なぜKDDIは「menu」を終了するのか
2026年8月19日、KDDIはフードデリバリーサービス「menu」を2026年9月30日に終了し、その後、運営会社であるmenu株式会社を解散・清算すると発表しました。
menuは2020年にデリバリー事業を本格展開し、2021年にはKDDIが出資。au PAYやPontaなどKDDI経済圏との連携を進めてきました。それでもサービス終了という判断に至った背景には、フードデリバリー市場特有の「規模」「注文密度」「三者間ネットワーク」「収益性」の難しさがあります。
本稿のポイント
menuの事例は「ユーザー満足度が低いサービスが撤退した」という単純な話ではありません。利用者・飲食店・配達員を同時に増やすネットワーク効果を、競合以上の規模と収益性へ転換できるかが問われた事例です。
1|menuはなぜサービス終了を決めたのか
KDDIが公表した理由は、「フードデリバリー事業を取り巻く競争環境の変化や今後の事業見通し等を踏まえ、経営資源の最適配分の観点から」というものです。KDDIはレアゾン・ホールディングスが保有するmenu株式49.4%を取得して完全子会社化したうえで、サービス終了と会社の清算を進めます。
これは法的整理に追い込まれたというよりも、KDDIが今後の投資対効果を見直したうえで事業を閉じる「計画的撤退」と見るのが自然です。
直近の純損失は約38億円
menuは非上場企業のため、売上高、GMV(流通総額)、注文数、営業損益などの詳細は公表されていません。一方、決算公告から確認できる2026年1月期の数字では、当期純損失は約38.0億円、総資産は約17.0億円、負債は約53.9億円、純資産は約▲36.9億円でした。
2025年1月期も約36.7億円の純損失で、赤字が縮小しているとは言いにくい状況でした。売上や注文数が非開示である以上、1注文当たりの採算までは判断できませんが、事業継続のためには親会社側の資金支援が必要な状態だったことは読み取れます。
2|menuだけが赤字だったわけではない
フードデリバリー市場の難しさは、menuだけを見ていても分かりません。比較対象として、国内大手の出前館とグローバル最大級のUber Eatsを見てみます。

*Uber Deliveryは日本単独ではなく、グローバルのDelivery部門。飲食以外の小売・日用品等も含まれ、menu・出前館とは会計上の直接比較ができない点に注意が必要です。
出前館も年間6,000万件超の注文がありながら赤字
出前館の2025年8月期は、GMV約1,672億円、売上高約397億円、営業損失約49億円、当期純損失約50億円でした。年間注文数は約6,074万件です。
つまり、年間6,000万件を超える注文と1,600億円を超える流通総額を持つ規模でも、フードデリバリー事業を黒字化することは容易ではありません。
Uberは世界規模ではDelivery事業が利益を生む段階へ
一方、Uber TechnologiesのグローバルDelivery部門は、2025年にGross Bookings約909億ドル、売上高約172億ドル、調整後EBITDA約36億ドルを計上しています。日本のUber Eats単独の利益は公開されていませんが、世界規模までネットワークを拡大したDelivery事業が利益を生む段階にあることは確認できます。
この比較から見えるのは、「フードデリバリーは必ず赤字になるビジネス」ということではありません。一定以上の注文密度と利用頻度、ネットワーク規模を獲得し、それを効率化・広告・サブスクリプション・周辺配送などへ広げられるかによって、収益構造は大きく変わります。
3|利用規模ではUber Eats・出前館との差があった
スマートフォン行動データによる2023年6月~2024年5月の年間アプリ利用者数は、出前館が約1,660万人、Uber Eatsが約1,550万人、menuが約524万人でした。2024年5月の月間利用者はUber Eats約424万人、出前館約420万人、menu約106万人でした。*第三者のスマートフォン行動データによる推計であり、実際の注文者数・売上シェアとは異なります。

実際の注文者数・売上シェアとは異なります。
「使ったことがある」と「最初に選ばれる」は違う
フードデリバリーの競争では、アプリをインストールしてもらうだけでは不十分です。スマートフォンにUber Eats、出前館、menuの3つが入っていても、夕食を頼もうと思ったときに最初にUber Eatsを開き、そこで欲しい商品が見つかれば注文はそこで完結します。
