広報PR|PRの知性を見に行こう|野性と知性の還流論 #0【PRの野性を再起動する:番外編】
これから、PRの知性を見に行こうと思います。
企業の広報部門やメディアの会議室に、という意味ではありません。それは、芸術家のアトリエへ。音楽家が偶然や沈黙に耳を澄ませた場所へ。生命や記憶に、歌や映像という形を与えた人々のもとへ。そして最後に、企業の危機管理、採用、組織統合、事業承継、ファンダムの現場へ。
一見すると、PRとは結びつかない場所ばかりです。けれども、まだ言葉になっていない感覚を見つけ、他者が触れられる形へ翻訳し、社会から返ってきた反応によって自分自身を変えていく。そんな営みには、PRの原型とも呼べる知性が宿っているのではないでしょうか。
1. 野性を再起動した、その後に残る問題
1-1. 洗練の代償として失われた「身体性」
これまで「PRの野性を再起動する」シリーズでは、PRが高度に洗練されるほど、なぜ退屈なものに変質していくのか、そしてそれを乗り越えるためにはどうすればよいか、について考察してきました。
現代のPRにおいて、様々な業務インフラは整備され、効率化と品質の安定は両立できるようになりました。しかしその一方で、社会の違和感を嗅ぎ取る感覚や、言葉になる前の初期衝動、偶然に開かれた余白まで手放してはいないでしょうか。
その背景には、PRが社会を分析し、構造的に理解する知性を高めながら、社会と生身で接触するための身体性を失ってきたという矛盾があります。だからこそ、私たちは今、PRの野性を再起動せねばなりませんでした。
1-2. 衝動を社会へ届けるための「形式」
しかし、野性を取り戻せばすべてが解決するわけではありません。
個人の内側に生まれた衝動が、その人だけの熱量として燃え尽きてしまえば、社会に届くことはない。言葉や作品という形におろす事ができても、受け手との間に関係性を結ばなければ、一方向の独白で終わってしまう。
さらに、その実践を組織や次の世代へ継承しようとすれば、知恵を言語化し、型へ置き換える作業が不可避です。しかし形式化した瞬間に、その知恵を生み出していた固有の文脈や判断の呼吸が消えてしまう。
野性だけでは届かない。しかし、知性だけでは生きた思想が形骸化する。それでは、両者の意味を損なうことなく往復させる知性とは、いかなるものなのでしょうか。
2. 野性と知性は、対立するものなのか
PRの野性と知性を「衝動と理性」「自由と規律」という二項対立として捉えると、この問いはすぐに行き詰まります。
優れた野性は、言語化された課題の陰に隠れた違和感をつかみ取り、「問い」として組織に差し出す。それを受けた知性は、その野性を削ぎ落とすことなく、他者へ届く情報へと翻訳してくれます。そしてその情報が社会で流通しはじめた後でも、野性は、受け手の中で再び生命を持って働き続けるとともに、そこにあるズレを見つけ出し、知性をもってそのズレを企業の構造に再接続する。
こうした野性と知性の往復運動を捉えるためには、両者を対立項ではなく、異なる方向を持つ相補的な力として定義し直す必要があります。
この点をより深く考えるにあたり、宋明儒学における二つの思想の誕生や対立を考察することは、とても示唆的です。
12世紀の思想家・朱熹(しゅき)が体系化した「朱子学」は、世界や経験の中から共有可能な知を見いだし、構造化していきます。一方、16世紀の思想家・王陽明(おうようめい)が興した「陽明学」には、得られた知を行為と身体へ戻し、実践の中で確かめていく傾向があります。いわゆる「知行合一(ちこうごういつ)」のダイナミズムです。
重要なのは、どちらか一方を選択することではありません。感覚を言葉へ変え、言葉を行為へ戻し、行為によって言葉を書き換える。その往復が途切れたとき、知は動きを止め、形骸化が始まります。
3. 「還流」とは、同じ場所へ戻ることではない
3-1. 経験を経て変容する「次の野性」
本シリーズでは、この野性と知性の往復運動を「還流」と呼びます。ただし、同じものが同じ経路をただ回るだけの単純な循環ではありません。感覚が言葉に翻訳されるとき、そこには既に変化が生じています。その言葉が他者の経験と結びつけば、意味はさらに変容する。その反応が次の実践や組織の意思決定を変えれば、最初とは異なる新たな問いが立ち上がります。
戻ってくるのは、元と同じ野性ではありません。他者や社会との摩擦を通過し、別の姿へと変容した「新たなPRの野性」です。決して立ち止まることなく、異なる人や制度、時代を通る中で意味が変わることを引き受けながら、それでも生命の連鎖を途切れさせない動的な運動です。
3-2. 知識創造の螺旋——SECIモデルとの共鳴
この還流は、経営学者・野中郁次郎氏らが提唱した「SECIモデル」とも深く響き合います。SECIモデルは、経験や実践に根ざした「暗黙知」と、言語や概念として共有可能な「形式知」の相互変換を、四つのモードからなる螺旋状のプロセスとして捉えました。
