cross in love
夏が近い海の色。
江ノ電には、よく乗ったね。
でも。
一人で乗ったことは、なかった。
今日が初めて。
一人も案外悪くない。
(本気でそう思ってる?)
長谷でしょう。
極楽寺に七里ヶ浜。
それと。
それと……。
陽射しが強いね。
帽子を被って来て良かった。
(泣き顔を隠せるものね)
桜が咲き始めていた。
半年経ったんだ。
その間に、高校生から大学生になった。
私も……皆んなも。
(誤魔化した。名前を呼べないから)
あーさっきからうるさいなぁ。
なんなのよ、いちいち。
(澪の心の声。または本音とも云う)
……そんなこと。
云われなくったって、
云われなくったってね、
分かってるわよ。
自分のことなんだから。
(でも、認めたくない。そうでしょう?)
認めてるわよ。自分から云ったんだもの。
あのね、少し黙っててくれない。
(はいはい。静かにするわ。でもねワタシは貴女なの。澪なの。知ってるでしょう。
それじゃあ静かにするね)
……。
「壮、桜がほら」
「今年も咲いたね。満開まで、もう少しだ」
「卒業するんだ。私も壮も」
「うん。澪のおかげで楽しい高校生活が過ごせたよ。これからも宜しく」
壮は手を差し出した。
私が躊躇していると、
「ほら澪、握手」
私は、おずおずと壮の手を握った。
そんな私を見て、壮は何か云いたそうだった。
私は咄嗟に話題を変えた。
「あ〜。第一志望の大学に行きたかったなぁ。もっと勉強すれば良かった」
「頑張った結果なんだから、クヨクヨすんな。
僕は澪が女子大に進むのが嬉しいんだ」
「どうして」
「変な虫が付く確率が下がったから」
「お〜い。そこのお二人さん。このあと予定はある?良かったら甘い物でも食べて行かない」
そう云いながら、友達の彩花が走って来た。
「甘い物、いいねぇ。澪も行くだろう?」
「私は……やめとく」
「ウソっ。澪も甘いものが大好きだろ」
「具合でも悪いの?」
彩花が心配そうに、私を見てる。
「元気」
「三人でパフパフに行こよ。あそこは何でも美味しいから」
「行こうよ澪。もう三人で、寄り道することも無くなるし」
三人で寄り道……。
「無理にとは云わないよ。別の日でもいいんだし」
「でも、もう直ぐ卒業式だよ」
卒業式。
これが三人での最後の
寄り道かもしれない。
「分かった。行こう。
三人で甘い物食べに」
彩花も壮も、嬉しそうな笑顔になった。
そして今、パフパフに来ている。
「この店には何回来ただろう」
「ううん。何百回よ」
彩花の言葉に壮はハハハと声をあげた。
笑う気分ではなかったが、その場の空気を読んで、私も笑顔を作った。
ほとんど溶けてしまった、苺パフェを少しずつ口に運びながら。
卒業した私たちは、それぞれの大学で学び始めた
。
チリリン
ラインだ。
「今度の日曜日に会わないか。久しぶりに二人で、どこかに行こう。
澪は行きたいところはある?」
壮の文章を、私は何度も何度も読み返した。
返事は書かなかった。
私の気持ちは、もう決めていたから。
その後も、壮からのラインは届いた。
私は、震える指で壮をブロックした。
[今までありがとう]
この言葉を、最後に。
壮からのラインもメールも、もう届くことは無い。
高校に入学してから初めての秋に、同じクラスの、田辺 壮という生徒から私は告白された。
ほとんど話したことはなかったが、私も彼のことが気になっていたので、驚いたけど嬉しかった。
そして私たちは、付き合うようになった。
彼は明るく、サービス精神が旺盛の、クラスのムードメーカー的存在である。
私も壮と居ると、楽しくて、気付くと笑っていることが増えていた。
出かけるのが大好きな壮と、あちこちに行った。
一番よく行ったのは、この江ノ電沿線で、砂浜で海に向かって叫んでみたり、寝転んで波の音を、
黙って聴くこともあったっけ。
神社仏閣が好きな私は、
壮を引っ張り、何ヶ所も巡ることもあった。
時々、彩花も誘い三人の時もあった。
その内に、私はあることに気が付いてしまったのだ。
ピンポ〜ン
「は〜い」
ドアを開けると、そこには壮が立っていた。
真剣な、少し怒った顔をしていた。
「電話にも出てくれないから来た。
澪、いったいどうしたんだよ。僕のこと避けて、
それに何だよあれ。
『今までありがとう』
どういう意味なのか教えて欲しい」
「……」
「話せないことなの?