重要なのは「アプリ保有者数」よりも、「デリバリーを頼もうと思った瞬間に、最初に開かれるサービスになっているか」です。
menu利用者には他のデリバリーサービスを併用する人が多かったという調査もあります。これは「利用者数を獲得すること」と「第一選択として定着すること」が別の課題であることを示します。
4|ユーザー満足度だけでは市場シェアは決まらない
menuの終了を「満足度が低かったから」と説明するのは適切ではありません。menuについて、ユーザー満足度が極端に低かったと断定できる同条件の比較調査は限られています。むしろUber Eatsと出前館では、満足度が近いにもかかわらず利用頻度や第一選択率に差が出るケースがあります。
フードデリバリーでユーザーが見るのは、アプリの使いやすさだけではありません。欲しい店があるか、商品数が多いか、配達が早いか、価格は許容できるか、クーポンがあるか、普段から使い慣れているか。これらをまとめて体験価値として判断します。
店舗数そのものが「サービス品質」になる
特に重要なのが、注文できる店舗・商品の選択肢です。一般のソフトウェアと違い、フードデリバリーでは加盟店の数と魅力そのものがプロダクトの価値になります。
利用者が多ければ飲食店が出店したくなり、店舗が増えれば利用者にとって魅力が増す。この相互作用がプラットフォームのネットワーク効果です。
5|飲食店側から見ると「手数料」だけではない
飲食店にとって、デリバリープラットフォームは配送サービスであると同時に、新規顧客や追加売上を獲得する販売チャネルです。
加盟店が見るべきなのは単純な手数料率ではありません。仮にA社の手数料が35%で月100件注文が入り、B社の手数料が30%でも月10件しか注文が入らないなら、A社の方が店舗にとって価値が高い場合があります。
飲食店側の経済合理性は、「手数料率」よりも
「手数料控除後の利益 × 注文件数」で決まります。
そのため、利用者規模の大きいUber Eatsや出前館は加盟店を集めやすくなります。店舗はユーザーのいる場所へ出店したいからです。そして加盟店が増えると、さらにユーザー側の利便性が高まります。
複数プラットフォームへの出店には運用コストもある
飲食店はUber Eats、出前館、menuなど複数サービスに同時出店できますが、サービスが増えるほどメニュー登録、在庫管理、注文管理、キャンセル対応、売上管理、問い合わせ対応などの運用負荷も増えます。
利用者規模が相対的に小さいサービスは、「追加でこのサービスにも出店・運用する意味」を店舗側に示す必要があります。注文が十分に増えなければ、同程度の手数料を払ってまで運用を継続する合理性が薄くなります。
6|フードデリバリーは「三者市場」である
フードデリバリーが通常のECやアプリ以上に難しい理由は、ユーザーだけ集めても成立しないことです。少なくとも、ユーザー・飲食店・配達員という3者の市場を同時に成立させる必要があります。

店舗が増えても注文が入らなければ加盟店は離れます。
注文が増えても配達員が不足すれば配達時間が延び、体験が悪化します。
そしてプラットフォームは、この3者にメリットを提供しながら
自社にも利益を残す必要があります。
ユーザーが増えても店舗がなければ注文できません。店舗が増えても注文が入らなければ加盟店は離れます。注文が増えても配達員が不足すれば配達時間が延び、体験が悪化します。
そしてプラットフォームは、この3者にメリットを提供しながら
自社にも利益を残す必要があります。
7|ネットワーク効果が勝者をさらに強くする
フードデリバリーの強さは、次の循環で説明できます。
ユーザーが増える
→ 注文が増える
→ 飲食店が増える
→ 配達員が集まる
→ 配送効率と利便性が上がる
→ さらにユーザーが増える
大手ほどこの循環が強くなります。注文が一定地域・一定時間帯に集中すれば、配達員の待機時間や移動距離を抑えやすくなり、複数注文を効率的に運ぶことも可能になります。
「全国で何百万人」より重要な注文密度
フードデリバリーでは、全国の利用者数だけではなく、「特定エリア・特定時間帯にどれだけ注文が集中するか」が重要です。半径1km以内で同時に100件注文がある市場と、同じ時間帯に10件しかない市場では、配送効率が大きく変わります。
そのため全国展開していることと、配送効率が高いことは同じではありません。ユーザー数、加盟店数、配達員数が局地的に高密度で重なることが収益性を左右します。
