広報PR|組織の野性は形式知になれるか──塙保己一から探る、暗黙知を経営へ拓くPRの知性|野性と知性の還流論 #8
熟練者の心身には、言葉にならない知が蓄積されています。顧客の反応を読む感覚、異変の兆しを察する勘、企業らしさを守る判断。こうした暗黙知は、同じ場で働き、対話と実践を重ねるなかで受け渡されてきました。
しかし、現在のビジネス環境においては、働く場所や業務のあり方が変わり、その継承を支えてきた機会は失われつつあります。
それでは、個人に宿る生々しい「野性の知」を、その力を削がずに、経営が使える共有資産へどうひらくのか。
第2部「野性の形式知化」は、この難題から始めます。
手がかりとなるのは、約200年前、散在する文献を集め、後世が使える「知のインフラ」へ編み直した、ある全盲の学者の仕事です。

1. 組織から消える暗黙知
1-1. 「なぜか分かる」は、偶然ではない
現場の熟練者による判断は、時に客観的な根拠がないように見えます。
「この企画の方向性では、本質的な合意が得られない気がする」
「いまこのタイミングで発表すると、かえって不信を招く」
理由を問いただしても、明快な言語化が返ってくるとは限りません。
それは、過去の失敗、相手の表情の陰り、会議の空気感、言葉の選ばれ方、社会のわずかな潮目の変化など、長い時間をかけて身体に蓄積された記憶と経験からくる無意識の判断が、論理的思考よりも先に反応しているからです。
また多くの組織では、最終的な成果や確定した手順を記録をしますが、決断に至るまでの逡巡や思考の軌跡までは残しません。企画書には決まった方針のみが記述され、議事録には合意事項だけが並ぶ。その手前で誰が何に違和感を抱き、どの選択肢を捨て、なぜその方針に至ったのかという「思考の履歴」は、時間とともに失われていきます。
1-2. 成功事例にすると、知が痩せる
知の消失を防ぐため、企業はしばしば熟練者へのヒアリングや成功事例集の作成を試みます。しかし、複雑な体験を分かりやすい物語へ整えようとすればするほど、重要な要素が削ぎ落とされていく。
葛藤は「決断力」へ、偶然の成果は「緻密な戦略」へ、摩擦は「強いリーダーシップ」などと単純化され、やがて「顧客視点を徹底した」「諦めずにやり抜いた」といった、整えられた教訓に着地してしまいます。
こうして整理された言葉の数々が、再現性を持つことは、ほとんどありません。その理由は、得られた美しい結論だけが抽出され、そこに至るプロセスと試行錯誤の痕跡、すなわち知性の葛藤と昇華の履歴が消えてしまっているからにほかなりません。
個人の経験を組織の知性へ変換するためには、判断が形作られた「状況そのもの」を丁寧にたどる必要があります。当時、何が見えていて、何が見えていなかったのか。どの分岐点で迷い、何を優先し、何を不採用としたことで、顧客の信頼を失いかけたのか。形式知化の入り口にあるのは、整理された答えではなく、「判断の履歴」そのものです。
1-3. 暗黙知を放置する組織、奪い取る組織
個人の暗黙知に対する組織の向き合い方には、二つの陥穽があります。
一つは、勘や直感を「属人的で再現性がない」として排除することです。数値やルールに還元できない知を切り捨てれば、現場が長年かけて培ってきた繊細な感覚やリスク察知能力まで失われます。
もう一つは、その勘を強引に吸い上げ、誰でも扱える作業手順(マニュアル)へ早期に固定化しようとすることです。判断を支えていた文脈や人間関係の力学までは移し替えられません。
これらの落とし穴を回避しながら、残すべき知を選び抜き、異なる経験同士を突き合わせ、他者が参照できる形へ整えるには、高度な「編集の思想」が求められます。
江戸時代、各地に散在していた文献を集め、分類し、後世が活用できる体系へ編み直す大事業を成し遂げた人物がいました。国学者の塙保己一(はなわほきいち、1746〜1821)です。41年の歳月をかけて巨編『群書類従(ぐんしょるいじゅう)』の編纂を進めた彼の実践には、現代の組織が暗黙知と向き合うための重要な示唆が含まれています。
それではここから、塙保己一の仕事を通じて、暗黙知を形式知化する視点や技術を読み解いてみたいと思います。
2. 知を「残る仕組み」に変えた、塙保己一
2-1. 記憶の天才が選んだのは、記憶に頼らない方法だった
