付加六は旋法性の現われか?:MIDIデータを入力とした分析続報:主和音形とその転回形・属七・属九・付加六の出現頻度分析(2023)(下)
4.分析結果
A.階層クラスタリング分析
まずクラスタリングの結果から確認してみます。最初は3種類の階層クラスタ分析の結果です。



3種の手法の結果の間に存在する細かい違いは、必ずしも分類が安定していない部分の存在を示していると捉えることができますが、その一方で大まかな分類には共通点も確認できます。またマーラーの作品と距離が近い枝に含まれる他の作曲家の作品と、マーラーの作品からは離れた枝に含まれる作品の間の区別は3種の分析で共通していて、分類上安定しているように見えます。つまりブラームスとブルックナーの第7,8、ドヴォルザークの第8,9、スメタナからなるグループ、フランク、シベリウス、ドヴォルザークの第7からなるグループの2つがマーラーの作品からは隔たったグループであり、ラヴェル、ヤナーチェク、タクタキシヴィリとブルックナーの第5,9がマーラーの作品に近いグループということになるようです。一方でマーラーの作品は「大地の歌」、第9,10という後期作品に第5を加えたグループとそれ以外の2つのグループに分かれ、前者と近いのがラヴェルの2つの協奏曲とブルックナーの第9の完成部分、後者に近いのがヤナーチェクとタクタキシヴィリであるという点は共通しているようです。そしてその分類は大筋においては以下の非階層クラスタ分析でも確認できますので、分類上相対的に安定した部分と言えそうです。
B.非階層クラスタ分析
それでは非階層クラスタ分析の結果を見てみます。


非階層クラスタ分析ではクラスタ数を与える必要があるため、シミュレーションによるギャップ統計量に基づき、階層クラスタ分析の結果を参考にしつつ、相対的に安定していて、かつ分類として意味がありそうな4に設定しましたが、必ずしも安定しているわけではなく、何度か実行すると上に示す2種類のクラスタが交替して出現することが確認できました。前者(kmeans4)はマーラーが1つのクラスタに全て含まれ、それ以外に3つのクラスタができるもの、後者(kmeans4-alt)はマーラーが前期・後期の2つのクラスタに分かれ、それ以外にブラームス他のクラスタとフランク他のクラスタの2つができるものです。前者ではマーラーと同じグループに属しているのはブルックナーの第5交響曲と第9交響曲のフィナーレ、ヤナーチェクのシンフォニエッタとラヴェルの2曲のピアノ協奏曲、タクタキシヴィリのピアノ協奏曲です。この分類は階層クラスタ分析の結果とほぼ一致しています。
kmeans4
クラスタ番号 1 2 3 4
brahms 0 4 0 0
bruckner 2 1 1 1
dvorak 0 0 2 1
franck 0 0 0 2
janacek 1 0 0 0
mahler-early 4 0 0 0
mahler-late 4 0 0 0
mahler-middle 3 0 0 0
ravel 2 0 0 2
sibelius 0 0 0 3
smetana 0 0 1 0
taktakishvili 1 0 0 0
mahler1 mahler2 mahler3 mahler4
1 1 1 1
mahler5 mahler6 mahler7 mahler8
1 1 1 1
mahlerErde mahler9 mahler10 bruckner5
1 1 1 1
bruckner7 bruckner8 bruckner9 bruckner9f
2 3 4 1
dvorak9 dvorak8 dvorak7 smetanaMaVlast
3 3 4 3
janacekSym sibelius7 sibeliusTapiola sibelius2
1 4 4 4
franckVar franckSym brahms1 brahms2
4 4 2 2
brahms3 brahms4 ravelValNS ravelDaphnis
2 2 4 4
ravelLeftPC ravelPC taktakPC
1 1 1 1
