雑記0211

 


 焼酎が飲める歳になり、実際に飲み、その上で思う。焼酎は、こころなしかひどく悪酔いしやすい。
 意識がぐらぐらするほど酔いたい時には、焼酎の類はこの上なく効果的である。結局、人生数度、気絶に近い昏迷に行くほどの酔い方をしたときには、その殆どが焼酎の仕業と言って良いほどであったし、そういうときの晩酌の話題やきっかけは基本的にやるせなさが基礎付いている。可及的速やかに眠り、即効的に意識を吹き飛ばしたいときの、いわば頓服の用法が似合うものだ。
 酒とは、まさに百薬の長であると思う。それは決して身体にいいという短絡的な意味ではない(し、身体に良いとされる漢方薬ですら用法次第では毒に転じることからも、完全無欠な薬はおよそないだろう)。酒が百薬の長たるのは、概ね、そうした頓服として何より安易に、そして即効的に、何より万人に効力をふるうからに他ならない。そういう主たる効用を、何にも勝るほど確実に遂行するからこそなのだ。
 そんな酒の力に思索を巡らせてかは分からないが、「抗うつ剤を焼酎で割る」との一文を以て語られ始めるこの曲には、それほどの鎮痛作用に頼らなければならないほどの生存の切迫感を感じさせる。
 思えば、無期懲役氏は、しばしば「生存者バイアス」についても言及していた。きっと生存に命辛々成功したものたちの、そのギリギリの足場をよく見通していたのだと思う。生存することにより続く地獄について、地獄だとしても惰性であれ続けなければならない生存について。なにより、そんな世界でのサバイバル術について、彼は誰よりも深く考えていたのではないだろうか。

 多分、それなりに真っ暗で終わりのない地獄を生きた者は、根本からは救い難い生来の世界の意地悪さみたいなものと、付随する無力感を、(個々人、表現や質感は違えども)何かしら身に染みて理解しているように見える。
 そういうものにとって、何より、その日暮らしの鎮痛と栄養が大事なのだと思う。どれほど些末で、無意味に見えたとしても。さながら貧困である。今日明日を保つことで精一杯で、その先まで積み上げられる余力など到底持ち合わせられるはずもない地獄であるからこそ、そのときそのときを生きるための何かに毎日少しずつ救われながら生きていく。酷い熱の時にそう効き目が出ない解熱剤や、うまく食べられない粥みたいなもので、およそ何ら快方に向かう実感のもてないものでも、安心と少しの寄る辺となるものの偉大さとありがたみが沁みる。私も、そういうものになれたらいい。痛くて痛くてどうにもならない時に、とりあえず一日をサバイブするだけの頓服くらいになれたらいい。
 根本から解決することは確かに重要なことだが、そう単純明快に世界は回ってくれないことは誰でも分かっている。だから、何の解決にもなりはしないが、その日を生きていけるだけのちゃちな頓服があって、そういう精神の福祉が比較的普遍に世に転がっている限りでなんとか瀬戸際でこの世を回しているのだ。この痛みで満ち満ちた世界を保たせているのは、そういうその場しのぎみたいなものであると、私は思う。

 酒がうまい。因みに、私にとっての酒は頓服ではなく、まだ嗜好品の領域にある。

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