見出し画像

主役ではない人生を、どう生きるか

アニメのようなヒーローや主役じゃなくてもいい。
量産型でも、かまわない。
自分の役割を引き受けて、
丁寧に生きる。

■「主人公」の物語に憧れていた頃

子どもの頃、多くの物語は「主人公中心」に描かれていました。
特別な力を持ち、困難を乗り越え、世界を変えていく存在。

ヒーロー

自然と、自分もどこかで、
「いつか主役になるのではないか」
そんな感覚を持っていたように思います。


■自分は物語の中心ではないと気づく瞬間

けれど、
社会や学校に出てしばらくすると、
ふと気づく瞬間があります。

どうやら、自分は、
その物語の「中心」にはいないらしい。

どんな場所に居ても、
目立つ役割でも、
特別な存在でもない。

むしろ――
似たような役割を持つ、
多くの人の中のひとり。

いわば、「量産型◯◯」という人型ロボット
せいぜいそうした存在、
いや、それ以外なのかもしれない、と。


■見え方を変えると、別の世界が見えてくる

もちろん、そこに
少し寂しさを感じることもあります。

メダルや勝利を勝ち取り
誇らしげな誰かのように際立った存在・・・
ではないという現実。

けれど、
少し視点を変えてみると、
違った景色が見えてきます。

世の中のあらゆる仕組みは、
ほんの一部の“特別な人”だけでは成り立っていません。


■表に出ない無数の仕事が世界を動かしている

例えば、
大きなシステムや組織を想像してみると、
華やかに見える成果の裏側には、
その何倍もの人たちの積み重ねがあります。

巨大な宇宙戦艦や人型の機体が動くアニメの世界を思い浮かべても同じで、
前線で操縦桿を握るのはごく限られた人たちです。

けれど、
その裏側では、

整備する人、
準備する人、
調整する人、
補給を担う人、
見えない不具合を事前に取り除く人たち、

が、無数にそれを支えています。

そうした「土台」があってこそ、
はじめて「特別な誰か」が、
その力を発揮できるのです。


■「主役ではない」のではなく「役割が違う」

ここで大事なのは、

私たちは、
「主役ではない」存在なのではなく、
「役割の違う」存在として生きている、

という視点です。


■「量産型」という言葉の捉え直し

「量産型」という言葉には、
あるアニメの中で使われているように、
同じものがたくさんある
という響きがあります。

けれど、実際の社会では、
同じ役割に見えても、
同じ人生を生きている人はひとりもいません。

どこで働き、
誰と関わり、
何に悩み、
何を大切にするか。

その一つひとつがみんな違う。

つまり、
見た目は似ていても、
中身はすべて違うのです。

粒度を上げてみると、
こうしたことが見えてきます。


■丁寧に生きることが価値になる

だからこそ、
「特別でないこと」
を嘆く必要はありません。

むしろ、

・与えられた役割をきちんと果たすこと。
・目の前のことに丁寧に向き合うこと。
・人との関係を大切にすること。

そうした積み重ねこそが、
大切であり、
社会を支えています。


■静かな充実は、後から効いてくる

そして、不思議なもので、

そうした生き方の中にこそ、

小さな達成感や、
誰かに必要とされている実感や、
自分なりの誇りが、

じわじわと生まれてきます。


■主役ではない人生の意味

主役ではない人生。

でも、
それは決して価値が低いわけではありません。

むしろ、

誰かの物語を支えながら、
自分だけの人生を生きている。

そんな立ち位置なのだと思います。


■最後に

派手さはなくてもいい。
目立たなくてもいい。
アニメの主役やヒーローのようでなくてもいい。

自分の役割を引き受けて、
一つひとつ丁寧に生きていくこと。

それ自体が、
十分に意味のある生き方なのだと、
最近、強く感じています。

                 yoitenki4110(…通算400本目の記事)

いいなと思ったら応援しよう!

yoitenki4110 励みになります。ますます、頑張って投稿を続けていきます。