さだ子さん 3話 47 紗希 2020年5月19日 02:01 会社をクビになってから、さだ子さんは、暖かい日は公園のベンチで本を読むことにしらしい。もちろん仕事を探しながら。さだ子さんには云えないが、僕は怒り浸透だった。人員削減なんだろうけど、急に仕事を失った人の気持ちを少しは考えたことがあるのか!さだ子さんは、この繰り返しが続いている。さだ子さんは真面目に仕事をしてきたはずなのだ。なのに、こんな辛い思いを何度も味うなんて、さだ子さんが可哀想だよ。さだ子さんをクビにした、職場に乗り込み直談判したい気分だ。その頃、公園には遊具で遊ぶために、チビっ子たちが集まっていた。ベンチに座っているさだ子さんの落ち着きが無くなっている。さだ子さんは、子供が苦手なのだ。嫌いなのではなく、苦手なのだ。どう扱っていいのか、まるで分からないらしい。そんな時に限って、チビっ子たちは、さだ子さんの元へ集まって来て、「お姉ちゃん、一緒に遊ぼう」という暴挙に出るのだ。さだ子さんは、完全にパニックになっていく。どうしたらいいのか、悩み焦り考えている内に、さだ子さんはベンチから、スックと立ち上がり、踊り出すのだ。いや、さだ子さんにとっては踊りではないのかもしれない。パニックの果てに、自然に出てくる動きなのだろう。しかし第三者から見れば、その動きは踊り以外の、何ものではないのだ。まるで徳島の阿波踊りを彷彿とさせるさだ子さん。その動きを見て、チビッ子たちはキャッキャッと笑い、さだ子さんのマネをする。さだ子さんにはその光景など、目に入っていない。阿波踊り風の動きをしながら公園を出て行く。決死の脱出方法がこの踊りなのだ。その後ろを、チビッ子たちがピッタリと着いて、阿波踊りの行列ができる。僕は、さだ子さんに、1日も早く新しい仕事が見つかることを、心から祈る!クリスマスが近づいて、あちこちでパーティーやら忘年会のラッシュになった。さだ子さんにはまだ仕事が決まっていない。僕は大家さんに、さだ子さんを励ます意味も込めて、クリスマスでも忘年会でもいいから、どこかでパーッと飲み食いしませんか、と相談してみた。大家さんは、「よっしゃ!やろう!」と云ったくれた。僕はさっそくお店を探し始めた。安くて美味しくて、居心地もいいそんな店……は、無かった。いい店は、とっくに予約で満杯だった。しかし諦めずに電話をしまくった。神は見捨てなかった。隣町だけど、ピッタリの店が見つかった。キャンセルが出たらしい。僕は大家さんの家へ行き、承諾を得た。次はさだ子さんだ。アパートの二階に行ってインターホンを鳴らした。さだ子さんは在宅していた。僕は大家さん夫妻とさだ子さんと僕とで忘年会をやりませんか?と訊いてみた。 「やりましょう!」さだ子さんは即答した。僕は握り締めていたスマホから、一日待って貰っていたお店に、予約の電話をした。「外でお酒を飲むなんて久しぶりだから、楽しみです!」少し興奮気味に、さだ子さんは云った。僕もかなり楽しみになってきた。因みに飲食代は全て大家さん持ちだ。これもまたラッキーである。さだ子さんには、何ていうか、『厄落とし』みたいになればいいな、とそう思っている。僕は僕で病気になってから友達は離れていったし、僕の方から離れた部分もあった。自分としては、かなり良くなっていると思っている。危ない素人判断だが。オヤジもお袋も、ゆっくり治せばいい、と云ってくれているし、医師にも恵まれていると思う。焦ってもいいことはないから、遠回りでも、ちゃんと回復したい。けれど、本音を云えば、早く治りたい。……治りたいよ。今朝はとびきり冷えいる。冬だから寒いのは当たり前だが、凍えそうだ。今日は病院の診察日だ。こんな日は一日中、布団から出たくない。