お願いだから貸してくれ 5話 24 紗希 2024年6月17日 06:56 私が銀行から戻ると、ちょうど店から、お客様が出て来るところだった。お年寄りの女性である。「ただいま」「山根さん、お帰りなさい。銀行は混んでた?」「けっこう混んでました」「やっぱり25日ね〜」川谷さんは、私が差し出した通帳を受け取りながら、そう云った。「今、店から出て来た女性のかたも、やはり住むお部屋を探してるのですか」「山根さんは、あのお客様は、初めてでしたっけ」私が「はい」と返事をすると、川谷さんは、「あ、そうか。あのお客様が前回いらしたのは月曜日だったから、山根さんは、休みでいなかったんだ」そう云った。「エクレア食べます?」「食べる。何の話しだっけ。そうそう、さっきの人はね、占いをしている女性で、借りた部屋で、仕事をしたいんですって。有名な人らしいわよ」「へえ。占い師さんですか。そういえば、YouTubeを見ても、占いとかのチャンネルって、たくさんありますよね」「好きな人、多いわよね。女性は特に。エクレア頂きます」「どうぞ」「占いねえ。女の子は好きだよね、占い。血液型とかも」涼介は、夕食を食べながら、ほとんど関心がなさそうだった。私は涼介の持つ能力のことを考えていた。彼は自分にある、その力を本気で嫌いみたいだ。「もったいないなぁ」「え、なに?」「ううん、なにも」私は夕食を食べ終えた涼介の食器を洗いながら思った。涼介が、あれほど嫌いになったのは、何が理由があるのではないか。翌日、川谷さんがお休みの火曜日。私は一人、店で仕事をしていた。後から社長が来る予定だ。席を立ち、ファイルを取りに行こうとした時だ。「こんにちは。川谷さんは、いますか?」その人は、占いをしているという、あの女性だった。「申し訳ありません。川谷は、休みを頂いておりまして」「そうですか。この間、印鑑証明を用意するのを忘れてしまって、いま持って来たのですが」「ありがとうございます。私がおあずかりして、明日、川谷にお渡ししますが、それでも宜しいですか」「そうして貰えると、助かります」私はその女性から、封筒を預かった。「少し休ませてもらっても、いいかしら。齢のせいか、直ぐに膝が痛くなってしまって」「もちろんです。ソファーで、ゆっくり休んでください。いまお茶をお持ちしますので」「ありがとう」女性は、ソファーにゆっくりと、腰を下ろした。いつもの狭いキッチンで、私は紅茶を淹れることにした。フォションの紅茶が私は好きだ。好きというだけで、紅茶に詳しいわけではない。ずっとイギリスの紅茶だと、思っていたくらいだ。(正解はフランスだった)私はお客様に、どうぞと云うと、ティーカップを置いた。「あら、嬉しい。紅茶は大好きなんですよ」お客様は、子供のような笑顔になった。「少しだけ、お話ししたいのだけど」「私とでしょうか」彼女は頷いた。私は向かいに座った。「ありがとう。わたしは、平良たいらカナエと申します」「山根栞菜かんなです」「栞菜さん、もしかしたら、ご主人は霊感をお持ちの方ではないですか」え、なんで……。「驚かせて申し訳ありません。栞菜さんを見ていると、まだ小学生の男の子が、泣いている姿が浮かんで来るの。たぶん栞菜さんの、ご主人ではと思ったものですから」話そうと思っても、言葉が出ない。どうしたんだ私は。涼介は、パン教室に向かう電車に乗っていた。窓から見た空は、もうじき完全に陽が沈む色をしている。(山根って気持ち悪い)(こいつ、人間じゃなくて化け物だぞ)(何でも見えてて、キショイ)(近づかないようにしないと、呪われるぞ)ボクは呪ったりしない。ボクは化け物なんかじゃない。ボクはキシュクない。ボクは。ボクは。爺ちゃんのせいだ!全部、爺ちゃんがいけないんだ!こんなのボクは要らなかったのに。 ピシャッ!お母さん、どうしてボクを打つの?ねえ、どうして。「涼介、お爺ちゃんに、謝りなさい」「なんでだよ。ボクは仲間外れにされてるんだよ。こんな変な力のせいで!」「言い訳しないで、謝るの!」「言い訳なんかじゃない。本当のことなのに」僕の目から、涙がポロポロ落ちた。「爺ちゃんも、お母さんも大っ嫌いだ!」どこ行くの。もう真っ暗になるわよ。涼介。涼介!ガタタン ガタタン ガタタン「着いた。さぁ今日も美味しいパンを作るぞ」平良さんは、紅茶を飲み終えると「きっと、ご主人は辛い思いをして来たのだと思います。ずっと泣いていますから」そう云った……。「栞菜さんで良かった。ご主人はきっと、そう思っているはずです。わたしも、そう思います」涼介、ごめんなさい。私は何も分かってなかったね……。「今日のパンも、最高の出来栄えだ。僕は自分の才能が怖い。栞菜も好きなパンだ。だけど、カロリーの壁が立ちはだかる。どうする栞菜」「ただいま帰りましたよ〜」「涼介、お帰りなさい。お疲れ様でした」「……どうしたの」「どうしたって何が」「出迎えに、愛を感じる」「なによそれ。いつもは感じないってこと?」「感じるよ。感じるけど。それは僕にではなく」「涼介、云わなくていい」「いや、云うぞ。いつも感じるのは」「云わないで」「キミのパンへの愛だああ」私は不貞腐れた。すごく傷付いた。深く傷付いた。とにかく傷付いた。流石に、云いすぎたかな。涼介はどうしようと悩んでいた。「栞菜さん、あのね」「……なによ」やっぱり怒ってる。しかし、今更仕方がない。「今夜のお土産は」私は黙って目を閉じている。「シナモンロールなんです」私は紙袋を、引ったくると、キッチンへと走ったのであった。涼介は、暫く立ち尽くしていたらしい。 次作へ ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する #創作大賞2024 #お仕事小説部門 #連作短編 24 8