一方後者では、マーラーの後期作品(「大地の歌」、第9,10交響曲)と同じグループに属するのはブルックナーの第9交響曲の完成した3楽章分にラヴェルの曲全て、それ以外のマーラー作品と同じグループに含まれるのはブルックナーの第5交響曲と第9交響曲のフィナーレ、ヤナーチェクのシンフォニエッタとタクタキシヴィリのピアノ協奏曲であり、これはkmeans4と共通していますから、マーラーの後期作品との距離が近いグループが分離したと捉えることができそうです。その替わりに、大まかにはブラームスが含まれるグループとドヴォルザークの第8、第9交響曲とスメタナが含まれるグループが併合して一つになっています。ブルックナーの第9の完成部分とラヴェルの作品のうち2曲のコンチェルトについては階層クラスタ分析の結果とも一致していますが、ラヴェルの他の2曲とブルックナーの第9のフィナーレは階層クラスタ分析では所蔵する枝について手法によって揺れが生じていて、分類が安定していなさそうに見えます。特にラヴェルの他の2曲については、クラスタ数が増えれば独立のクラスタを形成しそうです。
kmeans4-alt
クラスタ番号 1 2 3 4
brahms 4 0 0 0
bruckner 2 2 1 0
dvorak 2 0 0 1
franck 0 0 0 2
janacek 0 1 0 0
mahler-early 0 4 0 0
mahler-late 0 1 3 0
mahler-middle 0 3 0 0
ravel 0 0 4 0
sibelius 0 0 0 3
smetana 1 0 0 0
taktakishvili 0 1 0 0
mahler1 mahler2 mahler3 mahler4
2 2 2 2
mahler5 mahler6 mahler7 mahler8
2 2 2 2
mahlerErde mahler9 mahler10 bruckner5
3 3 3 2
bruckner7 bruckner8 bruckner9 bruckner9f
1 1 3 2
dvorak9 dvorak8 dvorak7 smetanaMaVlast
1 1 4 1
janacekSym sibelius7 sibeliusTapiola sibelius2
2 4 4 4
franckVar franckSym brahms1 brahms2
4 4 1 1
brahms3 brahms4 ravelValNS ravelDaphnis
1 1 3 3
ravelLeftPC ravelPC taktakPC1
3 3 2
C.主成分分析
ついで主成分分析の結果の確認に進みます。既述の通り、主成分分析は、標準化を行わずに分析対象の和音形の100拍あたりの出現頻度の割合をそのまま反映した分析と、標準化を行って特定の曲における和音形間の出現割合の違いは無視して、各和音形についての作品間での出現割合の分布の違いにのみ注目した場合の両方で分析をしましたが、結果としては主成分得点や成分への各和音形の寄与率には違いがあるものの、大まかな傾向としては共通したものが得られました。([付記]なお、標準化なしの分析の第2主成分は標準化ありの場合と比べ、正負が反転していることがわかったため、以下の説明では第2主成分軸を反転させてグラフ表示をしています。また説明上は標準化ありの第2主成分の向きに合わせた説明をしていることをお断りしておきます。)
(C-1)標準化ありの場合
まず標準化ありの結果を見てみます。


マーラーの作品は第1主成分(横軸)方向には中央右寄りに固まって、かつ作品の時代区分に概ね沿った広がりを示しているのに対して、第2主成分(縦軸)方向には上側に集中しているのが見て取れます。他の作曲家については第1主成分(横軸)左側に明確に拠っているのがブラームス、ドヴォルザーク、左右に広がっているのがブルックナー、シベリウスであり、ラヴェルはマーラーよりも更に右端にプロットされていることが確認でき、第2主成分方向にはやや下よりに固まっているブラームス、ブルックナー、ラヴェルに対して、シベリウスが下側に向けて広がっているのに対し、ドヴォルザークが上側に向けて広がっている様子が見て取れます。それでは第1,第2主成分の得点と、特徴量の寄与を確認してみます。


上に見るように、第1主成分は主和音形・属和音形(属七・属九)/付加六の対立(負の相関)を示しているのに対し、後述する第2主成分は主和音基本形・六の和音と付加六/四六の和音と属和音形(属七・属九)の対立(負の相関)が示されたものとなっています。属和音形(属七・属九)/付加六の対立(負の相関)は両者に共通しており、第1主成分を横軸、第2主成分を縦軸にとったプロットをした時に、付加六(add6)は上向き、属七・属九の属和音形2種(dom)は下向きの互いに180度逆向きのベクトルで表示されるのはそのためであることがわかります。主和音形6種は第1主成分で全てマイナスの寄与であるため、プロット上は付加六(add6)、属和音形(dom)とはほぼ直交して左向きにベクトル表示されますが、第2主成分では基本形(maj,min)と六の和音(maj6,min6)と付加六(add6)がいずれもプラス、四六の和音(maj46,min46)と属和音形(dom)がいずれもマイナスであるため、結果的にプロット上、四六の和音(maj46,min46)は左斜め下に傾いて、属和音形(dom)寄りのベクトルとなっていることも確認できます。また基本形(maj,min)・六の和音(maj6,min6)・四六の和音(maj46,min46)の矢印の向きはいずれもほぼ重なっていて、本分析の結果においては長調・短調の区別がないことにも気づきます。