塙保己一は延享3年(1746年)、現在の埼玉県本庄市に生まれました。7歳で失明し、15歳で江戸へ出て盲人の自治組織である当道座に入門。国学や歴史学を修め、晩年には当道座の最高位である「総検校」へと昇り詰めました。
彼はしばしば並外れた記憶力を持つ超人的な人物として語られますが、真の功績は、自身が記憶している内容を、他者も永続的に参照できる構造へ移し替えたことにあります。当時、貴重な古文献は公家、武家、寺社、旧家などに個別に保管され散在していました。同じ文献であっても写本ごとに記述が異なり、所蔵者の失脚や火災によって永久に失われるリスクに晒されていたのです。
保己一が構想した『群書類従』は、これら各地の文献を網羅的に収集し、体系的な叢書として後世に継承する試みでした。530巻、666冊に及ぶ同書は、神祇から和歌、合戦、雑部に至るまで極めて広範な領域をカバーしています。単に古い書籍を機械的に集積した書棚ではありません。散在していた知を、後世の人間が探し出し、相互に比較検証できる構造へ移し替える編集作業だったのです。
2-2. 『群書類従』は、知の保管庫ではない
文献は、単に存在しているだけでは社会的な知性として機能しません。保己一は各地から収集した文献の内容を吟味し、体系的に分類して明確な秩序のもとに配置しました。神祇部を筆頭に、帝王、補任、系譜、伝、官職、律令、公事、装束へと論理的に展開するその構造によって、個々の文献は孤立したテキストではなく、知の網目における一つのピースとなりました。
近い主題を持つ文献が隣り合い、異なる時代や立場の記録を横断して比較できる。これによって、読者は一つの記述を読むだけでなく、周辺に存在する知との相関関係までたどることが可能になりました。分類とは、単に情報を箱に収める作業ではなく、何と何を近接させ、どのような順序で紐解けるようにするかを設計することであり、知の新たな意味を立ち上げる編集行為なのです。
2-3. 知を継続的に循環させるエコシステム
保己一は『群書類従』の編纂にとどまらず、教育・研究機関である「和学講談所」を設立し、その運営にも力を注ぎました。この点は現代の組織知を考える上で極めて重要な意味を持ちます。
保己一の知識や記憶力がどれほど卓越していても、それが個人の頭にとどまる限り、彼一代の終わりとともに潰えてしまいます。よって彼は、文献を集め、分類し、木版で刊行し、それを学び解釈する「場」を構築。これに伴い、個人の能力は他者が活用できる持続的な知的基盤へと変換されました。
『群書類従』という編纂物と、「和学講談所」という実践の場を一体として捉えるとき、保己一の仕事は「知を継続的に循環させるエコシステムそのものの構築」であったことが浮き彫りになります。
2-4. 四十一年をかけて、知の入口をつくる
『群書類従』の編纂には、実に41年という歳月が費やされました。何を残し、どこに配置し、異なる記録をどう比較し、いかにして利用可能な状態にするか。知の体系とは、あらかじめ完璧な設計図を用意して、一朝一夕に組み上げられるものではないのです。
収集の過程で新たな文献が発見され、分類の構造が見直され、既存の知との関係性も絶えず書き換えられていく。
形式知化とは、情報を一度に整理し終える一回性のプロジェクトではありません。知が増加し、時代や環境が変化するたびに、絶えず編み直しを求められる終わりのない営みです。保己一は、固定化された知識の完成形ではなく、後の時代を生きる人々が知の深遠へと入っていくための「持続的な入口」を構築したのでした。
3. 塙保己一の仕事に学ぶ「形式知化」
塙保己一の手法をそのまま現代企業の業務へ移植することはできませんが、個人や一部のコミュニティに閉じていた暗黙知を、他者が活用できる状態へ変換したその構造には、現代の組織における形式知化にむけた豊かな示唆が含まれています。
3-1. 消える前に集める
企業の日常的な業務の中で、定型化された日報や決算報告書に書かれた情報は、常に蓄積・継承されているでしょう。しかし、その行間に消えた判断や言葉の数々は、通常はそのまま消失してしまいます。
ベテラン社員が顧客のわずかな反応から違和感を察知する感覚や、担当者が過去の痛烈な失敗から得た「避けるべき選択肢」、経営陣が数値では説明しきれないが守り続けてきた事業の哲学。これらは退職、組織変更、事業再編によってあっけなく霧散します。