僕が嫌いになった?」
「嫌いなんかじゃない」
「それならどうして」
「壮が本当に好きなのは、私じゃない。それが分かったから」
「なにを云ってるのか、分からないよ」
「壮は気付いて無いの?」
「気付くも何も僕が好きなのは澪だよ」
「違う」
「違うって云われても、
そうなんだから。僕自身が云ってるんだ」
私は首を振った。
「違うよ。壮が本当に好きなのは、彩花だよ」
「なに云ってるの」
「そして、彩花も壮のことが好きだよ。
中学の時から仲良くして来た私に、彩花は自分の気持ちに嘘をついて、今まで仲良くしてくれてた。それが分かったから、私は壮にも彩花にも
会うのが辛くなったの。
それが私の気持ちなんだ」
「彩花のことは、分からないけど、僕は澪が」
「ごめんなさい。もう帰って。連絡もしてこないで」
家に入ると、私はドアを閉めた。
暫くして、壮が帰って行く音が訊こえた。
私は部屋に戻ると、クッションに、顔を埋め声をあげて泣いた。
両親に聴こえないように。
ずっと顔を埋めて泣いた。
この日以来、壮からの連絡は無くなった。
彩花から何度もメールや電話があったけど、私は無視を、し続けた。
この江ノ電沿線は、壮との思い出が、一番ある場所だ。
今は一番辛い場所になってしまった。
だからこそ私は、ここを訪れることを選んだ。
わざと自分を追い込みに来た。
ここをクリアしないと、
いつまでも、立ち直れないと思ったからだ。
残り少なくなった夏休み。
一人で旅をすることに決めてたから、旅から帰ったら、もう引き摺らない為に、最後に選んだ場所だった。
軽井沢は、多くの観光客で賑わっている。
以前に来た時は、真冬だったから、営業している店は、ほとんどなくて、
別荘地の方を歩いた。
歩いているのは私だけ。
それはそれで開放感があったし、小さな教会を見つけて絵本みたいだなって嬉しくなったり。
雪の軽井沢も素敵だった。
「今日は、有名なパン屋さんで、たくさん買いたいし、これもテレビで観た歴史のある喫茶店にも行きたいし、あとは」
「あれ?あの女の子」
「どうかしたのか」
「あそこにいる女の子なんだけど」
「うん」
「大学で同じサークルにいるヤツの彼女に似てるんだ」
「へぇ、一人みたいだな」
「噂では、別れたとか何とか」
「傷心旅行ってやつかもな。それより何か食べようぜ。腹減った」
「そうだな。食べに行くか」
「パン、買い過ぎちゃった。どっかにベンチはあるかな。あ、あそこにあった。ラッキー」
私はベンチに座ると、今買ったばかりのパンを食べることにした。
「どれにしよう。これかな」
取り出したパンは、私の大好きなパンの一つだ。
「胡桃がたくさん入ってて美味しいのよね。壮も大好きなパ……」
「違うのにしよう。ブルーベリーが練り込んである、これにしよう」
「ママ、あのお姉ちゃん、泣きながらパン食べてる」
「何かあったんでしょう。行くわよ」
「甘ジョッパイ味になっちゃった」
今日が信州旅行の最終日。
「食べ終えたら、駅に向かわなきゃ。喫茶店はまた今度だな」
「もしもし、田辺?」
「おぅ、珍しいな。安田から電話なんて」
「なんか引っかかってさ。田辺、彼女がいたろ?聞きにくいんだけど、別れたって本当なのか」
「唐突にどうした。別れたというか、僕が振られたんだ。何でそんなこと聞くんだ?」
「その彼女を見かけたんだ。軽井沢で」
「え、いつ」
「一時間くらい前に。俺も軽井沢に居るんだ」
「……でも、僕は振られんだからな」
「気になったのは、その彼女、ベンチでパンを食べながら泣いてるようだったからさ」
「荷物は持ってたか!」
「持ってた。たぶん帰るんじゃないかな」
「安田、ありがとう。恩にきる」
プープープー
「電話して良かったみたいだな」
(澪がそう云ったの?
私が壮くんを好きだって)
(正直云って好きな気持ちはあったよ。だけど私が傷付いているなら、三人で会ったりしないわ。辛くなるだけだもの。微笑ましい気持ちの方が強かったから仲良く出来たの。
勝手に失恋して。全く澪は)
私は疲れたらしく、電車に乗ると直ぐに眠っていた。
壮は、駅に向かっていた。
2時間でも3時間でも、一晩中でも、澪の帰りを待つからな。
僕が好きなのは、キミなんだよ澪。
今度こそ信じてもらうぞ。
「お腹が空いちゃった。
パンでも食べよう。
胡桃がたくさん入ってる、あのパンを」
了
、