第1主成分に関して得点が高く、主和音形および属和音形(属七・属九)が少なく、付加六が多い傾向にあるのがマーラーとラヴェルであり、特にラヴェルはその傾向が4曲全てに見られるのに対し、マーラーは第1交響曲を除くと概ね時代区分に沿って後期になる程その傾向が強くなっていることがわかります。ブラームス、ドヴォルザークはスメタナと並んで点数が低い(ベクトルの起点である中心より左側に偏っている)のに対して、シベリウスやブルックナーは作品によって傾向が異なること(結果として、左右両側に広がっていること)が確認できます。
一方で第2主成分について見ると、マーラーは概ね得点が高いのに対しラヴェルは低い傾向にあって、第2主成分までの組み合わせでマーラーとラヴェルを区別することができそうなことがわかります。それ以外ではタクタキシヴィリとドヴォルザークの第9の得点が高いのが目立つ一方で、他のドヴォルザークの交響曲とスメタナはほぼ中立であるのに対してブラームス、フランク、シベリウスなどの他の作曲家は全ての作品でマイナスの得点となっており、付加六と属和音形(属七・属九)のどちらが優位かについてマーラーとは明確な違いがあることがわかります。


(C-2)標準化なしの場合
既述の通り大まかな傾向は同じですが、参考までに標準化なしの結果についても確認してみます。
まず長調の主和音基本形と属和音形(属七・属九)の頻度の高さは、プロット上のmaj,domベクトルの長さで示されていることが確認できます。興味深いのは、標準化した場合と得点の正負が逆転しているケースがある点で、例えばヤナーチェク(得点の棒グラフでは紫色で示されています)が該当します。これは和音間の出現頻度の割合が大きく異なることに起因しており、寄与の正負が逆向きの特徴量が打ち消し合う際に、標準化の有無による頻度の偏りの効果でどちらの特徴量が勝つかが変わるためです。実際、ヤナーチェクのシンフォニエッタの入力データを確認すると、属七・属九の出現頻度がかなり低い(100拍あたり3程度)ことが確認できます。その一方で付加六の頻度の方もまた非常に低い(100拍あたり2弱)のです。既述の通り、今回の分析ではブラームスをはじめとする属和音形の出現頻度が高いグループ(100拍あたり10程度)が存在するために、標準化を行わないと属和音形の出現率の低さが強調される結果となり、それが特に属和音形の負の寄与率が著しく大きい第2主成分の得点の極端な違いの原因となるだけでなく、第1主成分においては得点の正負の逆転をもたらしているようなのです。つまり今回の分析の場合、属和音形と付加六の出現頻度は強い負の相関関係を持っており、その結果として付加六の頻度の高さではなく、属和音形の出現頻度の低さによっても主成分得点が上がる構造になっていることに注意する必要があります。ヤナーチェクはアンチ・ドミナントではありますが、付加六の出現頻度が高いわけではなく、この点でマーラーやラヴェルとは異なった傾向を持っています。他方、標準化を行わない分析の結果におけるラヴェルの第1主成分得点の高さは、こちらは主和音基本形の出現頻度が極端に低いことに起因していることも確認できます(特に「ダフニスとクロエ」と「優雅で感傷的な円舞曲」は100拍あたり1.5程度と対象作品中最小なのに対して付加六が100拍あたり6~7でかなり大きめなので非常に大きな第1主成分得点になります。)






5.分析結果についての考察
本稿では、転回形を区別した長短主和音形と属和音形(属七・属九)、および付加六の和音形の出現頻度のみを特徴量として用いた分析を行いましたが、結果について考察してみます。
まずクラスタリングの結果ですが、分析手法によって若干の揺れはあるものの、今回設定した他の作曲家の作品の中でマーラーの作品を位置づけることには成功していると思います。マーラーに距離が近いのはラヴェルやヤナーチェク、タクタキシヴィリで、シベリウスはフランクと同じグループを形成し、ブラームスやスメタナが含まれるグループとマーラーが含まれるグループの間の中間的な位置を占める結果となりました。ブルックナーやドヴォルザークの作品は作品によって和音の出現傾向にばらつきがあり、複数グループに跨って分布するのに対し、マーラーはブラームス程ではないにしても比較的ばらつきが小さく、一纏まりになる傾向がありますが、「大地の歌」以降の後期作品とそれ以外は傾向をやや違えており、2つのクラスタに分裂した結果も得られました。