炬燵は部屋が狭くなるし、中途半端に寝てしまうので、しょっちゅう風邪を引くから、部屋には置いてない。アー!行きたくないよ! サボりたい!でも行かないと薬がもらえない。僕は渋々、支度を始めた。着た切り雀のスウェットを脱ぐと、下から底冷えがしてくる。ようやく着替えを終えて、忘れ物はないかリュックの中を点検する。そうしないと、落ち着かない。診察券、有る。保険証、有る。財布、有る。よし、行くか。玄関で、いつものスニーカーを履き、ドアを開けたとたん、木枯らしが吹いて、早くも挫折しそうになる。しかし、いかねばならぬ、と自分を鼓舞し、鍵をかけた。ダウンの下には3枚着ているが、北風が吹くたび、4枚にすれば良かったと後悔した。僕の住んでる街は、出雲市の中でも、海が近い。だから余計に寒いのかなぁ。沿岸部は暖かいんじゃなかったっけ。ダウンの襟を立てて、背中を丸めて黙々と歩く。途中、我慢出来ず、温かい缶コーヒーを買ってしまった。飲みながら歩いていると、ようやく駅に到着。ちょうど、電車がホームに入ってきた。車内はガラガラに空いている。椅子に座って、ぼんやり外を眺めていた。厚い雲に覆われて、日差しが地上に届かない。街はグレーに染まっている。最寄りの駅に着いた。たった二駅なので早い。駅から徒歩6分で病院に到着した。受け付けを済ませ、僕は待合室に行った。いつもなら座る席がない程、混んでいるのに今日は空いていた。たぶんだけど、今日の天気が影響しているかもしれない。僕がそうだった。どんよりとした天気や、雨の日は病院に行くのが嫌になる。気持ちがふさぎ込んでしまう。でも医師には、話しを訊いてもらいたい。行きたいのに行けないのは辛い。体も気力も付いていかないのだ。僕は男だが何度も泣いた。そして嘘をついて、診察日を変えて貰うこともあった。鬱病といっても、様々な症状が出る。睡眠障害の人は多いだろう。その他に僕の場合は脚にきた。病院に行こうと駅まで行くのだが電車に乗ることが出来ない。電車とホームの間の隙間を、跨げないのだ。脚が開かない。あれっぽっちの隙間なのに。歩き方は、摺り足になり、階段を降りる時も手摺りにしがみ付き、スローモーションのように、ゆっくりゆっくり降りる。腰に激痛が走り、立てなくなることもあった。これらの症状を訊いて、誰が鬱病だと思うだろうか。『鬱病は心の風邪』未だに、そんな馬鹿なことを云ってる医師がいるが、いい加減にしてもらいたい。脳の病気なのだ。威張ることでは無いけど、知識として知ってる人が増えてくれると嬉しいと、僕は常々思っている。個人個人で症状は違うだろうから。あ、名前を呼ばれた。僕の番だ。ある暖かい日に、僕は用事があって実家に戻った。アパートからそんなに遠くない、海沿いの街にある。元気な両親の顔が見れて安心した。僕は一人っ子なので、親父もお袋も内心では心配だろうと思う。けれど、そんな素ぶりを見せずにいてくれる。僕は有り難かったし、同時に不甲斐ない息子だな、と自分を責めた。せっかく海が近いので僕は散歩がてら、歩くことにした。街には、潮の香りがしている。幼い頃から好きな匂い。砂浜の傍まで来た時、僕は驚いた。なぜだか、さだ子さんが居た。僕は見つからないように移動した。さだ子さんは、深妙な顔で海を見ていた。一人で、ずっと。僕は黙って帰ることにした。さだ子さんに、心ゆくまで海を見せてあげたかった。そんな気持ちになる、さだ子の横顔だった。夜になり、僕は医師から処方された、新薬の睡眠薬を飲んだ。しかし、やっぱり眠気は来ない。今夜も泣き声は聴こえない。代わりに酔っ払いの歌う下手な歌が聴こえてきた。師走の、そんな時期だった。 つづく ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する #連載小説 47 10