⑤【源義経 × 土方歳三】 ―「俺たちの最期は、北に行くしか道はなかった」
――ようこそ、黄泉トークラジオへ。
この番組は、時代も国も超えて、歴史に名を残した人物たちが“あの世”で繰り広げる、まさかのトーク番組です。
あの世に来て、やっと話せることもあるんです。
笑いとツッコミを交えながら、歴史の裏話をこっそりお届け。どうぞお聴きください。
さて、今夜のゲストは――
平家を滅ぼす偉業を成し遂げながら、兄に命を狙われた悲劇の貴公子・源義経。
そして、新撰組副長として恐れられつつも、非業の最期を遂げた“鬼の副長”・土方歳三。
最期はともに「北の果て」で活路を求めた二人が――今宵、黄泉の茶屋で初めて相まみえます。
果たしてどんなお話が出てくるでしょうか?
第一幕 「若き戦の天才と鬼の副長、黄泉で出会う」
義経:はじめまして、源義経です。平家を倒した男です。
歳三:こちらこそ、はじめまして。新撰組副長・土方歳三です。お近づきの印として、俺のことはトシと呼んで下さい。
義経:では…トシさんと呼ばせてもらうよ。さっそくだけどトシさん、写真で見た通りのイケメンだね。いや、写真以上のイケメンだ。
歳三:いやいや、義経さんも精悍な顔立ちをしておられる。相当モテたんじゃないですか?
義経:確かに…自分で言うのもなんだが、壇ノ浦の戦いを終えて京に凱旋したときは、そりゃあモテたぞ。
歳三:平家の歴史を終わらせた戦いですよね。私も平家物語を通じて、義経さんの戦いっぷりをわくわくしながら読みましたよ。
一ノ谷、屋島、そして壇ノ浦…どの戦も連戦連勝、あっぱれの戦いぶりでした。特に一ノ谷の戦い、あれはなんですか…崖を駆け下りるなんて、すごい!
義経:ふふ、平家は海からの攻撃しか想定してなくて、背後の断崖なんてガラ空きだったんだよ。そこを俺が突いたわけ。「じゃあ崖から行くか」と馬ごと駆け下り、奇襲成功。あとは敵が総崩れになるのを見届けるだけ――あれは自分でも惚れ惚れする戦だったな。

歳三:ははっ、戦の天才とは、まさにこのこと。
義経:俺の戦はルール無視だとか、壇ノ浦では非戦闘員の漕ぎ手を討ったとか批判もあったが、戦だからね。勝たねば意味がない。トシさんも、新撰組では相当腕を鳴らしていたでしょう?
歳三:ああ、私がいたころの京は殺伐としていた。やるかやられるか、常に神経を研ぎ澄ましていなければ、こっちがやられる世界だった。

常に神経を研ぎ澄ましていなければ、、
義経:新撰組が一躍その名を轟かせたのは、池田屋事件だったかな。御所に火を放つだの、要人暗殺だの、何やら不穏な計画を話し合っていた尊王攘夷派志士らを、ばったばったと討ち取ったって話だろう。
歳三:まあ、何よりすごかったのは近藤局長さ。相手方20数名のところに局長含め4名で切り込んだんだ。俺は後から駆けつけ、局長を援護したってわけだ。結果、9名討ち取り4名捕縛の戦果を上げた。
義経:トシさんらの活躍がなければ、もしかしたら御所は火の海になってたかもね。よくやったよ、トシさん。
歳三:まあ、自分で言うのもなんだけど、この時、新撰組は時代を確実に象徴していたよ。だがな…あれよあれよと時代は俺たちより先に動き始めた。気づけば俺たちは「朝敵」になっていたんだ。
鳥羽伏見の戦いでコテンパにやられ、大阪まで来ていた俺たちの大将・徳川慶喜が、真っ先に江戸へ逃げ帰ってしまう始末でな。結局、俺たちも逃げるしかなかった。
で、そのすぐ後には、徳川幕府の本丸・江戸城を、新政府に戦わずに引き渡すことになった。これがいわゆる「江戸城無血開城」ってやつだ。
義経:おいおい、えらいこっちゃな…。
歳三:ああ。そうなりゃ、いよいよ俺たち江戸からも逃げ出さなきゃならなくなった。逃げてきた道を戻るわけにもいかねえ。なにせ新政府軍が俺たちをやっつけようと血眼になって追ってくる。宇都宮、会津…そして箱館。もう北に行くしかなかった…
第二幕 「義経、まったくもって納得いかず」
義経:最後、北へ落ち延びたのは、俺もトシさんと同じだ。…っていうか、そもそも俺はまったくもって納得がいってない。兄頼朝のことだけどな。平家を倒したのは俺だよ。西国の果てまで平家を追っかけ、一戦一戦、命かけて戦ってきたんだ。
歳三:確かに、それは胸を張っていい。
義経:まあ、兄の指示に従わず、スタンドプレー気味だったのは認める。でもさ、戦の現場ってのは即断即決で動かないと、勝てる戦も負け戦になっちまうんだよ。
歳三:現場で戦っている身にもなれっていうことだな。上からの指示待ってたら、勝機を逃す。同じ立場なら、俺だってそうする。
義経:トシさんならきっと分かってもらえると思ったよ。で、平家を滅ぼして京に戻った俺は…まあ、確かに調子に乗った。うん、それは否定しない。何せ、後白河上皇から「検非違使別当」なんていう官職をもらって、えらいちやほやされたからね。
歳三:なんたって平家打倒のヒーローだもの。鼻も高くなるさ。
義経:まぁね…、それが…いけなかったんだろうな。直接、後白河上皇とやりとりする俺の存在が、兄頼朝には気にくわなかったらしい。「お前、何勝手に上皇とやりとりしているんだよ。俺を通さずに朝廷とやりとりすんな 」ってね。
歳三:兄貴は兄貴で、どうしても主導権を握っていたかったんだろう。武士の棟梁として、そこは譲れなかったんだろうと思うぜ。そう、誰だって、絶対に譲れない一線ってのはある。
義経:おおっ…ぐさっときたな。さすが副長、斬り込みが鋭いぜ。まぁ、ともかく兄貴は俺の討伐を宣言した。しまいには後白河上皇まで兄頼朝側につき、急に冷たくなって、会ってすらくれなくなったぜ。
歳三:手のひら返しとはまさにこのことだな。そりゃきつい。
義経:で、俺も京の都から逃げるしかなくなった。
歳三:逃げるアテはあったのか?