次に主成分分析の結果ですが、主成分分析は、標準化をする/しないの両方の条件で行ったので、まず、出現頻度の高い和音の寄与を頻度に応じて重みづけしており、より聴感に即していると考えられる標準化なしの分析の分析結果について検討してみます。
第1主成分は長調の基本形主和音(maj)の出現頻度の寄与が著しく大きく、寧ろ長調の基本形主和音にどれくらい頻繁に立ち戻るかという観点で軸が形成されているように見えます。同様に第2主成分も属七・属九(dom)の出現頻度の寄与が著しく大きく、こちらはドミナントシステムの優越の度合いを示すものと見做せます。しかし今回特に注目した付加六の和音については、第1主成分・第2主成分のいずれに対しても、その寄与の大きさが際立っているわけではなくプライマリの要因とは考えられません。従って付加六の寄与を測るためには、標準化をした分析の方を確認すべきと思われます。その一方でクラスタ分析結果ではマーラーに距離的に近いグループに分類されたラヴェルとヤナーチェクについて、ラヴェルは主和音形の出現頻度の低さによって特徴づけられるため第1主成分得点が高く、ヤナーチェクは属七・属九の出現頻度の低さによって特徴づけられるため第2主成分得点が高くなるといった点が確認でき、いずれもマーラーの作品とは傾向を違えており(強いていえばヤナーチェクはマーラー初期寄り、ラヴェルは後期寄りと言えるでしょう)、かつ両者の間でも区別が可能であることがわかりました。
標準化ありの分析は、和音間の出現頻度の偏りに依らず、対象となった和音の出現頻度の作品間での偏りを同じ重みで扱います。その一方であくまでも対象となっている作品を全体とした時の比較であり、対象の作品の集合を変えればそれに応じて結果も変わる点には留意が必要です。(標準化なしの分析でも同じことは言えるものの、こちらは絶対的な出現頻度という対象作品の集合に依存しない値に基づく分析である点で、完全に相対的な標準化ありの分析とは異なります。)
まず第1主成分への各和音の寄与(負荷)を見ると、前回までの分析で転回形を区別せずに概ね同じ傾向が確認できた理由が確認できるように思います。既に述べたように第1主成分は、転回形によらず全ての主和音形と属和音形(属七・属九)の頻度が優越するか、付加六の頻度が優越するかという対比で軸が形成されますので、この成分だけに限れば、主和音形の転回を区別するかどうかには影響を受けません。一方で第2主成分については四六の和音と属七・属九からなるグループと基本形と六の和音と付加六の和音からなるグループのどちらが優越するかという対比で軸が形成されており、転回形を区別することで現れたものだと言えます。強いてネーミングを試みるならば、第1主成分はアンチ・トニックの軸、第2主成分はアンチ・ドミナントの軸と言えるでしょうか。
[重要な注記] 繰り返しになりますが、誤解の無いように補足させて頂くと、ここでいう「主和音形」には、機能和声的には、主和音も三和音の属和音も含まれていること、一方「属和音形」には属七・属九のみが含まれていることをお断りしておきます。それを踏まえれば、第1主成分側は、これまで行ってきた、様々な次元を捨象して得られた「ピッチクラスの集合」の分析で得られた結果と等価ですから、文脈を無視した和音の音の組み合わせという、いわば表層的なテクスチュアのみに関わり、第2主成分は四六の和音と属七・属九の相関が取り出させたということでいわばテクスチュアの表層から機能を覗き見ているといえるように感じます。
マーラー作品内部の時代区分に沿った変化にフォーカスして見た場合でも、大まかな傾向としては前回と同様なのですが、前回はほぼ完全に時系列に沿った変化が抽出できたのに対し、今回は第一交響曲が例外となる結果が得られました。この理由を調べて見ると、前回の分析で用いた特徴量の中には単音や二音の出現頻度が含まれており、単音と三度、特に長三度の寄与が大きかったのに対して、今回は単音と重音を分析対象から外したことが影響しているようです。第1交響曲は第1楽章冒頭の長大なAの単音の持続を背景とする序奏の領域がその後も回帰し、結果として単音の占める割合が大きいのですが、その影響で主三和音形の出現頻度が見かけ上低下するのに加えて、その原因となった単音が分析対象から除外されたことによって、偶々後期作品に近い主三和音形の出現頻度となったために、時代区分に沿った変化の例外のような結果が得られたようです。前回、時代区分に沿った変化が現れたのは第2主成分であり、前回の分析の第1主成分は単音や重音が多いのか、三和音以上の和音が多いのかといった音の厚みに関わるものであったことを思い起こせば、そうしたテクスチュア上の差異の影響を取り除いて、マーラーの作品の創作時代区分に沿った変化を、より機能的な側面に基づいて浮かび上がらせることに今回の分析は成功したという見方ができるのかも知れません。
