「大地の歌」における"Erde"を巡る検討のための覚書 ―甲斐貴也訳「大地の歌」によせて―(2007)(6)
VI.
そもそも、とりわけてもマーラーの場合、それが歌付であるからといって、主観的な感情や世界観の直接的な表明で あるということはできない。よく比較されるように、マーラーは友人であったヴォルフとは異なって詩に曲をつけるといった姿勢は 決して持たなかったが、マイヤーの「簒奪者」という定義を認めたうえでなお、常に単純素朴に自分の感情や認識を託しうる 詩に曲をつけたわけではないと思う。無論、最低限の共感なくしてはその詩が選択されることはないだろうが、詩と音楽との 間の関係は決して常に一様で直接的なわけではないのではなかろうか。それが明らかなのは、Wunderhornliederにおける イロニーに彩られた民謡調であろう。そこでの歌詞と作曲者との距離感は覆い難い。マーラーの旋律はしばしばキッチュの 嫌疑をかけられるほどに素朴で感傷的な装いを持っているが、その使われ方の方は些かも素朴ではない。 少なからぬ人が指摘しているように、マーラーの音楽にはどこかに醒めて客観的な部分があって、それはこの「大地の歌」ですら 例外ではないように私には思えるのである。(そしてその距離感が、ここでは有限性ゆえの「疎外」の意識に由来すると 考えているのは既述の通りである。)
その意味では、「Erde=地球説」をまるまる受け入れることは困難でも、若き日のマーラーにとっての ドイツ民謡の位置に、晩年は中国が来たのだ、それらはPeudomorphoseなのだ、というアドルノの主張には頷けるものがある。 この点についてはどっちみち外部の人間に過ぎない私には最終的に「わかる」ことはありえないだろうが、 紛い物であるとして蔑まれるベトゲの詩に比べて、アルニム=ブレンターノの民謡が「真正」であるということは ないのだろう。「大地の歌」を時流に応じた異国趣味と捉えるのは、全くの間違いではなくても、マーラーの場合の 特殊な事情を見損なっているように思われてならない。故郷がない人間の異国趣味とは一体何か、 その文化に帰属しきれない外部の人間にとって民謡とは何か、ということを考えずして、控えめに言っても 素材に過ぎない当時の文化を引き合いに出して作品を説明するだけでは、マーラーという場合の特異性を 探り当てることはできないのではなかろうか。既に上でも触れたが、それゆえ「ブルックナー・マーラー事典」における 渡辺説が、非常に綿密で恐らくは正確な文化史的な調査と理解に基づくものであったとしても、そしてまたマーラーの 音楽の未来を志向した部分を重視することには全く賛成なのだが、にも関わらず、だからといって、マーラーという「個別の場合」を 当時の精神風土に還元することには同意できない。そもそも、シェーンベルク、ベルク、ヴェーベルンたちとマーラーとの影響関係はそれ自体、 まさに文化史・音楽史的な研究の対象には違いないだろうが、彼らがマーラーに見出したものが、狭義での技法的な次元のみに 留まるのか(それは例えばシェーンベルクのプラハ講演を裏切っていないか)、時代の流行に沿った世紀末的な「死」のイメージと やらに留まるのか(こちらはマーラーの「未来」への志向の方を裏切っていないか)、私には疑問である。 例えば書簡に見られるヴェーベルンやベルクの発言、ヴェーベルンの音楽にはっきりと聴き取れるマーラーの「場合」の こだまが、そうしたレベルで説明できるとは私には到底思えないのである。少なくともヴェーベルンが同時代の他の誰かではない マーラーを「選んだ」のは、マーラーの個別性が問題だったからに違いないし、私が追求したいのも、マーラーをどう「還元」するか ではなく、還元できない特異性の方にあるのだ。そうした個別性は学問に適さないというのであれば、寧ろ、 別に学問でなくても結構である。
