見出し画像

さだ子さん 3話

会社をクビになってから、さだ子さんは、暖かい日は公園のベンチで本を読むことにしらしい。

もちろん仕事を探しながら。

さだ子さんには云えないが、僕は怒り浸透だった。

人員削減なんだろうけど、急に仕事を失った人の気持ちを少しは考えたことがあるのか!

さだ子さんは、この繰り返しが続いている。

さだ子さんは真面目に仕事をしてきたはずなのだ。

なのに、こんな辛い思いを何度も味うなんて、さだ子さんが可哀想だよ。

さだ子さんをクビにした、職場に乗り込み直談判したい気分だ。



その頃、公園には遊具で遊ぶために、チビっ子たちが集まっていた。

ベンチに座っているさだ子さんの落ち着きが無くなっている。

さだ子さんは、子供が苦手なのだ。

嫌いなのではなく、苦手なのだ。

どう扱っていいのか、まるで分からないらしい。


そんな時に限って、チビっ子たちは、さだ子さんの元へ集まって来て、

「お姉ちゃん、一緒に遊ぼう」

という暴挙に出るのだ。

さだ子さんは、完全にパニックになっていく。

どうしたらいいのか、悩み焦り考えている内に、さだ子さんはベンチから、スックと立ち上がり、踊り出すのだ。

いや、さだ子さんにとっては踊りではないのかもしれない。

パニックの果てに、自然に出てくる動きなのだろう。


しかし第三者から見れば、その動きは踊り以外の、何ものではないのだ。

まるで徳島の阿波踊りを彷彿とさせるさだ子さん。

その動きを見て、チビッ子たちはキャッキャッと笑い、さだ子さんのマネをする。

さだ子さんにはその光景など、目に入っていない。

阿波踊り風の動きをしながら公園を出て行く。

決死の脱出方法がこの踊りなのだ。

その後ろを、チビッ子たちがピッタリと着いて、阿波踊りの行列ができる。


僕は、さだ子さんに、1日も早く新しい仕事が見つかることを、心から祈る!



クリスマスが近づいて、あちこちでパーティーやら忘年会のラッシュになった。

さだ子さんにはまだ仕事が決まっていない。

僕は大家さんに、さだ子さんを励ます意味も込めて、クリスマスでも忘年会でもいいから、どこかでパーッと飲み食いしませんか、と相談してみた。


大家さんは、「よっしゃ!やろう!」と云ったくれた。

僕はさっそくお店を探し始めた。

安くて美味しくて、居心地もいいそんな店……は、無かった。

いい店は、とっくに予約で満杯だった。


しかし諦めずに電話をしまくった。

神は見捨てなかった。

隣町だけど、ピッタリの店が見つかった。
キャンセルが出たらしい。

僕は大家さんの家へ行き、承諾を得た。

次はさだ子さんだ。

アパートの二階に行ってインターホンを鳴らした。

さだ子さんは在宅していた。


僕は大家さん夫妻とさだ子さんと僕とで忘年会をやりませんか?と訊いてみた。 

「やりましょう!」

さだ子さんは即答した。

僕は握り締めていたスマホから、一日待って貰っていたお店に、予約の電話をした。

「外でお酒を飲むなんて久しぶりだから、楽しみです!」

少し興奮気味に、さだ子さんは云った。

僕もかなり楽しみになってきた。

因みに飲食代は全て大家さん持ちだ。

これもまたラッキーである。


さだ子さんには、何ていうか、『厄落とし』みたいになればいいな、とそう思っている。


僕は僕で病気になってから友達は離れていったし、僕の方から離れた部分もあった。

自分としては、かなり良くなっていると思っている。

危ない素人判断だが。

オヤジもお袋も、ゆっくり治せばいい、と云ってくれているし、医師にも恵まれていると思う。

焦ってもいいことはないから、遠回りでも、ちゃんと回復したい。


けれど、本音を云えば、早く治りたい。

……治りたいよ。



今朝はとびきり冷えいる。

冬だから寒いのは当たり前だが、凍えそうだ。

今日は病院の診察日だ。

こんな日は一日中、布団から出たくない。

炬燵は部屋が狭くなるし、中途半端に寝てしまうので、しょっちゅう風邪を引くから、部屋には置いてない。


アー!行きたくないよ! サボりたい!


