さだ子さん 8話 53 紗希 2020年5月25日 04:12 翌朝、横浜は雨の街になった。せっかく遠くから来たのだ。横浜なら観光する場所もたくさんある。無論、そんな気持ちには、到底なれっこない。昨日、豆腐屋さんの奥さんから聞いた、橘花さんの自宅があったところへ行こうと思う。『たちばな惣菜店』から歩いて10分ほどの住宅街にあるらしい。僕はビジネスホテルを後にし、駅までのバスに乗った。雨足は強まり、窓に付いた無数の雨粒で外の景色はまるで見えない。目的の駅に着いた。しかし僕は直ぐには電車に乗らず、駅前の花屋に寄ることにした。「いらっしゃいませ」若い店員の女性が、笑顔で迎えてくれた。「プレゼント用のお花をお探しですか?それとも御自宅用でしょうか」僕は戸惑った。さだ子さんのご両親の為に花束を買おうと思い花屋に入ったのだけれど。まさか亡くなった人のために、とは云えない。本当は仏花なのだろう。だけど僕は、仏様にお供えするのとは違う、綺麗な花束にしたかった。「大切な人のご両親へのプレゼントなんです」「分かりました。ご両親様がお好きな花はご存知ですか」「いえ、全く知りません」「あっ、でも可愛い黄色の花を入れて欲しいんです」それは僕が勝手に抱いた、さだ子さんのイメージだった。天国のご両親に、さだ子さんは一生懸命に生きてますよ。そう伝えたかった。それに、さだ子さんは来たくても、来れないだろうと思った。余りにも辛過ぎる場所になってしまった横浜。だから娘から両親への花束にしたかった。「分かりました。可愛い黄色の花ですね。ではその花を活かした花束にしますね」「はい、宜しくお願いします」店員さんが、まず選んだ花は明るく元気な花だった。「これはガーベラです。人気のあるお花なんですよ」僕は直ぐに気に入った。さだ子さんのイメージにピッタリな花だった。「可愛い花ですね。ではその花を使ってください」僕は店内を見渡した。そしてある花に目がいった。「あの、この花は何ていうんですか」店員さんの表情が一瞬、困ったように見えた。「お客様は花言葉を気になさいますか?」「いえ特別には」「その花は、マリーゴールドという花です。実は花言葉を気になさるお客様は結構いらっしゃるんです」「そうなんですか。因みにこの花の花言葉は、何というのですか」「黄色い花の花言葉は、よくないのが多いんです。先程のガーベラは、『究極の愛』と云います。花言葉には諸説ありますが」「そうなんですか、何だか凄いですね」「そしてこの黄色マリーゴールドには二つの意味があります。良くない方は『悲しみ』もう一つは『変わらぬ愛』です」それを訊いて、僕はこの花が必要な気がした。さだ子さんの気持ちを代弁しているかように感じた。「ただ、贈られた相手の方がどう思うか」「それなら大丈夫です。先程のガーベラですか、それとマリーゴールドを使って花束を作ってください」「かしこまりました」それから15分後には、僕は鮮やかで、可憐な花束を持って店を出た。かなり降っていた雨は、霧雨になっていた。電車に乗って分かったが、花束を持っていると、なんだか恥ずかしい気持ちになって、落ち着かない自分がいた。そして昨日と同じ駅で降りた。さだ子さんの実家は徒歩圏内だ。豆腐屋の奥さんが地図を書いてくれたので、迷わずに着くことが出来た。訊いていた通り、今は小さな公園に、なっていた。幸い誰もいない。僕はベンチに座りしばらくボンヤリしていた。色々な感情が湧き上がって来る。僕はご両親にどうしても、お伝えしたいことがあった。それは、さだ子さんを連れて行かないでくださったことに感謝をしていること。確かにさだ子さんは、辛く悲しい思いをたくさん経験することになってしまった。だけど、生きていてくれた。だから僕はさだ子さんと出会うことが出来たのだ。この現実があるのは、ご両親のお陰なのだ。僕はベンチから立ち上がり、大木の根本に花束を置いた。そして手を合わせた。この時、僕はある決意をご両親に報告をした。そして一礼をして公園を後にした。雨はいつの間にか止んでいた。夕暮れの飛行機の窓には、さだ子さんの顔が写っている。さだ子さん、どこに居るのですか。会いたいです……。アパートに帰ってから僕は疲労で暫く寝込んだ。でも横浜に行って良かったという思いに揺るぎはなかった。相変わらず、さだ子さんは帰って居ない。梅の蕾が丸くなった頃、医師から許可が出た僕は、アルバイトをしていた。まだ週に5日働くだけの体力はなかったので、3日から4日にしてもらった。療養期間が長かったので、3日でも立ち仕事は堪える。だが僕には決めたことがある。そのことは、横浜のご両親にも伝えて来ている。だからバイト先も重要だった。それから車の免許が絶対に必要だったため、休みの日は、なるべく教習所に通うようにしていた。アルバイトだけなら良かったのだが、教習所はやり過ぎだよと医師はいい顔はしなかった。当然だろう。僕自身も、大丈夫だろうか、と思う時がある。しかし、やるしかない。病気が悪化したら、その時はその時だ。気が付けは、梅から桜の季節になっていた。アルバイトにも、だいぶ慣れた。しかし、やはり休みの日はグッタリする。でも、なるべく教習所に通うようにしている。無理をしているのは、自分でも分かった。けれど1日も早く免許が欲しかった。貯金も底をつきそうだ。相変わらずカツカツの生活だった。そして僕は、中古のワゴン車を買った。さすがに自腹は無理なので両親に借金を頼んだ。ここからが大変だった。保健所に行ったり、行政書士さんに相談したりもして、やる事が山積みで、目が周りそうになった。そして、ようやく準備が整った。あとは、さだ子さんが帰るのを待つだけだ。それはバイトが休みの日だった。何やら音がする。それも真上から。また音が聞こえる。「まさか。本当に」ドアを閉める音がして、階段を降りてくる。インターホンか鳴った。僕は急いでドアを開けた。そこには、笑顔のさだ子さんが立っていた、 つづく ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する #連載小説 53 20