義経:昔お世話になった奥州平泉の藤原家だ。そこを頼ろうと思った。
歳三:京から奥州平泉まで…そりゃ相当な逃避行だな。
義経:トシさんに言われたくないな。蝦夷・箱館まで行ったんだろ?
歳三:ああ、五稜郭が俺を待ってたんだ(笑)
第三幕 「武器を置いて、杯を持って」
義経:で、トシさん。あの五稜郭ってやつ、実際どんな所だったんだ?
歳三:五稜郭はな、星型の洋式要塞で、四方から大砲を撃てる。当時の日本では最先端だった。新政府軍に一矢報いるには、この場所しかねぇと決めた。ここで榎本武揚らとともに、最後の戦いに挑んだんだ。「俺たちはここから反撃する」ってな。
義経:なるほどな…五稜郭は、まさに俺にとっての奥州平泉の藤原家だな。頼れるのは、若い頃に俺を育ててくれた藤原秀衡だけ。平泉までの道のりは、討伐軍に追われる逃走劇さ。山伏に身をやつし、息を潜めながら、一歩ごとに命を賭けて進んだんだ。「なんで俺がこんな目に遭わなきゃならんのだ」ってずっと思いながらね…。
歳三:そりゃ相当きついな…。
義経:で、なんとか秀衡さまのもとへたどり着いた。ほっとしたのも束の間、秀衡さまは病で亡くなられてしまったんだ。
歳三:…嫌な予感しかしないぞ。
義経:トシさんの言うとおりだ。秀衡さまの「義経を支えてくれ」という遺言むなしく、息子の泰衡が兄頼朝の圧に負け、よりによって俺たちを討ちにきやがったんだ。 こっちはたった十数騎の手勢だぜ。弁慶が矢を何十本も受けながら仁王立ちで最後まで立ちはだかってくれたが、さすがに勝ち目はない。今風で言うと無理ゲーだ。最後は自害して、この世とおさらばってわけだ。
歳三:西国の果てまで平家を追っかけ、最後は追われて奥州まで落ち延びる…。栄光と転落を駆け抜けた人生ってやつだ。
義経:それ、人のこと言える立場かよ、トシさん。で、五稜郭から反撃できたのかよ?
歳三:俺たちにも最後の地でドラマがあった。海から援護してくれるはずだった旧幕府軍の軍艦・開陽丸が、目の前で座礁して沈んじまったんだ。あの巨体が波間に沈んでいくのを見ながら、歯を食いしばったよ…。それでも俺たちは退かずに新政府軍に挑み続けた。ここで終わると覚悟を決めてな。そして最後、敵弾が腹を貫いた――それで、おれの出番は終了。幕は下りたのさ。
義経:……。
歳三:俺はな、義経さんと違って、最後まで自分の意思で戦った。だから後悔はしていないよ。
義経:…ハッキリ言うな、トシさん(笑)。でも、不思議と腹は立たねぇな。もうこの期に及んで、納得したかどうかなんてどうでもよくなった。生きてた頃は数えきれないほど愚痴をこぼしたけど…こうしてトシさんと腹割って話したら、胸のつかえがスッと取れた気がするよ。トシさん、せっかくの縁だ。今度は一緒に「南へ」行ってみないか。沖縄なんて良さそうじゃないか。
歳三:いいな。今度は逃避行じゃなく、楽しい旅行で頼むぜ(笑)
義経:もちろん。武器は置いて、杯(さかづき)を持ってな。
(ふたりの笑い声が、黄泉の茶屋に静かに響いた――)
――おわり。
今夜の黄泉トークラジオ、いかがでしたか。
途中、義経さんは「納得いかねぇ!」って吠えていましたね。
これ、組織と個人の対立という意味では、現代でも同じような悩みを抱えている人は多いのではないでしょうか。
かくいう私も組織に何度煮え湯をのまされたことか。あっ、組織といっても会社ですよ。やばい組織ではありませんから(笑)
それに対して、トシさんは最後までヒリつく戦いぶりを見せてくれました。あれはもう、推しにしたくなる格好よさでしたね。
ふたりの「南へ」旅行、ぜひ実現して、楽しんできてほしいものです(切なる願い!)。
あなたは、このふたりのやりとりから、どんなことを感じましたか?
よろしければ、ぜひコメント欄で教えてください。
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それでは、次回の黄泉トークラジオも、どうぞお楽しみに。
(過去回紹介↓)
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