でも行かないと薬がもらえない。

僕は渋々、支度を始めた。

着た切り雀のスウェットを脱ぐと、下から底冷えがしてくる。

ようやく着替えを終えて、忘れ物はないかリュックの中を点検する。

そうしないと、落ち着かない。


診察券、有る。保険証、有る。財布、有る。

よし、行くか。

玄関で、いつものスニーカーを履き、ドアを開けたとたん、木枯らしが吹いて、早くも挫折しそうになる。

しかし、いかねばならぬ、と自分を鼓舞し、鍵をかけた。

ダウンの下には3枚着ているが、北風が吹くたび、4枚にすれば良かったと後悔した。


僕の住んでる街は、出雲市の中でも、海が近い。

だから余計に寒いのかなぁ。

沿岸部は暖かいんじゃなかったっけ。

ダウンの襟を立てて、背中を丸めて黙々と歩く。

途中、我慢出来ず、温かい缶コーヒーを買ってしまった。

飲みながら歩いていると、ようやく駅に到着。

ちょうど、電車がホームに入ってきた。

車内はガラガラに空いている。

椅子に座って、ぼんやり外を眺めていた。


厚い雲に覆われて、日差しが地上に届かない。

街はグレーに染まっている。

最寄りの駅に着いた。たった二駅なので早い。


駅から徒歩6分で病院に到着した。

受け付けを済ませ、僕は待合室に行った。

いつもなら座る席がない程、混んでいるのに今日は空いていた。


たぶんだけど、今日の天気が影響しているかもしれない。

僕がそうだった。

どんよりとした天気や、雨の日は病院に行くのが嫌になる。


気持ちがふさぎ込んでしまう。

でも医師には、話しを訊いてもらいたい。

行きたいのに行けないのは辛い。

体も気力も付いていかないのだ。


僕は男だが何度も泣いた。

そして嘘をついて、診察日を変えて貰うこともあった。

鬱病といっても、様々な症状が出る。

睡眠障害の人は多いだろう。


その他に僕の場合は脚にきた。

病院に行こうと駅まで行くのだが電車に乗ることが出来ない。

電車とホームの間の隙間を、跨げないのだ。

脚が開かない。あれっぽっちの隙間なのに。


歩き方は、摺り足になり、階段を降りる時も手摺りにしがみ付き、スローモーションのように、ゆっくりゆっくり降りる。

腰に激痛が走り、立てなくなることもあった。


これらの症状を訊いて、誰が鬱病だと思うだろうか。

『鬱病は心の風邪』

未だに、そんな馬鹿なことを云ってる医師がいるが、いい加減にしてもらいたい。

脳の病気なのだ。

威張ることでは無いけど、知識として知ってる人が増えてくれると嬉しいと、僕は常々思っている。

個人個人で症状は違うだろうから。


あ、名前を呼ばれた。

僕の番だ。


ある暖かい日に、僕は用事があって実家に戻った。

アパートからそんなに遠くない、海沿いの街にある。

元気な両親の顔が見れて安心した。

僕は一人っ子なので、親父もお袋も内心では心配だろうと思う。

けれど、そんな素ぶりを見せずにいてくれる。

僕は有り難かったし、同時に不甲斐ない息子だな、と自分を責めた。


せっかく海が近いので僕は散歩がてら、歩くことにした。

街には、潮の香りがしている。

幼い頃から好きな匂い。

砂浜の傍まで来た時、僕は驚いた。


なぜだか、さだ子さんが居た。

僕は見つからないように移動した。

さだ子さんは、深妙な顔で海を見ていた。

一人で、ずっと。


僕は黙って帰ることにした。

さだ子さんに、心ゆくまで海を見せてあげたかった。

そんな気持ちになる、さだ子の横顔だった。


夜になり、僕は医師から処方された、新薬の睡眠薬を飲んだ。

しかし、やっぱり眠気は来ない。

今夜も泣き声は聴こえない。

代わりに酔っ払いの歌う下手な歌が聴こえてきた。

師走の、そんな時期だった。



    つづく










いいなと思ったら応援しよう!