形式知化とは「すでに綺麗に整った情報」をまとめる作業ではなく、放っておけば失われてしまうリスクの高い生きた体験を見つけ出すことから始まります。失敗の記録、迷いのプロセス、土壇場での違和感、採用されなかった企画案も、その対象に含まれます。
3-2. 知の背景文脈まで残す
熟練者に「成功のポイント」を尋ねると、多くの場合、きれいに整理された結論がひと言で返ってきます。しかし、その判断を別の人間が再利用するためには、当時どのような状況が発生していたのか、誰と意見が対立していたのか、何のデータが不足していたのかという「背景の文脈」まで残さなければなりません。
保己一の仕事のように、古文献が単体ではなく周辺資料との相関によって、初めて正しく読み解けるようになるのと同様、企業の意思決定もその文脈の構造を記すことで意味を持ちます。短く要約しすぎた知は、読みやすさと引き換えに、実務で使うための手掛かりを失ってしまうのです。
3-3. 分類によって関係性を見せる
また、集めた知性を、単に部署別や年度別のフォルダに格納するだけでは不十分です。営業、人事、開発、広報といった既存の組織図に沿って保管すれば所在は明確になりますが、部門を横断して繰り返されている「思考の癖」や「共通の課題」は見えにくくなります。
「顧客の違和感を察知した瞬間」「当初の方針を撤回・変更した契機」「組織の当たり前を疑った経験」など、横断的な軸で知を結び直すことによって、別々の部署に眠っていた経験同士の関係性が浮かび上がります。保己一の分類手法から汲み取るべきは、分類項目そのものではなく、「使う人間が異なる知のあいだを自在に行き来できる構造」を設計した点にあります。
3-4. 複数の視点を突き合わせ、客観性を担保する
企業の歴史やノウハウは、往々にして声の大きい経営者や一部の成功者の語りを中心に編まれがちです。しかし、同一のプロジェクトであっても、立場によって見えていた景色は異なります。
形式知化においては、特定個人の経験をそのまま模範解答(正史)とするのではなく、複数の異なる記録や視点を突き合わせる作業が不可欠です。あえて「視点の食い違い」を並列に扱うことで、個人の主観や思い込みを排し、どのような条件下でも共通して機能する「本質的な判断原則」を抽出できるようになる。
複数の視点が交差する場所にこそ、知の客観性が宿るのです。
3-5. 知を活用する「場」まで設計する
社内ポータルやデータベースに資料を格納しても、それが使われなければ知は動きません。誰が、どのような局面で引き出し、新しい経験をどのように追加していくのか。知を残す仕組みには、それを運用する具体的なプロセスと「場」の設計が不可欠です。
『群書類従』の出版と「和学講談所」の運営を切り離さなかった保己一の発想は、記録と学習の場を統合する重要性を物語っています。単なるアーカイブ構築ではなく、対話、研修、プロジェクトの振り返りといった「知を活用・再解釈する場」までを一体として設計することが求められます。
3-6. 形式知を完成品にしない
一度作成された形式知は、固定化されたとたんに陳腐化が始まります。実際に、現実社会における市場環境や技術、顧客の価値観は変化し続けている以上、過去の成功法則を絶対視すれば、形式知は現場の動きを縛る硬直したルールへと変質してしまいます。
新たな事例を蓄積するたびに、その分類を見直し、異なる解釈を提示し、実効性を失った知を書き換えていく。こうした継続的な更新プロセスそのものが「形式知化」なのです。
4. 形式知化は、言語化では終わらない
4-1. 暗黙知と形式知は、行き来する
ここまで、個人に宿る生々しい経験や判断、すなわち野性の知性(生々しさ、制御不能な力)を、組織全体で参照できる形(形式知)へと変換していく方法を考察してきました。ただし、暗黙知を単にテキストや図解へと落とし込めば、それだけで知の共有が完了するわけではありません。
むしろ、そこからが始まりです。
言葉を読んだ人間が実務の中で活用し、自分なりの解釈を加え、新たな実践を重ねる。こうした継続的な循環が起きない限り、形式知はアーカイブの奥底で化石化してしまいます。