更に言えば、前回の分析では作品単位での出現頻度計算にあたり、楽章毎に100拍あたりの和音出現頻度を求めて、曲単位で平均化するやり方(平均和音出現頻度)と、和音出現回数の曲毎の累計から100拍あたりの頻度を計算するやり方(累計和音出現頻度)の2通りについて分析を行っていますが、今回は後者の方法での集計結果に基づく分析のみを行っています。考え方としては楽章という単位を意識せず曲全体での出現頻度を対象とするのか、楽章単位に独立し完結したものとして出現頻度を計算し、曲全体としてはその平均値を用いるかの違いですが、後者では楽章毎の長さ(ここでは拍数)が無視され、30分かかる楽章と5分しかかからない楽章について同じ割合で寄与していると見做していることになります。言い替えれば、短くて和音の出現頻度上偏りの大きな楽章が存在すると、その楽章の和音の出現分布が強調して反映されることになります。マーラーの場合では、第3交響曲の第5楽章や第2交響曲の第4楽章などが該当することがわかっていますが、この点の影響の程度を把握するためには、平均和音出現頻度に基づいて今回と同じ条件での分析を行って結果の比較をしてみる必要があるでしょう。
6.まとめ
クラスタ分析の結果と主成分分析の結果を照合すると、今回の分析対象となった作曲家について概ね以下のような傾向を持つと言えるのではないかと思います。
(A1)第1主成分(アンチ・トニック):-/第2主成分(アンチ・ドミナント):-
biplotグラフの第3象限。
ブラームスの交響曲がプロトタイプ。
古典的なドミナントシステムと明確な調性感。
(A2)第1主成分(アンチ・トニック):-/第2主成分(アンチ・ドミナント):+
biplotグラフの第2象限。
ドヴォルザークの第9交響曲がプロトタイプ。
旋法性を持ちつつ、調性感は明確。
(B1)第1主成分(アンチ・トニック):+/第2主成分(アンチ・ドミナント):-
biplotグラフの第4象限。
該当なし。強いて言えばシベリウスの第2交響曲が近い。
調性感稀薄だがドミナント優位であり旋法性も稀薄。
(B2)第1主成分(アンチ・トニック):+/第2主成分(アンチ・ドミナント):+
biplotグラフの第1象限。
ラヴェルがプロトタイプ。
旋法性と曖昧な調性感。
あくまでも上記はプロトタイプであり、中間的なタイプの作品も存在すれば、同じ作曲家の作品が複数のプロトタイプにわたり広範囲に広がっている場合もあります。ブルックナーやドヴォルザーク、シベリウスがそれらに該当します。マーラーはブラームスと並んで、比較的作品間のコヒーレンスが高い傾向にあると言えます。基本的には(B2)に属しますが、創作の時代区分に沿ってドヴォルザークの第9交響曲のいる(A2)とラヴェルのいる(B2)の中間点のヤナーチェクやタクタキシヴィリの近傍から(B2)の極へ近づいていった(がそこまでは辿り着かなった)と捉えることができそうです。つまり第2主成分については+(アンチ・ドミナント)である点では一貫していますが、第1主成分軸は、作品創作の展開につれて中立から+(アンチ・トニック)へと推移していったと捉えることができそうです。これが他の作曲家との比較においてマーラーの音楽を特徴づけるものが、マーラーの音楽の内部における創作展開のプロセスを特徴づけるものとどのような関係にあるのかに関する本分析での回答ということになると思います。
