ラフの極み親父
汗水垂らして働かず、鼻水垂らして餃子を喰らう月曜日。
まあ、そんな日があってもいいじゃない?
と思っていたら、休日でした。
どおりでワイシャツの袖を捲り上げビジネスバッグを床に放り投げ、うっすらポマードの香りを漂わせながらこってりラーメンに舌鼓を打つ戦士がいないわけだ!
なんだかもう今日はワイシャツではなくて、朗らかなチェック柄のシャツにほっとひと息ラクダ色のカーディガン、ゆるずるスウェットにおんぼろスニーカーといったラフの極み親父ばかりである。
【ラフの極み親父】
人気バンド「ゲスの極み乙女」の対抗馬。
休日という名のフェス会場(主に町中華、釣り堀)に出没する幻のバンド。
ラフな格好をしている人であれば誰しも加入できる。
脱退も自由。
フレキシブルに活動可能なバンド。
ただし、不倫だけは許されない風潮がある。
代表曲:会社以外居場所がないの、ボーナスがありあまる
またも娘が我が父とヲタ活(鉄道)しに行ったので、私は元・アオダイショウトレーナーのトゥーンと町中華に来ている。
……おそらく世のシャレオツなアラウンドサーティならば青山のフレンチとか神楽坂の老舗割烹、百歩譲って某ドリアが人気のアレではないパターンのイタリアンチェーンに行って然るべきなのだろうが、町中華。
トゥーンが啜っているのはパスタではなく酸辣湯麺だし、私がかぶりついているのはターキーレッグではなく肉汁たっぷり肉餃子。
別ベクトルでニンニク臭を全身から漂わせている。
トゥーンは酸辣湯麺にオイッスをしながら切り出す。
「もうさ、ちょっスパを観ない日がない!」
「ゲフッ! ちょっ! フゴォ! なけなしのスパゲッティみたいな言い回しやめて……!」
あのタイトルはどう省略するのが正解なのだろう。
私は“ちょスパー”と略しているのだが、みなさまはどうしておられるだろうか?
気が向いたら御教授願いたい!
……と棒餃子の肉汁で口腔内大火傷の痛手を負いながら頼んでいる!
「最新話がもうさァ! 観た?」
「ゴホッゴホッ……み……観てない……」
「なんでよ! それ残された人生の千分の一損してるよ!」
「フフォ! あんまり損してないじゃんそれ……」
「何で観ないの?」
「い、いやあ……この一週間は『ゴールデンスランバー』の二六一ページの八行目と九行目をずっと読んでるからさ。」
「え?」
「え?」
「一週間で二行しか読まないの?」
「そういうわけではないんがな……」
トゥーンはおディーン様こと、ディーン・フジオカ氏に熱を上げている。
だから、彼女がさっさとおディーン様トークに花を咲かせたいのもわかっている。
そもそもが今日こうして二人でいるのも、彼女からこんな連絡が来たからだった。
“おでんでも食べながらおディーン様の話をしようや”
もはやおでんでもないし、私の一週間のトリッキー過ぎる読字録に盛大に妨害され目的を果たせずにいるトゥーン。
【読字録】(新語)
「読書」が「文章」を読むことであるのに対し、
書物内の「文章」を「文章」としてではなく「文字」単位で「見る」という楽しみ方を指す語。
「で、その二六一ページに何が書いてあるの?」
「え、聞く? 聞いちゃう?」
「子供じゃねえんだからさ、茶碗くらい綺麗にしろって」
確かに青柳雅春は意識しているわけではないのだが、ご飯を食べる際、茶碗についた米粒をそのまま残す癖があった。
「うん、それで?」
「青柳雅春んちはさ、両親も米粒残す習性があったらしくてなんらおかしいことじゃないと思ってたらしいんだよ!」
「あー……食事のマナーとかってね、後天的遺伝要素だよね。」
「でさ、それに対して森田森吾……モリタシンゴってモリタの“モリ”は言わずもがなあの“森”なんだけどさ、シンゴの“シン”も“森”なんだよウケる。で、そんなモリタモリゴがさ……」
「贅沢なんだよ、米を残すなんて、もったいねえっつうの」
「とたしなめるわけよ。」
ここで、隣のテーブルで回鍋肉定食を食べていたラフの極み親父が慌てて自分の茶碗を突っつき始めたがすでに何も残っていなかったらしく胸を撫で下ろしているのを横目で確認した。
「なるほどね、モリタモリゴがね。」
「我が父も米粒残す習性があるから、俺はこうはならねえぞ!と心に決めたわけ。」
「俺?!」
「でもさ、幼少期のワシは少食だったから残すのが米粒じゃなくて、食べるのが米粒だったんだよ。」
「ワシ?!」
「五粒食べたらお腹いっぱい。」
「五粒残しではなく?」
「そう。だから実質私は茶碗に米粒残す妖怪ではないでしょう?」
「いや、それ別ジャンルでタチ悪いけどね?」
「そうなんだよ、これで私無限に母親にうんざりされてたからね!」
「なんでそんな自慢げなの?」
ここで、トゥーンがビールをおかわりする。
「それでさ、たしなめられた青柳が言うんだよ。」
「米粒を全部、食い尽くすなんて、皆殺しにするみたいで、残酷じゃないか」
「……ってさ。」
「ほお。」
トゥーンは何か言いたげだったが、言葉をビールと一緒に飲み込んだ。
「これ、伊坂幸太郎から幼き私への処世術的アドバイスじゃない?」
「絶対違う。」
そう、絶対に違うのだ。
『ゴールデンスランバー』が世に送り出されたのは二〇〇七年十一月三十日。
この時まだ子どもではあったが幼きってほどの子どもではなかった。
そもそも私は伊坂幸太郎氏のことを知っているが、あちらは私を知らない。
当たり前である。
「でさ、二六三ページがやばいんだよ。」
「なに? 事件?」
「ある意味、事件。」
「七行目から十二行目、そう。たかだか六行の間に“森田森吾”って四文字熟語が三回も出てくる。つまり、二回に一回、五分五分、半分の確率でモリンゴ|が出てくる!」
「四文字熟語じゃなくて、人名。あと二回に一回じゃなくて二行に一回!」
「正確には、七行目に一回目、九行目に二回目、飛んで十一行目に“森田”で十二行目の頭に“森吾”。分裂!」
今度は酸辣湯麺のスープと共に、言葉を飲み込むトゥーン。
先ほどのオイッスによる酸の圧で咽せる。
心の中で。
彼女が飲んだ言葉は間違いなく、酸味の効いた「それ、改行でしょ」とピリッと辛い「二六一ページの八行目、九行目以外も読んでるじゃねえか」である。
ガコッドドッ!
