合の日(ごうのひ)
浮島諸島に住んでいると一年に一度、特別な日がある。本州ではお盆の頃だけど、家炉島に住む私たちには「合の日」の方が大切だ。
終業式の日、私は転校生のリノちゃんとさわさわ揺れるアマリンバ畑の道を歩いた。向こうから麦わら帽子をかぶったさとネエが自転車で走ってきた。キキッ〜とブレーキの音。
「カコちゃん、卒業式のお花ありがとう!」
さとネエは新年度から本島に寄宿して中学に通う。浮島諸島の子どもはみんなそうだ。私も来年は本島でさとネエと一緒に勉強する。
「さとネエの答辞、素敵でした。私……」
「カコちゃん、泣いちゃって大変だったの」
横からリノちゃんが口を出す。私は少しムッとする。さとネエは私の肩をポンと叩く。
「いい『合の日』になりますように!」
そして私にだけ微笑むと、ポニーテールをチュラチュリ揺らして去っていった。
家でナリ婆とお昼を食べた。母さんは港の売店で働いている。ナリ婆の作るソーミンチャンプルーは美味しい。さとネエの答辞が頭に浮かぶ。
「私たちはこの浮島諸島で『たくさんの体験』を積んできました。そして、いよいよ新しい世界に旅立つのです」
私は左肘の赤いムカデのような傷跡に触れる。思い出すだけで胸の奥に黒い塊ができる。あの時、私はまだ小学一年生だった。
「カコちゃ〜ん」とリノちゃんの声。そうだ、今日はスコタ浜に行くんだった。
八月に入ると、夕方に鳴くイエロガエルの声が寂しくなる。アマリンバ畑を吹き過ぎる風もなんか違う。母さんは休みのたびに私とナリ婆をあちこち連れ回す。
「わしゃーもう充分じゃけ」とナリ婆は言うが、ガンジャ御嶽には喜んでついてきた。御嶽で弁当を広げて三人で食べた。
「うちは男衆がいねえで、気楽でええな。ロクでもね亭主に当たった女衆は気の毒でならんて」とナリ婆は言う。
男ってねぇ、と母さんは笑い、何気なく続けた。そういえば時山さんのところ帰省なさらねって聞いたけど「合の日」のことはご存知なのかしら。本島から来た人はお盆に帰省する慣わしだとお伝えしたら「古い習慣が残っているのね」と笑われてしまったけど。
ナリ婆はアザナ漬けをポリポリ食べた。
「うまく乗らさらんとなあ、皆んながてえへんじゃけなあ。前にも本島から嫁に来た人が、えがんじー(強情)で、だっの言うことも聞かんかってな」
「どうなったの?」思わず私は聞いた。
「子どもが聞いていいことじゃねっし」
ナリ婆はそれきり黙った。
十日が過ぎると、大人たちは「合の日」の準備で手一杯になる。電話したらリノちゃんは家にいたから、トウド岬まで自転車で出かけた。ここからだともう垢芽島が見える。
「うわ〜、本当に目の前。島が動くって言われても信じられなかったけど!」
浮島諸島は、名前の通り「浮き島」だ。本島だけは動かず、そこを中心に島々がそれぞれの周期でゆっくりと円を描く。
「お盆にはもっと近付くよ」と私は言った。
「でも、ぶつかったりしないんでしょ」
私は左肘の傷に触れた。この傷に触るとすべてが本当だって信じられる。
「ぶつかるよ」私はリノちゃんが何か言う前に急いで続けた。
「ぶつかるけど衝突はしないの。家炉島は垢芽島と合わさる。それが『合の日』」
「合わさるってどう言うこと?」
「『合の日』にはね、家炉島と赤芽島が同じ場所で重なるの。島は一年中で一番にぎやかで、私はその日が大好き。そして一夜明けると……新しい一年が始まる。私、小一の時は垢芽島にいて、さとネエの『妹』だった」
「頭おかしいんじゃない? 私は私のママから生まれたのよ。他にママはいないわ!」
私は左肘の傷を見せた。
「この傷を見て。その時のお母さんはいつも私たちをぶったの。お父さんもお母さんをぶったの。ある日、お母さんが私をビール瓶でぶとうとした。けれど、さとネエが私をかばってくれたから、これだけで済んだの。さとネエの右肩にはその時の傷が残っている」
「ウソつき!」
「ウソじゃないよ。私たちは『いろいろな体験』をするの。嫌な目にあうこともあるけど、大抵どこかで知り合いだから、浮島諸島の人はみんな仲がいいの!」
「イヤよ、私がママの子じゃなくなるなんて。パパじゃない別の家の子になるなんて!」
リノちゃんは一歩後ろに下がった。トウド岬の風がご自慢の前髪を吹き上げる。
「里帰りすればいいだけでしょ。お盆が終わったら、戻って来れば? そしたら新しい学年で一緒になれるかも」
「イヤよ、そんなのイヤ!」
リコちゃんの目が私を見る。その目に映る「私」を、「島」を、私は許せなかった。
「リコちゃん」と私は言った。「どうしてもイヤならね。一つだけ方法があるよ」
リコちゃんの首が千切れるように振られる。ふ〜ん、そんなにイヤなんだ。私は一歩前に出る。リコちゃんをそんなにイヤなことから解放してあげたくて。ピンクのスカートが風に巻き上げられる。リコちゃんの下着は濡れている。ふ〜ん、そんなにイヤなんだ。私は後ろを指差した。垢芽島は少しずつ家炉島と重なり始めていた。振り返る。リコちゃんの顔が壊れていく。次の瞬間、私はリコちゃんの肩をトンと突いた。リコちゃんは悲鳴を上げ、この島からいなくなった。
母さんたちがお膳を前に私を待っていた。
「今年もお世話になりもうしたあ」
私たちはお決まりの挨拶をし、仲良くご馳走を食べた。
明日は「合の日」。明日、私たちは重なり合う。
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