誤変換で臨死体験
絶対笑ってはいけない雰囲気のカンファレンスの日に限って
妙な誤変換やタイプミスがふんだんに散りばめられている罠。
頭すっから看護師の私への試練のように、そのワードは突然やってくる。
看護師は白衣の天使ではない、
“悪意の天使”だ。
間違いない。
“絶対に笑ってはいけないカンファレンス”の始まり始まり。
葬式以上に厳かかつ、新人の人権が疎かにされがちなICUでのカンファレンスを生き抜くコツは
とにかく存在感を消すこと。
いかに椅子に擬態できるかにかかっていると言っても過言ではありません。
とはいえマインド強すぎ同期のマイちゃんは右隣で
「カンファレンス中の自分のSpO2を常時観察する」
などと訳の分からないことを言って左手人差し指にパルスオキシメータを装着しているし、
左隣の1つ上のN道先輩の後頭部には発芽玄米風の寝癖がついているし、
この段階で視覚的に耐え難い爆笑因子が2つも存在しているのです。
開始時間までひたすら鼻の付け根をグイグイと押して
湧き上がる笑いを押し殺していました。
時は来た。
ボゴッズシュアーーーー!!!!!
カンファレンス室のドアは開閉に伴いクセツヨサウンドを放つ。
このことを失念していた私は
「ックェ!!」
と噴き出し未遂音を発してしまい、
自分で出した音で笑いそうになるという拷問を自分に課すというやらかしよう。
そんなことはお構いなしに
羅刹の鎧をまといし師長が登場。
部屋が緊張感で満たされ、
酸素濃度がヒマラヤ山頂並みに薄くなる。
「はあ…私は忙しいのよ…」
これは師長のお決まりの登場台詞なので、特に問題はない、慣れた。
マイちゃん「(小声)見て!タキってる。」
【タキる】
呼吸や脈が早くなることを意味する業界用語。
頻脈を意味する英語「tachycardia」に由来する。
【マイちゃんのパルスオキシメータ表示】
「SpO2=98% PRbpm=132」
【正常値】
SpO2=96〜99%
PR=60〜100回/分
いくらなんでもタキり過ぎでしょう。
彼女の師長性頻脈がキツすぎて
必死に笑いを堪えている私の指をマイちゃんがパルスオキシメータで挟みます。
【私のパルスオキシメータ表示】
SpO2=93% PRbpm=140
【正常値】
SpO2=96〜99%
PR=60〜100回/分
とんでもない異常値。
患者だったらアラーム鳴動待った無し。
もうやめてくれ、死んでしまう。
複数の意味で死んでしまう。
頭の中で鳴り響くイマジナリーアラーム音。
しかしこれは序章に過ぎなかったのです。
この日の資料作成担当は後頭部発芽玄米のN道先輩。
なぜか師長が入ってきてからの資料配布だった為、
事前に目を通すことができなかった私。
たいがい彼が作る資料には
カンファレンスの内容とは関係のないのんきなイラストがついてくる為
相当慎重にページをめくらねば爆死街道まっしぐら。
恐る恐る1枚目をめくると…

2021.1.30公開
歯の話でもなんでもないのにこれ。
A4の紙に目一杯の歯の天使。
堕天使ならぬ“歯天使”。
いつもならばもっと中央あたりのページの
文字と文字の間あたりに忍ばせてくるのに
この日に限って表紙の直後、
ドラマなんかの
出演字幕で言えばサブ主人公ポジションにぶっ込んでくるふざけよう。
これが“絶対に笑ってはいけないカンファレンス”でもなんでもなければこういうノリは大好きです。
ですがね、誰がなんと言おうと
“絶対に笑ってはいけないカンファレンス”なのです。
笑おうものなら劫火にあぶられる未来が待っていますからね。
師長はというと
これを完全にスルー。
表情はまさに冷え切った鉄。
全く動じない。
さながら不動明王から慈悲を全て抜き取ったといった形相。
スルーしつつも確実に怒りのボルテージが上がっていることだけはわかります。
それを逆撫でするかのようにN道先輩は言葉を放ちます。
N道先輩「2ページ目は僕から皆さんへの心ばかりのプレゼントです。それでは今からカンファレンスを始めたいと“思います”。」
師長「“思わなくていい”から始めて。私は忙しいんだから。」
ひとり、見えるようで見えぬ敵と戦う私をよそにカンファレンスは進んでいきます。
秒針はサイナスリズムを刻むのに、
私の心臓はVFが如し。
小さな黒い文字が珍しく真面目に整列している5ページ目。
しかし雲行きが怪しくなる半分より少し下。
赤文字の背景は蛍光イエロー、そして太字、さらに若干字が大きくなっている。

何をどう変換すればこうなるんですか。
わざとですか。
臨 between 死 and 死
もはや私が“臨”という文字になった気分です。


ICUには死臨死シリンジポンプタワーが当たり前のように存在しているので
今後業務中“死臨死”が出てこようものなら常時臨死体験だと思いつつ、
“死臨死”が登場しない日などというものは存在しないので
この仕事をしている限り永遠に“死臨死”に命を狙われなければならないと気づいてしまいました。
病院中の死臨死を亡き者にしてやろうと決意した結果、
自分が亡き者にされました。
ある種、“社会的臨死体験”です。
退職してからN道先輩に死臨死の真相について詰めたら
「誤変換には気付いていたけど、面白いからそのままにしておいた。」
と自白しました。
逮捕です。
いいなと思ったら応援しよう!
よもぎちゃーん!
はーい!
何が好き?
ポテトチップスよりも
お・ぬ・し