2人目の出産
こんにちは(^^
今日は、第二子を出産したころの記憶を、思い出しながら綴ります。2005年5月~です。
発達障害のある長男 T は、幼稚園の年中組。多動気味で、言語のみの理解には少し遅れがありましたが、園生活にも慣れています。信頼できる担任と、隣居の義父母にも可愛がられていました。
私は出産のための入院で、T や周囲が困らないよう準備することに一番 気を使いました。T は生まれて初めて、私と離れた夜を、何日も過ごします。
手術予定の前日。指定された時間枠で、いざ入院。隣区の大きな総合病院です。入院用の受付をして、指定された病室へ。看護師による今後のスケジュールと、フロア利用の説明があります。
手渡された何枚もの資料を読んでいると、担当する各医師の挨拶。産婦人科や麻酔科では、説明と同意書にサイン。...次々と、流れ作業のようでしたが、お腹も張って早く産みたかったので、ホッとしたことを覚えています。
予定の 帝王切開 手術は、翌朝の1番目でした。
手術室は、テレビドラマで見るような、広めの空間です。部分麻酔のため、私はずっと意識があります。影の出来ない特徴的な照明器具を、ぼんやり眺めていました。ライトなクラシックBGMが、控えめに流れています。
麻酔科の医師は、私のそばで声をかけながら、ずっとモニターしてくれていました。
産婦人科と外科(かな?)2名の医師による執刀。和やかにお喋りしながらで、とても順調に進んでいたようです。比較的早く、赤ちゃんを出していただきました。男の子です(^^
赤ちゃんは、小児科の医師が対応してくれています。泣き声がして、顔を見せていただき、ようやく一安心✨ どの医師や看護師にも「本当に、ありがとうございます~」としか言えなかった、当時の私の語彙力(笑)
ありがたくて、安心して涙が出ます。たぶん時代が違っていたら、私は出産で亡くなっていた部類です(児頭 骨盤 不適合)。
1人目の出産跡、傷口が腫れて盛り上がっていた部分を、確認のうえで、きれいに除去していただきました。子宮周辺も、他の臓器と癒着があったそうで、剥がしてから収めていただいています。
術後も、麻酔は付けたまま...病室へ戻っています。これが痛くなくて、とても良かった!その日の午後には、赤ちゃんが私のベッドに来ています。そのまま、ほぼずっと一緒に過ごせています。
2人目ベビーは、ゆっくりと動く、大人しめの赤ちゃんで、非常に扱いやすい穏やかな子でした。私の慣れや、心のゆとり...も、あったのかもしれません。(^^
義両親は連日、同市内の叔父叔母も翌日には、赤ちゃんに会いに来てくれました。ママ友 数名も、久しぶりの新生児✨に面会に来てくれています。
長男 T は、慣れない父子暮らしに興奮したのか、発熱したようです(涙) 赤ちゃんが来ることは T なりに理解していて、家族が4人になっている絵を1人で描いていたそうです。↓ こちら。

T が私と赤ちゃんに会えたのは、2日後のことです。興奮気味に病室に入ってきましたが「赤ちゃんだよ、寝ているから、し~...だね。」と伝えると、理解した様子でした。
でも...嬉しくって触りたいし、興奮して身体が動いちゃう!という感じ(^^ 病室には、他にも母子がいるので、短い時間で帰宅してもらっています。その時の、思い出の写真です(^^ ↓

私の入院中に、T は夫と動物園に行ったり「ことばの教室」にも行ってくれたようです。後に、ことばの教室 連絡帳を見ると「これ以上の無理は、プラスにならないと思い、30分で切り上げました」と書かれています。
幼稚園との連絡項目には「父のスーツ姿を嫌がり、幼稚園で父と離れなかった」と書かれていて T が不安だった様子が、はっきりと読み取れました。
私の入院は5日間。順調に退院できました。退院に合わせ、実母には産後の扱いに、一週間ほど来てもらっています。T は赤ちゃんは大好きな様子で、新しく家族が増えた暮らしに、少しずつ慣れていきました。
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そのお気持ちが、もう嬉しいです♡ お互い幸せに、栄えていきましょうね(^^