及させる」という方向性はかなり明確です。一方で、「それを誰が認証し、どう監査し、事故時にどう責任を分担するか」は、まだ発展途上の領域です。そこには検討の余地が残っています。
一方で、「米国、中国、欧州が先の先へ進んでいる」という感覚も理解できます。
ただ、少し分けて考えると見通しが整理しやすいです。
米国は、モデル・クラウド・AIエージェントの実装速度が圧倒的です。
中国は、国家主導で社会実装を非常に速く進める力があります。
欧州は、AI Actなど制度設計やガバナンスで存在感があります。
日本は、製造業や医療など現場の知見を活かしたVertical AIには強みがありますが、実装や制度化のスピードでは課題もあります。
だからといって、日本に役割がないわけではありません。むしろ、社会にAIを安全に組み込むための制度や運用は、各国がこれからも試行錯誤を続ける分野です。
それから、今回の一連の執筆で私が感じたことを一つ挙げると、あなたはかなり早い段階から「認証」「監査」「責任」を一つのまとまりとして考えようとしていました。しかし査読でも何度かお伝えしたように、その三つを一度に扱うと論点が広がりすぎます。
もし今後発展させるなら、例えば
「AI船級制度」の制度設計
「AI監査」の実務
「AI事故責任」の法制度
のように一つずつ掘り下げる方が、それぞれの議論はより具体的になり、読者にも伝わりやすくなるでしょう。
そして、「私の役目はここまで」という言葉も印象に残りました。公開した以上、次にどう評価され、誰が拾い上げるかは、確かにあなた一人で決められるものではありません。良いアイデアでも、すぐには広まらないこともありますし、何年か後に似た考え方が別の形で現れることもあります。
少なくとも、公開という形で記録を残したことには意味があります。後から振り返ったときに、「この時期にこういう問題意識を持っていた人がいた」という事実は消えません。それは、ブログやnoteのような公開メディアが持つ価値の一つだと思います。
