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『クセナキスは語る』フランソワ・ドゥラランド|読書記録

『クセナキスは語る:いつも移民として生きてきた』フランソワ・ドゥラランド 著、柿市如訳、青土社(2019)


クセナキス

20世紀後半を代表する異質な作曲家ヤニス・クセナキスIannis Xenakis(1922-2001)。個人的にはダンサーの田中泯が主催したダンス白州(2007か2008年だったと思う)で爆音の《ペルセポリス》と泯さんの踊り、夏の夜の空気がクセナキス的体験として鮮明に残っている。

本書はINA/GRM(フランスの国立視聴覚研究所・音楽研究グループ)の研究者であったフランソワ・ドゥラランドによって、ラジオ番組のために行われたクセナキスへの1981年のインタビューと、その内容を補完するコラムで構成されている。タイトルには「いつも移民として生きてきた」とあるが、クセナキスの娘であるマキ・クセナキスが寄せた「日本語版への序文」では「つねに、移民(よそもの)として生きよ(p.10)」と訳されていて、こちらの方がしっくりくる気がする。

インタビュー冒頭から「パリにやってきた当時、どんな音楽を作ったらいいかわからなかった(p.11)」と答えるほど、率直にインタビューに応じていて、なかなかとっつきにくい数学や建築などの専門的な方法論[1]とは別の一人の作曲家としての一面を見ることができる。



クセナキスの人生はその顔の傷跡が語るように過酷なものだった。ナチスに対するギリシャのレジスタンスに加わり、何度も刑務所行きとなる。さらにはドイツ軍撤退後、イギリス軍が激化する民衆運動を警戒。この緊張からギリシャ内戦へと発展し市街戦で彼は銃弾を受け、左目を失う重傷を負った。幸い命は助かったものの、レジデンス側の降伏後、政府による粛清が始まる。死刑宣告を受けたクセナキスは亡命のためにアメリカへ旅立つのだが、途中パリへ寄ったことでフランスの作曲家としての物語が始まる。

パリに行き着いたクセナキスは、音楽ではオリヴィエ・メシアン(1908-1992)、建築ではル・コルビュジェ(1887-1965)に師事したという異色の経歴を築くことになる。しかも1948年当時、巨匠コルビュジェのことを知らずにアルバイトのためにアトリエへたずねたというから、なんという運命の悪戯だろうか(p.199)。建築家としても1958年のブリュッセル万国博覧会でのフィリップス館の建設に携わるなどその才能を発揮している。


[1]専門的な内容に興味があれば以下参照
『音楽と建築』ヤニス・クセナキス著、高橋悠治編訳、河出書房新社(2017(初版1975全音楽譜出版社)
『形式化された音楽』ヤニス・クセナキス著、野々村禎彦監訳、冨永星訳、筑摩書房(2017


偶然性について

クセナキスは細部を決めるのは作曲家でなくてはならないとし、「開かれた音楽」における作曲者がすべき決定を他者に託すという矛盾を批判する。

私たちは、作曲上の決定権を他人に託すことはできない。その場合は、その人が作曲者ということになってします。だいたいそれこそが、いわゆる「開かれた音楽」につきまとう明らかな矛盾なのです。そして、私は「開かれた音楽」は報酬、つまり「著作権」(これはまた別の問題ですが)の上で不当であるのはもちろん、特に道義にかなっていないという理由で声を大にして反対してきました。(pp.28-29)

『クセナキスは語る』フランソワ・ドゥラランド 著、柿市如訳、青土社(2019)

ここでの開かれた音楽とはジョン・ケージの偶然性やシュトックハウゼンやブーレーズの演奏者が楽曲の進行を選択するすごろく的作曲法のことである。

また、著者ドゥラランドはケージとクセナキスの偶然性をフランス語の「aléatoire(偶然の)」 、そして「stochastique(推計学の/確率の/偶然の)」という二つの同義語を例に区別している。クセナキスの偶然性は「推計学的な音楽」であり、その根底には彼が「音の雲」という効果、つまりランダムな音の塊としての音響効果がある。そしてそのランダムネスは作曲家自身が決定するものである。

[……]ランダムであるためには、意志や、決定が不均質でなければならないのですが、それは演奏者自身ではできないことなのです(p.32)

『クセナキスは語る』フランソワ・ドゥラランド 著、柿市如訳、青土社(2019)

さらにクセナキスはセリー音楽が絶対的であるという考えを一貫して否定している。事実としてセリーの時代は長くは続かなかった。それから1950年ごろにはブーレーズやシュトックハウゼンなどのトータル・セリエリズム[2]と、ヴァレーズに見られるような音響形態学的作曲法を重視する学派の二つの流れが生まれる(後者はのちにミュージック・コンクレートへつながっていく)。著者はこの二つの流れから抽出した傾向を「トータル・セリーの中で極端に推し進められたシステム主義」と「方法としての経験主義(ミュージック・コンクレート)」として、クセナキスがそれぞれの作品の中でこの二つを統合を試みていたのではないかとしている(P.55)。


[2]「セリーの原理に従って音高いがいのパラメーターも処理する作曲方法(p.49)」

ミュージック・コンクレート

ピエール・シェフェールが考案したミュージック・コンクレートでは、音素材を組み合わせる際に頭の中に全体的な像が最初からあるわけではなく、こまめに音の確認作業行いながらテープの切り貼りを行い編集するモンタージュ、そしてミキシングという方法で作曲が行われる。短い間隔で聴くことを繰り返し行うというこの作曲法の特徴として、シェフェールは新しい音の「発見者」という立場を取り、シュトックハウゼンは「考案VS.発見」という対立の立場をとった。