8|KDDIという3,000万人規模の顧客基盤があっても
menuが一般的なスタートアップと大きく違ったのは、KDDIという巨大な顧客基盤を持つ企業がバックについていたことです。KDDIは2021年の出資時点で、au PAY、auスマートパス、Pontaポイントなどとの連携を進める構想を示していました。
通常の新規事業であれば、認知獲得や会員獲得に多額の広告費が必要です。KDDIにはすでに数千万人規模の顧客接点があり、その顧客へmenuを案内できる環境がありました。理論上は非常に大きな優位性です。
それでも、KDDIという3,000万人規模の顧客基盤を持つ企業がバックについていても、menuは「ユーザーが増える → 店舗が増える → 配達員が集まる → 利便性が上がる」という循環を、Uber Eats・出前館以上の規模にまで拡大するには至りませんでした。
この点は、今回の事例の大きな特徴だと考えています。menuは、ゼロから顧客接点を作るスタートアップとは異なり、大規模な顧客基盤に加え、au PAYやPontaといった日常的な接点を活用できる位置にありました。
それでも、既存顧客にサービスを「知ってもらう」ことと、日常的に「第一選択として使ってもらう」ことは別です。さらに、その利用を十分な注文頻度へ変え、飲食店と配達員の参加まで増やして初めてネットワーク効果が加速します。
「3,000万人にリーチできること」と「3,000万人規模の経済圏を新しいサービスへ移植できること」は別物です。
大企業の会員基盤は、顧客獲得の入口としては大きな武器になります。しかし、すでに強いネットワーク効果が働く市場で競争優位を逆転するには、会員数だけではなく、サービス選択率、継続率、注文頻度、加盟店の魅力、配送効率、ユニットエコノミクスまで成立させる必要があります。
9|会員数より見るべき「利用頻度 × 限界利益」
仮に3,000万人へmenuを案内できたとしても、その全員がフードデリバリーを使うわけではありません。利用者がUber Eatsや出前館を選ぶ可能性もあります。
会員数 × デリバリー利用率 × menu選択率 × 継続率 × 月間注文回数 × 1注文当たり限界利益
プラットフォームの収益性は、最終的にこの積み上げで決まります。母集団が大きくても、後半の数字が低ければ収益にはつながりません。
この考え方は、フードデリバリーに限りません。大企業とスタートアップの提携、新規事業、会員基盤を活用したクロスセルなどでも、「○千万人にリーチできる」という数字だけで事業性を判断しないことが重要です。
10|Uber Eatsも「価格」という課題に向き合う
現在のUber Eatsがすべて完成しているわけではありません。フードデリバリー市場全体が抱える大きな課題の一つが、店頭利用と比較した価格負担です。
Uber Eatsは2026年3月から、全国約1万8,000店舗でアプリ上の商品価格を実店舗と同じ価格にする取り組みを開始しました。配達手数料やサービス料は別途かかる場合がありますが、「商品価格自体が店頭より高い」という心理的障壁を下げる施策です。
Uber Eatsが掲げているのは、Anywhere、Anything、Affordabilityという「3A戦略」です。エリアを広げ、飲食以外の商品を増やし、価格を利用しやすくする。フードデリバリーを特別な日のサービスから、日常のインフラへ近づける方向性です。
フードだけでは注文頻度に上限がある
食事は1日に何度も発生するものではなく、毎日デリバリーを利用する人も限られます。そのためUber Eatsはスーパー、コンビニ、ドラッグストア、日用品などへ対象を広げています。
「料理を届けてもらうアプリ」から「必要なものを届けてもらうアプリ」へ変われば、ユーザーがアプリを開く理由が増えます。利用頻度が増えれば、サブスクリプションや広告、店舗向けサービスなど周辺収益も広げやすくなります。
11|出前館の赤字からも見える市場の難しさ
出前館は年間6,000万件を超える注文を持ちながら、2025年8月期は約49億円の営業損失を計上しています。さらに2026年8月期も赤字予想です。
フードデリバリーでは、ユーザー獲得、加盟店営業、注文システム、決済、カスタマーサポート、配達員確保、配送マッチング、広告・キャンペーンなど多くのコストが発生します。