一方で、「東洋人であるからマーラーの非西洋的な無常観がより 一層理解できる」式の主張もまた、見当外れに思われる。実のところマーラーが非本来的なものを擁護する 戦略としてとった中国の詩への擬態を、そのまま「わかる」ことなど自分にはできない。もっともそれを言えば、ベトゲの 詩でなくても、1000年も前の中国の詩人の原詩に対する「東洋人」のはしくれたる私の「理解」なんぞ、こちらも劣らず 怪しげなものであるに違いない。けれども、だからといってその戦略によってマーラーが擁護したかった、 音楽のかたちで伝えたかったものに、アクセス不能だとも思わない。そうした文化史的な知識の防御なしに、私が幼少時に 虚心に漢詩の世界にのめり込んで感じ取ったもの、マーラーの音楽を虚心に聴いて受け止めたもの、そして そこに確かにあると感じられた接点を否定しようとは思わない。客観的にはそれすら誤解だ、幻想だ、思い込みだ、 として嘲笑われてしまうとしても、である。アドルノの言葉に寄生して言えば、10代前半に聴いたその音の感覚的 実体性―クオリア―を前にすれば、形而上学的思考も、美学も無力だし、そうした個別的な経験によって 刻印される芸術作品の力を無視してしまえば、論じる理由そのものが消滅してしまう。
同様に、或る種の世界観や人生観をもってマーラーの作品を 説明しようとするやり方も、音楽が持っているニュアンスを言語の歪みによって損なってしまいがちであると 感じられる。結局のところ、マーラーは思想家ではなく、音楽家なのだ。 外から概念を押し付けるのではなく、音楽が個別に語るものを聴き取ること、音楽と歌詞とのその都度の 関係を、その距離感を感じ取ることが重要であるように思われる。
マーラーの音楽を俯瞰してみると、その一貫性に驚嘆する一方で、ちょっと見ただけでは矛盾しているように 思われるものが含まれていることに困惑することになる。例えばそれを伝記主義的に、マーラーの生涯における 出来事と、それに対するマーラーの心境の変化に還元して説明をしてしまいたくなるのは無理も無いことだし、 恐らくまるまる間違いということではないのだろう。
ここで取り上げているErdeについてみても、若き日からのモチーフであることを思えば、その一貫性は驚異的であるが、 その一方で、とりわけ晩年のマーラーはErdeについて決して単純な見方をしているわけではないことがここまでの予備的な検討からも容易に 予想される。音楽家であるマーラーは、音楽によって、Erdeとの様々な関わりの様態を色々な角度から しかも実はかなり客観的に吟味しているのではなかろうか。マイケル・ケネディの言うとおり、それは結論や確信ではなくて、 寧ろ実験であり問いかけなのではないか。マーラーの音楽の魅力は、その姿勢の誠実さ、 その追求の徹底性、それを行う際の技術的な処理の独自性に由来するところが大きいように感じている。 そして見かけの素朴さに反してその音楽が主観的な感傷に陥らないのは、一つにはその生まれ育ちに由来する どうしようもない疎外感ゆえの、だが、もう一つには自分自身に対してさえ醒めた視線を投げかけることができる 批判的な知性ゆえの距離感があるせいなのではなかろうか。マーラーの音楽は際立って「意識的な」音楽、 自己意識が成立するために必要な自己参照性を内包した系の音楽なのである。
最初にも書いたように、これは覚書に過ぎず、何か結論めいたことをここで書こうとは思わない。 思いついたままを書き記したが、今後更に音楽を聴き、詩を読み、そして様々な文献にあたることで、 更に追加すべきことが出てくるであろう。いずれにしても、本格的な検討が始められると感じられる瞬間は、 まだ当分の間訪れることはなさそうである。
その中で甲斐さんの翻訳は、私にとってはあまりに広大な問題領域を経巡る際の、最上の道標のように思われる。 今後も恐らく、改めて読むだびに考察のきっかけが得られるような刺激に満ちたものであり続けるように感じている。
(2007.5.31作成, その後加筆・修正を経て、2025.4.30 noteにて公開)