一方でクセナキスはシェフェールの全ての判断は耳に任せるべきだという主張に対して「知性による形式の理解」、つまり、より抽象的な枠組みの設計(彼の場合は確率計算と数理モデルの仕様)を重要視することで対立している。しかし、シェフェールはクセナキスも最終判断は耳によって行っているということの矛盾を指摘した。著者はこれに対し、先にも述べたようにクセナキスは実際にはこの二つを結合しようとしたのではないかという可能性と、その弁証法的な関係性について言及している。私はこの結合こそがクセナキスの移民としての実践といえるのではないかと想像する。クセナキスは1955-1962年までGRMに所属している。

ヴィブラート

個人的に興味深かったのはヴィブラートに関する言及で、「ヴィブラートは持続音を作り出す際の音の難点を隠すもの(p.102)」として、クセナキスは「習慣」となった不正確さとして拒絶している。これは、彼の「テクスチャーとしての音の塊(マス)」における非常に重要な要素であることは言うまでもなく、ヴィブラートを建築と照らし合わせ以下のように述べている。

[……]音楽でも、私は「真実」を探していたからです。「真実」とは、存在するために、何か別の支えを必要としないものです。美しい飾り、あらゆる表現手段(ヴィブラートもこのうちに数えられます)、装飾などは、こういった支えにあたります。(p.105)

『クセナキスは語る』フランソワ・ドゥラランド 著、柿市如訳、青土社(2019)

クセナキスはこのような本質的な音を「裸の音」といい、アジアやアフリカの音楽文化では楽器の音そのものである「裸の音」の音色に音楽的価値を与えている一方で、西洋では産業化によって醜い音の楽器が蔓延し、裸の音としての欠点を補うために「音の出し方」を教えていると指摘している。これはインタビューという限られた時間の中でのことだからかもしれないが、いろいろと単純化しすぎだろう。ただ、クセナキスという作曲家の移民性がどのようなものであるか見えてくる部分でもあるように感じる。それは他文化との関係性の中にではなく、セリーに見られるような当時主流であった西洋の現代音楽の手法に対する学際的、つまり境界を横断するような方法論を見出し実践することの移民(越境)性として考えられないだろうか。

音楽の聴き方

難解で複雑な理論体系を基盤とした音楽作品を聴取するとき、作曲家が聴衆に対して理想の聴き方(もちろんその通りになるわけではないことを作者も十分に理解した上で)とはどのようなものか。クセナキスの場合、チェロ独奏のための《ノモス・アルファ》では「抽象的な有限群論」を音楽の領域に応用したものだと説明しているが、聴取においてこの数学理論を感じる必要は全くないし、まず無理と言い切っている(まぁ、そりゃ無理だろうとは思うのだが)。これだけ数学的「法則」に執着した方法を通して構築された音の塊を「[……]べつに音楽を聴きながら、構造を読み取る必要はありませんから。(p.148)」とさらっと語っている。しかし、実はこの発言は聴取の態度についてのものではなく、人間の聴覚(とそれに伴う認知)の限界に対する言及なのである。

「私たちはある音楽がどうやって作られたか、耳で見つけ出すことはできない。(p.150)

『クセナキスは語る』フランソワ・ドゥラランド 著、柿市如訳、青土社(2019)

このことからもクセナキスおける作曲という概念は、耳では聴き取ること(構造的な理解)のできない抽象的で知的領域を内包している。ただし、これは聴きとれない領域を放棄しているわけではなく「曖昧でわかりにくい」ことにより、聴取による思考を生むことを前提としている。これが著者の考える抽象的概念と具象的リスニングの弁証法的な関係性へ繋がるのだろう。

図形による方法

記譜のもつ特性として、作曲のパターン、例えば一小節を一つの図形として考えることができる。その形(テーマとも呼べる)を、左右上下それぞれに反転させる。そうすると対称をなす4つパターン、数学用語で「変換群」が現れ、これらを用いた形状的構造を用いた作曲が可能になる。これはテープや、録音素材からの作曲では扱えない方法だ。クセナキスはこのような形を、デカルト座標を用いて視覚的に構造化する。そのために用いたのが方眼紙である。《メタスシス》の図形楽譜や、《エリクトン》の「樹形図」など、可視化によって生まれる音響構造を演奏によって現象化している。

最後に

今日のコンピュターを用いた音楽制作プログラムの発展は、クセナキスなしには語れないだろう。本書はクセナキスの曲・時代ごとのモチーフとなった法則や、作曲の抽象・具象的アプローチの度合いなど、作曲家としての方法を模索してきた道筋を垣間見ることができる。少し残念なのは「いつも移民(よそもの)の意識を持っていなくてはならない」の項(pp.212-217)が短い。せっかくタイトルでまで言及しているのなら、もう少し掘り下げて欲しかった。しかし私のように数学的アプローチの詳細は理解できないが、クセナキスという作曲家のことをもっと知りたいという読者にはとても楽しめる内容となっている。最後に、訳者あとがきでのクセナキスの紹介がとても良かったので、引用して終わりたいと思う。

ギリシャ人としてルーマニアで生まれ、母の死後は不在がちの父に雇われたフランス人、英国人、ドイツ人のシッター兼家庭教師に教育を受け、ギリシャのイギリス系寄宿学校で学び、ナチスや英国軍と戦い、フランスに終の住処を見つけた。文字通り「いつも移民(よそもの)として生きてきた」、〈愛すべき異国人〉クセナキスは(Xenoはギリシャ語で外国人、-akisは、小さい、かわいらしいなどを表す指小辞)は、その精神を創作の原動力として、斬新な視点から切り込んだ独奏的な作品をつくり続けた。その生き様と音楽が現代の私たちに投げかけるものは計り知れない。(pp.265-266)

『クセナキスは語る』フランソワ・ドゥラランド 著、柿市如訳、青土社(2019)

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