一方、ユーザーは安く届けてほしい。飲食店は手数料を抑えたい。配達員は高い報酬を求める。そしてプラットフォームは利益を確保したい。この4者の経済合理性を同時に成立させることが必要です。
12|「規模」だけでも勝てない
ここまで見ると、「結局、一番大きい会社が勝つ」とも見えます。しかし規模だけで事業が成立するわけでもありません。
例えば注文を増やすたびに1件当たりの損失が発生しているなら、注文が増えるほど損失も拡大します。そのため見るべき数字はユーザー数だけではありません。
注文密度 × 注文頻度 × 1注文当たり限界利益
規模を大きくしながら、1注文当たりの採算を改善する。さらに広告、サブスクリプション、小売配送などを組み合わせて顧客生涯価値を高める。この両立が必要になります。
13|menu撤退から見えるプラットフォームビジネスの本質
menuには、全国展開、KDDIという大企業の資本、数千万人規模の顧客接点、au PAY、Ponta、サブスクリプションとの連携、加盟店ネットワークといった条件がありました。
それでもサービス終了という判断になりました。一方、出前館も大規模なGMVを持ちながら赤字が続き、Uber Eatsはグローバルで利益を出しつつも価格・品揃え・配送エリアへの追加投資を続けています。
つまりフードデリバリー市場は、「サービスを作って利用者を集めれば成立する市場」ではありません。巨大なネットワークを作り、そのネットワークを高頻度で利用してもらい、なおかつ1注文当たりの経済性を成立させる必要があります。
「満足度が高い」だけでも勝てない
menuについて、満足度が著しく低かったことを示す十分な公開データはありません。重要なのは、ユーザーが満足するかだけではなく、次回もmenuを最初に選ぶか、飲食店がmenuにも出店し続ける合理性があるか、配達員がmenuで稼働する合理性があるかまで成立させることです。
満足度 → 継続利用 → 利用頻度 → ネットワーク効果 → ユニットエコノミクス
この連鎖までつながって初めて、プラットフォームの強さになります。
14|menuの撤退は、フードデリバリー市場の終わりではない
今回のmenu終了を「フードデリバリー市場が終わった」と見るのも適切ではありません。Uber Eatsは日本で対象エリアや商品カテゴリーを広げ、価格面への投資も続けています。出前館も大規模な注文基盤を維持しています。
起きているのは、市場の消滅というより競争の次の段階への移行だと考えられます。コロナ禍では「デリバリーできること」自体に価値がありました。現在は、どれだけ多くの商品があるか、どれだけ早く届くか、価格差をどこまで縮められるか、どれだけ日常的に使えるかという競争に移っています。
単なる「料理の配送アプリ」ではなく、日常生活のラストワンマイルを誰が押さえるのか。その競争の中で、規模だけでなく収益性が問われる段階に入っています。
おわりに
menuのサービス終了から見えてくるのは、一企業の撤退以上に、プラットフォームビジネスそのものの難しさです。
巨大な顧客基盤があっても、それだけでは勝てない。加盟店を増やしても、それだけでは勝てない。ユーザー数を増やしても、それだけでは勝てない。
ユーザーが繰り返し使う
→ 店舗に注文が入る
→ 配達員が効率よく稼働できる
→ 配送効率が上がる
→ ユーザー体験が良くなる
→ さらに利用者と注文が増える
この循環を作り、その中でプラットフォーム自身にも
利益が残ることが必要です。
menu、出前館、Uber Eatsを比較すると、フードデリバリー市場で競争しているのはアプリの使いやすさだけではありません。ユーザー、店舗、配達員をつなぐネットワークそのものの価値と、そのネットワークを維持する経済性の競争です。
KDDIによるmenuからの撤退は、日本のフードデリバリー市場が「利用者獲得を競うフェーズ」から、「規模・頻度・価格・配送効率・収益性を同時に成立させるフェーズ」へ移っていることを象徴する出来事の一つだと考えます。
参考資料
•KDDI「フードデリバリーサービスmenuの終了について」
•KDDI「menu株式会社への出資・業務提携に関する発表」
•Uber Technologies 2025 Annual Report / SEC filing
※本稿は公開情報をもとに整理したもので、menuの非開示情報(売上高、GMV、注文数、ユニットエコノミクス等)については推定を断定していません。Uber Deliveryの数値はグローバル部門であり、日本のUber Eats単独業績ではありません。