SECIモデルは、経験や身体感覚を人と人のあいだで共有する「共同化」、言葉にしにくい暗黙知を概念や物語へ変える「表出化」、複数の形式知を結びつけて体系化する「連結化」、そして形式知を実践によって再び身体化する「内面化」という、四つのモードから構成されます。

3-3. 知識創造の螺旋を、社会へ開く
ここで探求したい「還流」は、組織内の知識変換だけにとどまりません。感覚、情動、不安、記憶、あるいは偶然の産物や、社会から返される批判や解釈。それらが生身の人間と社会のあいだを移動し、姿を変えながら、次の創造や判断へと戻っていく。
この番外編のシリーズが見に行く「PRの知性」とは、その螺旋が組織の外側へと開かれ、社会との関係性の中で変容していくプロセスの中で立ち上がるのです。
4. PRの知性は、どこに宿るのか
4-1. 「あわい」に回路をつくる知性
PRの知性は、メッセージを巧みに設計し、社会へ発信する能力だけではありません。その技術を支えるさらに深部には、異なるものの「あわい」に回路をつくる知性があります。
ここでいう「あわい」とは、二つのものを隔てる空白ではありません。異なるものが出会い、互いに影響し合いながら、新しい意味が生まれる境界領域です。
まだ言葉になっていない衝動と、共有可能な言葉のあいだ。個人的な記憶と、社会の集合的記憶とのあいだ。創作者の意図と、受け手の生活実感のあいだ。現場の暗黙知と、組織の形式知とのあいだ。企業が語りたい論理と、社会が感じ取っている空気のあいだ。
この無数の「あわい」に回路を開き、摩擦を含んだ意味の往復を可能にする。この働きこそが「PRの知性」なのです。
4-2. 他者によって変わることを引き受ける
PRの知性とは、正しい答えをあらかじめ用意し、提示する知性ではありません。他者と出会うことで、自らの答えが変わることを引き受ける知性です。
自らの意思を社会へ届けるだけでなく、社会から返された解釈によって、自分たちのあり方そのものを更新していく。ここに、一方向の情報発信と、関係を更新するPRとの大きな違いがあります。
PRとは、相手を説得するための技術だけではありません。関係を媒介にして、自分たちの理解と行動を更新し続ける営みなのです。
5. シリーズの全体像|創造、記憶、組織をめぐる三部構成
この番外編では、「PRの知性」がどこに宿るのかを、創造、記憶、組織という三つの領域から見に行きます。
5-1. 第1部|創造の野性を、社会に接続する
まずは朱子学と陽明学を手がかりに、「野性と知性の還流」という仮説を立てます。その後、様々な創作者の活動を通じて、個人の衝動や感覚(野性、暗黙知)が、どのように作品や言葉となって社会へ渡り(形式知化)、何を受け取って戻ってくるのか(再暗黙知化)を考え、最後にその一連の運動を、PRに必要な「還流装置」として整理します。
5-2. 第2部|見えない価値を経験へ変える
ここでは、生命、記憶、霊性といった目に見えない価値が、様々な表現形態を通じて、どのように社会・他者へ開かれていくのかを考察していきます。単に分かりやすいメッセージへ縮小するのではなく、受け手自身の身体や記憶を通じて受け取れる経験へ変える。その働きに宿るPRの知性を探ります。
5-3. 第3部|生きた知を次へ渡す(脱マニュアル化)
最後に、全盲の国学者として知られる塙保己一の仕事を起点に、知を保存するだけでなく、他者が参照し、使い、更新できる形で採用採用、インターナルPR、危機管理、組織統合(PMI)、事業承継、ファンダムを通じて、マニュアルでは捉えきれない知を、どのように組織や次の世代へ受け渡すのかを探ります。
6. 意味の還流としてのPR
創造者が感覚を作品へ変え、その作品が他者の記憶を呼び起こす。社会から返ってきた反応が、次の創造や組織の判断を変え、その経験が次の人へと渡されていく。この番外編のシリーズで見に行くのは、その一連の生命の運動です。
PRとは、企業の内側から外側へ一方的に情報を送り出す出力機能ではありません。社会との摩擦を通じて、感覚を意味へ、意味を行動へ、行動を新しい知恵へと変換し、その知恵によって自分たち自身を絶えず更新していく営みです。
これは、まだ私の仮説にすぎません。だからこそ、人物、作品、出来事、そして組織の現場へと、その実態を見に行きます。SECIモデルが描いた知識創造の螺旋を、感情、文化、公共性へと開くことで、PRの知性の正体を探る。
その還流のどこに、真の知性が宿っているのか。
芸術家のアトリエから企業の最前線まで、
その正体を見に行く旅を始めます。
今回も最後までご覧いただき、ありがとうございました。
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。今後も丁寧な発信を続けてまいります。応援よろしくお願いいたします。