【約 束】 57 紗希 2020年1月16日 06:24 なんて静かな夜だろう。積もった雪が全ての音を吸いとっている。新しい年が明けて、初めての雪。沙織は、さっきからずっと窓を開けて外を見ていた。「明日は仕事はお休み。だから夜更かしができる。そして……会える」壁の時計を見る。午前1時を廻ったところだ。さっきまでの顔と違う沙織になった。緊張している。「……そろそろ、かな」沙織はそう呟くと、立ち上がった。厚手のコートを着ると、静かに階段を降りて玄関まで来た。両親を起こさないように、そっと靴箱を開けて、ブーツを出した。祖母が使っている椅子に座り、それを履いた。外は思ったほど寒くはなかった。目の前にある公園に向かって、一歩一歩進む。雪は見た目以上に積もっていた。やっと、滑り台のところに着いた。沙織はそのまま立っている。吐く息は煙りのように立ち昇る。「手袋をしてくれば良かった」沙織はそう云いながら両手をコートのポケットに入れた。「早く来て。早く……」「とっくに来てるよ」驚いた沙織は、あちこちを見た。「ここだよ、沙織」声のする方を見ると、そこには彼がいた。「……あ……」「相変わらず来るのが遅いんだよ、沙織は」「だ、だって、1時って」「1時にここに着いてなきゃ。沙織のことだから1時になってから行動しただろう」沙織の目から、見る見る涙が溢れた。男は、沙織に近づいて、抱きしめようとした。すると沙織は、一歩後ろに下がった。「どうしたの?」男は少し驚いた表情をしながら訊いた。「理のバカッ!何もそんな云い方しなくてもいいでしょう?」「えっ?」「久しぶりに会ったら、ポンポン文句を云って。ひどいわよ!」「あ……ごめん、沙織」「それに何で理が死ぬの?死んじゃうの?」「それは……」「車に轢かれそうになってた猫を助けたからよね?」「うん、ごめん」「何でそこで謝るの?」「沙織に悲しい思いをさせてしまって」「ええ、悲しいわよ。寂しいわよ、でも猫を助けた理は優しいわよ!」「沙織、少し落ち着かないか」沙織は黙った。一度は止んだ雪がまた降り出した。空には星が出ている。星空の中、しんしんと雪は落ちてくる。「沙織、少しは落ち着いた?」「うん……ごめんなさい」「いいんだよ。悪いのは僕だ」「違う、私が取り乱したのがいけないの」沙織と理は並んで雪の中、ベンチに座った。「冷たくない?大丈夫?」「ちべたい」少し鼻声の沙織はそう云った。理は思わず吹き出した。「理は、ちべたくないの?」「僕は何も感じなくなったんだよ」「そうなんだね」「理、ありがとう、来てくれて」「何云っるの、約束しただろう」「そう、三回忌が終わった後の初雪の夜中に会おう、だったわね」理は頷いた。「次は……次はいつ?」「……」「七回忌の夜中かなぁ?」「沙織、次は……もうないんだ」「……あのね、理が助けた猫ね、私が飼ってるのよ。とってもいい子。可愛くてね、それでね」「沙織……」「……嘘だよね理。また、逢えるんでしょう?」理は黙って沙織を見つめている。「いやだ、そんなのいやだ!」「沙織、僕らはもう住む世界が違うんだ。今夜のことも、神さまに無理を云って来たんだ。だから」沙織は耳を手で塞いだ。「沙織はまだ生きていくんだ。いつまでも僕のことを考えていたら、いけない」「……好きでも?こんなに好きでもいけない?」「うん、ダメなんだ。沙織には、前に進んで欲しい」雪は止んでいた。満点の星空が広がっている。「分かったよ……理。これ以上、困った顔の理を見るのは辛いから、もうわがままは云わない。でも、一つだけ訊いてもいい?」「もちろん、いいよ」「私たち、将来、どっちが先に逝くことにしようか?って話し合ったよね」「うん、そうだね」「そして、私が先に逝くことにしたでしょう?」「うん、僕が寿命が来た沙織を看取ってから、直ぐに僕にも寿命が来て僕も沙織の元へ行くことになった。子供みたいな話しをしてたね」「指切りしたこと、覚えてる?」「指切り?あー、したした。えっ!まさか、違うよね?」「持って来たの、針」「針って、そんな……」「きっと理は針を飲んでも、もう痛くないんだろうけれど」「痛くなくたって、嫌だよ、そんなの」「約束したでしょ」ゆーびきーりげんまん、嘘ついたら、針、三本のーーます。「その、三本っていうのが、リアルで怖い」「だって、理は嘘ついたわよ。私に寿命が来て、後から理が逝くはずだったのに」「それはアクシデントが起きたから、仕方なく」「では、針三本、ここに持ってきてあるから、さっそく」「わーー!止めてくれ、沙織、お願いします!」「お水、持ってこようか?」わわわわわーー!だめだ、怖い!無理無理無理だから!「本気よ、わたし」「すみません、帰ります!」そう云うと、理の体は、徐々に透明になっていった。沙織は黙って、見ていた。でも、その顔は、涙が次々と頬を伝っていく。ついに理の姿は、見えなくなった。真っ白な世界の中、沙織だけがそこにいた。《沙織、ありがとう。わざと明るく見送ってくれたね。僕は沙織のそういう優しさが大好きだ。元気でな、さよなら沙織》沙織は天を仰いだ。たくさんの星が、瞬いていた。「帰ろうっと」沙織は歩き出した。「理、猫の名前、バカボンっていうの。理が好きなアニメでしょう?だから」「これで、いいのだ!」沙織はそう叫ぶと、天に向かって手を振った。 了 ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する #短編小説 #オールカテゴリ部門 #創作大賞2024 57 33