総裁選の行方
与党、太民党では総裁選が近づいていた。政治資金の問題や特定宗教との癒着など、数々の批判を浴びている中の総裁選であり、いくら知名度の高い有力者が立候補したところで、国民からの厳しい視線が和らぐことは期待できない。党幹部は秘密裏に検討を重ね、今回の総裁選が特別なシステムで実施されることを発表した。
「我が太民党は、より国民の皆様、党員の皆様に『政策』の中身を訴え、評価、判断いただけるよう、今回の総裁選を、すべて『覆面』で実施することといたします」
最初、居合わせた記者団も言っている意味がわからなかったが、詳細を聞くに連れ、今回の選挙は、候補者はすべて実名を伏せ、顔も年齢もキャリアも表に出さず、仮名で政策だけを訴えて選挙に至る、と理解した。
SNSで若者を中心に大きな反響と関心を読んだこの総裁選、なんと12名もの立候補者が登場し、それぞれ個人情報はすべて伏せられた状態で、アバターが政策を代理で訴えるという異様な選挙戦になった。覆面や仮名でも、裏で自分があの候補だ、と国会議員の間で伝わると意味がないため、最初に推薦した5人以外に候補者の名前を公開することは禁止、もしその事実が明るみに出ると、その候補はその時点で脱落し、以後の総裁選には5年間立候補できないという厳しいルールが課せられた。
実質、次期総理大臣を決めるため、党員以外にも関心が及んだ選挙戦では、過去の党内の不祥事に対する国民の批判に真摯に応える候補者もいたが、覆面であることをいい事に、実は問題を起こした当事者が言ってるのでは?という冷めた見方をする者もいた。そうかと思うと、従来の太民党では聞こえなかった画期的で思い切った政策を訴える候補者や、現政権の政策を否定するような候補者も登場し、混迷を極める独特の戦いとなっていた。
この不思議な盛り上がりと関心の集め方には野党も警戒していたが、相手が覆面で、かつ最終決戦となる2名以外は最後まで実名が明かされないとあれば、政策面以外の批判ができないため、おおよそ様子を見守るしかなかった。
やがて12名の候補者の中から、党員及び国会議員の投票が行われ、下位と大きな差をつけたトップの2名だけが最終候補として発表されることになった。それまでの日本の政治では見られない派手な演出とともに、地上波各社が生中継する中で、いよいよその2名が発表となる。
「それでは、最終候補2名の発表です。まずは得票数1位、この方です」
有名な男性司会者が盛り上げつつ、その発表を行う。
「私も、今初めて手元の封筒を開けて知るところです」
一旦深呼吸してMCが緊張の声で読み上げる。
「イノウエ、アキラさん!」
言ってみたものの、聞いたこと無い名前だな、という顔だった。場内のビジョンにはそのイノウエさんの顔が表示されたが、場内で歓声が上がるわけでもなく、微妙なものだった。
「続きまして、2位です」
MCの厳かな声で、次の候補が報告される。
「タケモト、ユタカさんです」
この人は知っている、という安心した顔のMCがビジョンを振り返る。場内からも拍手が起きた。将来を期待された若手の議員で、当選2回目の人物だ。
「さて、決戦投票の前に、お2人に登壇してもらいます」
そう言って入場を促すが、2位のタケモト氏以外は現れない。すると、後から舞台に現れた人物がマイクを持ってしゃべり始めた。
「私から説明します」
彼は数々の人気SFアニメを製作してきたプロデューサーのM氏だった。
「今回の太民党総裁選、コンセプトから運営まで関わったアニメプロデューサーのMと申します。さて、今回、立候補の条件として国会議員5名以上の推薦が必要でしたが、それ以外条件はありませんでした。よって、立候補者が国会議員である必要もなかったのです」
まだ状況を読めない場内の記者団が沈黙する中で、次の言葉をつないだ。
「もちろん、内閣総理大臣になるためには国会議員である必要があります。よって、国会議員以外が新総裁になった場合、新総裁が指名した別の誰かが首相になる、という条件でした」
そして、落ち着いた顔で、カメラを見据えて、M氏は言った。
「今回の候補の中には、申し訳ないですが、人間以外も混ざっておりました。1位の『イノウエ、アキラ』さん。イニシャルはAIですが、彼は人工知能、いわゆるAIです」
いよいよ事態が飲み込めた記者団がざわつき始めた。しかし場内が落ち着く間もなく、MCが次の手順を説明し始めた。
「以上の2候補による最終決戦となりました。この後、国会議員による投票が行われ、最初に投票された党員票のお2人への配分とあわせて、次期総裁が決まります」
MCがそう告げると、ビジョンには「国会議員による最終投票中」と表示された。
最終決戦は、さながらAI対人間といった雰囲気だった。投票の結果、人間としての尊厳なのか、タケモト氏が勝つことになった。開票結果を受け、総裁として最初の言葉を述べたタケモト氏は控室に戻ると、一息ついて、秘書に言った。
「まぁ、しかしあれだな。この雰囲気だと、私もAIの意見を全面的に採用して政策を発表したと言う機会は、無いだろうな」
そして静かに、今まで世話になったPCの画面を閉じた。
*この物語はフィクションです。