なお、今回の分析の設定に纏わる制約として、分析対象の単位が作品であるため、多楽章形式の作品の場合作品中に含まれる異なる性質をもった楽章の特徴が平均化されてしまう点が挙げられます。交響曲で両端の楽章は古典的で調性的にも明確だが、中間楽章は旋法に基づいて書かれていて、主和音ないし属和音があまり出現しないというようなケースを想定すると限界は明らかだと思います。とはいえこれは全くの架空の話というわけではなく、実はドヴォルザークの第9交響曲がまさしくこれに近い頻度分布となっていて、結果的に曲全体として(A2)のプロトタイプとなっていますし、前の節でも述べたように、マーラーの第3交響曲の場合は旋法性の強い冒頭楽章に対して、属七・属九和音(dom)が全く出現しない第4楽章(但し付加六も100拍あたり1.8で低く、既述のヤナーチェクのシンフォニエッタのケースに類似しています)、鐘の音の模倣を繰り返すせいで主和音基本形(maj)の比率が3割にも達する特異な頻度分布を持つ第5楽章や、属七・属九和音(dom)が100拍あたり7とマーラーの交響曲の全楽章中でも際立って高頻度である終曲のアダージョもあって、長さがまちまちなだけでなく、異なる性質を持った楽章が組み合わされていることが確認できますが、そうした多様性は今回の分析では捨象され、平均化されてしまっていることは制約として確認しておくべきと考えます。
最後に、それではこの分析の導きの糸となった「付加六は旋法性の現われ」という捉え方についてはどうでしょうか?分析結果から読み取れる限り、妥当なケースがあるということは言えそうですが、そうとは言えないケースも確認できました。ヤナーチェクは一見したところ(B2)に該当しそうで、初期のマーラーの近傍にプロットされますが、既に述べた通り、付加六の和音の頻度は高くなく、属七・属九の頻度が極度に低いために、結果として近くにプロットされたに過ぎません(マーラーの中にも第3交響曲第4楽章のような類似のケースもあるのですが)。属和音形の頻度が低いのだからアンチ・ドミナントというラベル自体は寧ろヤナーチェクにこそ相応しいとさえ言えますし、付加六の頻度によらず旋法性が高いのは聴けば明らかでしょう。従って付加六の和音が高頻度で現れるのには、旋法性だけではなく更に追加の条件が必要なのではないかと思われます。ここからは分析の結果からは離れますが、想定できることとして、長調・短調の対比の枠を持たない単一の旋法に基づく作品の場合、調性感を稀薄にするといった操作はそもそも不可能です。付加六は長調・短調の対比の枠の中で調性感を稀薄にする時(更に具体的に特定するならば、長調・短調の対比の枠組みの中でも、2つの基本音が併存する、平行調関係に基づいた場合) に結果的に出現する、いわば随伴的なものなのではないでしょうか?従って「付加六は旋法性の現われか?」という問いに対して、現時点で回答を試みるならば、付加六は旋法性の現われ「でも」ありうるが、直接的関係がある因果的なものではなく、長調・短調の対比の枠の中に旋法的な要素が入り込んだ時に現われる随伴的なものに過ぎない。従って、問いへの答えは「はい」でも「いいえ」でもある、ということになるように思います。
ところで、第1主成分について主和音形(特に長調の基本形、但し繰り返していうようにここには機能和声でいう三和音の属和音も含まれます)の頻度が相対的に低いことをもって「アンチ・トニック」と命名し、聴感上は「調性感が稀薄」とし、第2主成分については四六の和音と属和音形(この分析では属七と属九の形のこと)の頻度が相対的に低いことをもって、「アンチ・ドミナント」と命名し、こちらに「旋法性」を割り振りましたが、もし上記のような制限がつくならば、この割り振りは恣意的ではないかということになるかも知れません。しかし、そもそも「調性感」はどのように定義されるものでしょうか?同様に「旋法性」という言葉にも曖昧さが付き纏います。ラベルの割り当てを逆にすべきだという人がいても不思議はないくらいに感じます。
とはいうものの、繰り返しになりますが、第1主成分は転回の有無を無視しても成り立つもので、この分析の前に既に明らかになっていたものの再認であるのに対し、第2主成分は転回を区別することによって初めて検出できたものであり、かつ四六の和音と属七・属九の頻度に正の相関があるという内容を踏まえれば、こちらは和音のシステムの機能に関わるものということが言えると思います。今回の分析で現れた第1主成分も第2主成分もいずれも付加六の和音の頻度に関わりますが、「聴感」のレベルに関わる第1主成分と比較して、第2主成分の方はより「機能的」な性格を持っている。そして「調性感」という言葉を「聴感」のレベルでの或る種の古典的・保守的な感じというニュアンスで使っているの対し、「旋法性」という言葉は、単なる旋法の使用を意味するのではなく、或いはまた特定の旋法の使用を含意するものでもなく、寧ろ古典的なドミナントシステムとは異なった別のシステムが機能しているというニュアンスを込めて採用していることを付言した上で、一旦は上記のラベリングは撤回せずにそのままにしておきたく思います。
(2023.5.5, 5.6公開, 2025.8.25 編集の上noteにて公開)