この動的な知のメカニズムを定式化したのが、野中郁次郎と竹内弘高による「SECIモデル」です。組織における知識創造とは、暗黙知から形式知への一方向の移転ではなく、双方向を絶えず往復しながら螺旋状に発展していくプロセスであると分析しました。共同化(身体感覚の共有)→表出化(言語・概念化)→連結化(形式知の統合)→内面化(実践を通じた再取り込み)という4つのフェーズは直線的なプロセスではなく、実践を通じて新たな暗黙知が芽生え、それが再び言葉へと昇華され、別の知と結合していくダイナミズムを内包しています。
真の知識創造は、この螺旋を描き続けるプロセスの中でしか進行しません。

4-2. 企業は「表出化」で止まりやすい
企業の形式知化の取り組みは、しばしば「表出化」の段階で停滞しますが、本当の課題は、その後に訪れます。
整理された知を他部門の知識といかに連結させるか。具体的にどの業務局面で試すのか。実践から得られた結果を誰が回収し、知の体系をどう書き換えていくのか。この動線が設計されていなければ、言語化された知も「一読して終わる読み物」として消費されてしまうのです。
保己一が単に古文献を集めて満足しなかったように、形式知化の成否はドキュメントの美しさや完成度では測れません。その知によって、現場の誰かの眼差しや実際の判断がどう変わったか。そこまで見届ける視点が求められます。
4-3. 形式知は、再び野性へ戻っていく
熟練者の勘や直感を言語化して手渡したとしても、受け手がその勘(知)をそのままインストールできるわけではありません。
形式知を「唯一の正解」としてとらえるのではなく、未知の経験へ足を踏み入れるための「足場」として考えてみてください。提示された知を足がかりにしながら、事例とは異なる環境におかれた現場に臨み、試行錯誤し、痛みを伴う失敗を経験し、自らの身体で実感を得る。そのプロセスを通過することで、書かれた言葉は再び個人の「新たな暗黙知」へと戻っていきます。
もちろん、ここで身体化された知は、元の知と同一ではありません。異なる時代環境、異なる顧客、異なる現場を通過したことで、より洗練された「新たな野性」へと脱皮していく。形式知化とは、過去の知を保存・固定化する作業ではなく、次の世代の中に異なる性質の野性を育み直す営みなのです。この還流のサイクルが停止し、形式知が「遵守すべき絶対的なルール」として固定化されたとき、知性は思考を停止させるマニュアルへと落ちていきます。
5. PRは、組織の記憶をどう編集するか
5-1. PRの現場には、複数の記憶が集まる
組織における経験の記憶は、プロダクトを開発した者、現場で手渡した者、顧客のクレームに向き合った者、撤退の意思決定を下した経営陣など、様々な立場の職能の中に残されています。立場が異なれば、同一の出来事に対する記憶や意味付けも大きく変わってくることに、注意する必要があります。
広報PRの技術は、これらの多様な記憶が交差する結節点に位置しています。経営陣の思想を社会へ伝え、社会からの返答を社内へ連れ戻す。また、現場の言葉に耳を傾け、メディアや社会の客観的視線と照らし合わせる。部門を横断しながら企業の経験を編み直す広報PRの営みには、組織の中に眠る知を発掘し、相互に関係づけ、次の意思決定へと渡していく高度な編集機能が存在しているのです。
5-2. インタビューでは、正解を聞かない
形式知化のプロセスにおいて、PRの知識・スキルが最も強く発揮されるのがインタビューの場面です。しかし「成功の要因は何ですか」といった一般的な問いを重ねるだけでは、すでに整理された無難な回答しか返ってきません。
これまでも何度か述べてきた通り、インタビュー取材で掘り起こすべきは、きれいな結論に至る前の「迷いと選択の記憶」です。本人すら意識していなかった思考の軌跡を発掘し、「具体に迫る問い」によって初めて、プロセスに秘められた知性は可視化されます。PRのインタビューとは、単なる美談の採取ではなく、組織の奥底に埋もれていた知を、語り手とともに再発見する探求のプロセスなのです。
5-3. 葛藤や違和感を「ノイズ」として消さない
広報発信のコンテンツを作成する際、PR担当者は複数の証言を一本のスムーズなストーリーへと束ね、分かりやすい「正解」を提示しようとしがちです。しかし、組織知の継承という観点では、綺麗に整えすぎない「編集の勇気」が求められます。
現場の記憶に残る「割り切れなさ」や、成功の裏側にあった「個人の葛藤」、あるいは経営方針と現場の感覚の間に生じた「微かなズレ」。これらをノイズとして排除せず、あえてそのまま記述に残すことで、コンテンツに奥行きとリアリティが生まれます。
