火星——赤い地平の向こう(20):第4章 火星の進化史——持続できなかった惑星(3)
4.3 磁場の消失(約40億年前)——保護の終わり
火星の磁場は、約40億年前に消失したと考えられている。
この推定は、火星の地殻磁気異常の分布から導かれる。火星の南半球の古い地殻には、強い磁化が残っている。これは、その地殻が形成された当時、火星に磁場が存在し、岩石が冷却する際に磁場の方向が記録されたことを示している。
一方、北半球の若い地殻や、大きな衝突クレーター(ヘラス盆地、アルギュール盆地)の内部には、ほとんど磁化が見られない。これらの地形が形成された時には、既に磁場が消失していたことを意味する。
磁場の消失は、火星のコアの冷却によるものである。ダイナモ効果——液体の鉄の対流によって磁場が生成される過程——を維持するには、コアが液体状態であり、十分な対流が起こる必要がある。だが小さな火星は速く冷え、コアの対流が弱まり、十分な対流を維持できなくなった。ある時点で、ダイナモは停止した。
一方、地球は現在も磁場を維持している。地球のコアは、外核が液体のまま対流を続けている。地球が大きいからである。
ここが最大の分岐点であった。
磁場を失った火星は、太陽風に対して無防備になった。太陽風は、高エネルギーの荷電粒子の流れであり、惑星の大気を直接叩く。磁場があれば、太陽風は磁気圏によって偏向され、大気は守られる。だが磁場がなければ、太陽風は大気分子をイオン化し、宇宙空間へと運び去る。
火星の運命は、この瞬間に決まった。
4.4 大気の散逸——呼吸の終わり
磁場を失った火星の大気は、太陽風によって徐々に剥ぎ取られていった。
MAVEN探査機の観測により、この過程は現在も続いていることが確認されている。太陽風のプラズマは火星の大気上層に侵入し、大気分子を電離させる。電離したイオンは、太陽風の磁場に捕らえられ、惑星から引き剥がされる。
特に失われやすいのは、軽い元素である。水素、ヘリウム、そして酸素。水蒸気(H₂O)が紫外線によって分解されると、水素と酸素に分かれる。水素は軽いため、容易に宇宙空間へ逃げる。酸素も、イオン化されれば太陽風によって運び去られる。
窒素も失われる。地球の大気の約78パーセントを占める窒素は、生命にとって重要な元素である。だが火星の大気中の窒素は、わずか2.7パーセントに過ぎない。窒素もまた、散逸したのだ。
残ったのは、主に二酸化炭素である。二酸化炭素は比較的重い分子(分子量44)であり、散逸しにくい。だがそれでも、火星の大気は全体として薄くなっていった。
推定では、初期の火星の大気圧は現在の数十倍から数百倍であった可能性がある。だが数億年から数十億年のスケールで、火星は大気の大部分を失った。
そしてこの大気の喪失が、次の決定的な変化を引き起こした。
4.5 水循環の崩壊——液体の終わり
大気圧が低下すると、液体の水は安定して存在できなくなる。
水が液体として存在できる条件は、温度と圧力の相図によって決まる。水の三重点——固体、液体、気体が共存できる点——は、約0.01度、約0.6キロパスカルである。
現在の火星の平均大気圧は約0.6キロパスカル。ちょうど三重点付近である。これより低い圧力では、液体の水は存在できない。氷が融解しても、直ちに蒸発してしまう。
つまり、火星の大気圧が三重点以下に低下した時点で、火星表面での液体の水の存在は終わった。
河川は干上がった。湖は蒸発した。もし海が存在していたとすれば、それも消失した。
残った水は、地下に凍結するか、極冠に堆積するか、あるいは大気中の水蒸気として散逸した。
ノアキアン期の後、「ヘスペリアン期」(Hesperian、約37–30億年前)には、断続的な水の流出イベントがあったと考えられている。火山活動や地下の氷の融解により、一時的に大量の水が地表に流れ出し、アウトフローチャネル(outflow channel)と呼ばれる巨大な侵食地形を形成した。
だがこれらは一時的な現象であり、持続的な水循環ではなかった。
地球では、海洋→蒸発→降雨→河川→海洋という水循環が、炭素循環とともに気候を安定させている。火星には、この循環がない。
水循環の崩壊は、火星が生命圏を維持できなくなったことを意味する。地球型の生命にとって、液体の水は必須である。水がなければ、代謝も複製も不可能である。
火星は、生命を育む惑星であることをやめた。
(2026.3.11 公開)
