子どもは気を遣う?

毎日、誰よりも早く起きて、一人で支度をしたあと、冷えたリビングの床暖房をつけ、テレビゲームをする。
家族が起きてくるまでの間、「朝活」の時間を持つ息子。
一年前は、初めての小学校生活でエンジンをかけすぎ、途中ガス欠になってしまった。
ランドセルを背負って学校に向かおうとするのだけど、どうしても足が前に進まず家に戻ってきてしまう時期があった。
親として何かできることはないかとあれこれ図ったが、
結局は自分自身で「うまくやる」力をつけたように感じた。
大人だって、仕事を愛していてもなかなかやる気が起きない時もある。
時にはサボりながら、結局は自分で自分のゼンマイを回していく。
最近の息子は、校舎が開く前に学校に行くのが楽しいらしい。
朝の会が始まる前にクラスメイトと話せる時間が特別なんだそうだ。
一人で学校に向かい、一人で帰ってくる。
家についてランドセルを下ろす頃に家のチャイムが鳴る。
「公園で遊ぼ!」といつもの4人組が声をかけてくれ、
ボールを持って公園に向かっていく。
きっと家族には見せない顔をしているんだろうな。
雑に放り出されたランドセルを部屋の隅に置きながら、
一年前はよくぶつかりあって互いに消耗していたなと思い出す。




7年かけて、息子は私という人間を攻略したようで。
そりゃ私は「接しやすい」なんて勘違いするわけだ。
向き合って消耗しない術を彼なりに身につけたのだ。



かつて私もそうだった。
当時の私が親に気を遣っていたのは、親に怯えていたのではなくて、
ありがたくもめんどくさい「親心」というものを波風立てずにかわすためのスキルだったなと思い出す。

ぶつかり合うことが悪いこととも思ってないけど、
毎回それじゃあ家が安全地帯じゃなくなる。
こうして少しずつ少しずつ、親子関係というものはver2.0、2.1…と適切な変化をとげていくのかな。(時に改悪と言われるアップデートもあるかもしれないわね)

「仲良し親子でありたい」
「同じ趣味を共有したい」
「子どもにとって尊敬できる親でありたい」
理想を書き出したらキリがないけど、
究極は「子どもが困った時に相談できる存在でありたい」だよね〜なんて夫婦で話していて。
「気を遣わせすぎる」のはもちろんよくないけど、
攻略されても、乗りこなされてもいいので
「扱いやすい親」みたいな認知でも悪くないのかなと思った。