隣の席のラフの極み親父が立ち上がるもなぜかふらつく。
「おおっとォ!すまねえ!」
と言うので、「無事ですか?」と尋ねる。
すると、
「“すまねえ!”などと言ってしまい申し訳ありません。撤回させてください! 申し訳ございません。それからワタクシは大丈夫ですので、お構いなく! お食事楽しんで。」
と一発目の謝罪を撤回し、再度謝罪、そして自身の無事及びお食事的グッドラックを伝えてくれた。
彼が去った後のテーブルに残された皿は、まるで初めから何も乗っていなかったかのように綺麗だった。
下膳に来た本場中国の女性が、
「哎呀!真漂亮!」
(うーわ!めっちゃ綺麗やん!)
的なことを叫んでいた。
あくまでも多分だ。
食べ方も、去り際も美しいラフの極み親父である。
ここまで大変滑らかにことが進んでいるかのように書いているが、私はこの間もズビズビズビズビ鼻をかんでいる。
ただでさえナイアガラと化したままの我が鼻は、餃子の温かさにほだされその流量を増している。
「ねえ、もう笑っちゃうくらい鼻水出てるけど大丈夫?北村匠海にやられた?」
──北村匠海だと?!
北村匠海さんといえば、私をじゃんけん三番勝負で打ち負かした挙句借金まみれにして去っていったことが記憶に新しい。
※あくまでも夢の中の話。
「タクミンにはこの間じゃんけんでボロ負けしたよ……」
「一体なんのはなしですか?」
「見た夢の話。」
北村匠海さんとじゃんけん三番勝負をして全負けしました。
(中略)
阿佐ヶ谷駅前で突然、北村匠海さんに“さんま”を挑まれた。
(中略)
突然挑まれた三番勝負に完敗し、
自腹での賞金5億円と、我が夢への出演に対するギャラ支払いのせいで突如として借金取りに追われることになったのだ。
「それにしたってその鼻水は……」
「なんで鼻水とTKが関係あんの?」
「北村匠海のエスパーがエンドレス鼻水&涙なんだよ!」
What?
とんでもないネタバレをぶっこまれてmore than 鼻水である。
「ああ……じゃあ私あのジャンケンの時に……おのれきさまキタクめ……」
「さっきから気になってたんだけどさ。」
「おん?」
「“北村匠海”だけで一体どれだけ言い換えがあるわけよ。」
「いっぱい。」
「言ってみ? 正直に。全部。」
「タクミン、TK、キタク、ムラタク、北海、ミクタラムタキ。」
「最後なんかただ逆から読んだだけじゃん! 小学生かよ!」
「いや、魔法の呪文っぽくていいじゃん。ミクタラムタキー!! シュウウウウウウ!!!!」
「何? シュウウウウウウ!!!! って何?」
「あんぱんが焼きあがる音。」
「それは朝ドラ!!!」
こうして我々の不毛なお話は咲き乱れる花の如くまだまだ続いていく。
ここまでまだ登場することなくなりを潜めているおディーン様が、こっそりと我々のブローカ野とウェルニッケ野を撫で回していったのだろう。
私は帰宅し、件の“ちょっスパ”第五話を観ようと録画リストを遡るが……
無!
なぜ!
「おしりたんてい」しかない!
犯人探しをするも、自身から湧き出るニンニク臭で鼻が効かぬ。
まだ観ぬ“ちょっスパ”第五話に涙及び鼻水が止まらない、月曜日の夜。
私はまた、北村匠海に泣かされるのであった。
↑
トゥーンの旦那が浮気しているかもしれないので、レオナルド・ダ・ヴィンチんちの庭の桃を食わせる話。
【参考資料】
◽︎テレビ朝日
ちょっとだけエスパー
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はーい!
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ポテトチップスよりも
お・ぬ・し