読者はその「行間」にある葛藤を読み解くことで、単なる情報の受け手ではなく、自ら思考し判断を追体験する能動的な学習者へと変わるのです。
5-4. 発信物を、組織の学習装置へ変える
社内報、オウンドメディア、周年記念誌、採用コンテンツなど。これらは通常「読者に届けるための成果物」として制作されます。しかし取材の過程で収集された生々しい証言や未公開資料には、最終的に記事化されたテキスト以上に豊かな知性が含まれています。
そこで、完成した成果物だけを補完するのではなく、「編集のプロセス(試行錯誤の跡)」までを組織の記憶としてアーカイブすること。そうすることで広報活動は一回性の発信作業を脱し、「企業が自らの過去の実践を客観的に再読する学習装置」へと変貌を遂げます。PRが形式知化に関与する本質的な価値は、散乱した記憶を拾い上げ、異なる語りを戦わせ、次の経営判断に耐えうる知としてひらいていくことにあるのです。
6. 形式知化を機能させるための五つの原則
ここまで、塙保己一の仕事を通じて、形式知化の在り方を考察してきましたが、改めてここで、ポイントをまとめます。
「うまくいったこと」より、判断の分岐点を残す
「途中で何を迷い、どの分岐点で判断を変えたのか」という選択の履歴を通じて、次の担当者は、これを目の前の状況と照らし合わせながら、独自の思考を展開できるようになります。一人の知を「絶対の模範解答」にしない
複数の異なる経験談を並列に配置し、共通する「本質的な観点」と、その個人や時代に固有だった「特殊な要素」を注意深く見極める。異なる語りが交錯する摩擦面にこそ、組織として継承すべき真の知性が浮かび上がります。分類軸を、現場のリアリティに合わせて編み直す
全体的な関係の構造において、「どの経験とどの経験を隣り合わせに結びつければ、新たな示唆が生まれるか」という編集的視点をもって分類を再構築する必要があります。記録の保存と「学習の場」を切り離さない
社内ポータルへの格納やケース集の作成は第一歩に過ぎません。「対話」(事例を持ち寄り、他部署の判断の履歴を読み解きながら、議論を重ねる)と「実践」(実際の案件で過去の知を活用し、上手くいかなかった点を新たに注記する)といった、「運用の場」をセットで設計することが不可欠です。形式知を「完成品」にしない
社会構造も、顧客の価値観も、現場のテクノロジーも刻々と変化するが故、形式知の体系には絶えず内容を更新する担当者と、定期的にアップデートする機会と習慣が組み込まれていなければなりません。
7. まとめ|知を残すとは、次の判断をひらくこと
組織の内部には、言葉として明文化されていない膨大な知性が眠っています。長年の経験から磨かれた直感であり、苦い失敗の記憶であり、数値では表現しきれない企業の美学でもあります。
塙保己一が成し遂げた仕事の本質は、過去の知を閉じた保管庫に収めることではありませんでした。散乱していた文献を根気強く収集し、新たな関係性を与えて分類し、他者が自在に活用できる構造へと編み直した。そして学びの場を創出することで、知を次の時代へと手渡したのです。
現代の企業に求められているのも、これと同質の編集的知性です。個人の生々しい経験を都合の良い成功美談に薄めない。特定個人の語りを組織の絶対的な正史として固定化しない。思考を限定する硬直した分類軸を疑う。記録の作成と、実務での学習の場を切り離さない。
形式知化の真の目的は、後続の世代が、過去の知性を足場としながら、自分自身の足で新たな判断を踏み出せる状態をつくることにあります。
次回予告
本稿では、形式知化の在り方を考察してきましたが、ここでまた、新たなパラドックスが生じます。
組織内で丁寧に共有され体系化されたはずの知性は、時間の経過とともに「未来を拓く足場」から「遵守すべき固定化した手続き」へと変質しやすくなります。判断を助けるはずの知性が、いつしか現場の柔軟な思考と行動を縛り付ける規則となっていく。
本シリーズの次回9号では、この「形式知化がもたらす硬直化」という分岐点、ならびに「脱マニュアル化」の可能性について考察していきます。
今回も最後までご覧いただき、ありがとうございました。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。今後も丁寧な発信を続けてまいります。応援よろしくお願いいたします。