阿鼻叫喚!地獄の両家顔合わせ
「本日はお日柄もよく、ご両家様には誠におめでとうござい……って違う! これは仲人の台詞だ!」
二〇二五年十一月三十日、日曜日、友引。
天気、晴れ。
お日柄も、お天気も大変よろしい日曜日の午前九時。
天野は鏡の前で、髪型のチェックに余念がない。
年に二回程度しか登場しない、彼曰く“とっておき”のネイビーのスーツをカチッと着こなしている。
その近くで私はケツをぼりぼり掻きながら、
「何? 仕事?」とすっとぼけて聞いてみる。
「よもちゃん? 今日は、とっても大事な日なんだよ。わかる? 俺がこのスーツを着てるってことはさ、すごく大事な日なんだよ。ね?」
何が「ね?」だ!
今にも宇野昌磨選手が四回転サルコウでもキメそうなくらい、良い感じのスケートリンク風のカチカチ前髪で私に念を押すな!
三億光年早い。
今日はアレだ。
例の、両家顔合わせの日である。
なにやら娘がプロポーズされたらしいのだ。
そして、明日未来の息子が会いにくると言うではないか。
「これは、俺がよもちゃんの家に挨拶に行った時に着てたスーツ! わかる? その日、よもちゃんのお父さん、緑色のワニがついたセーター着てたでしょう! 覚えてる?」
どっちも覚えとらんわい!
ちなみにそのワニのついたセーター、黄色と紺もあるけどな!
だが、両家顔合わせの日に、りんご飴の善し悪しの基準が気合い入っているかいないかの人(=義母)がド緑のパンチパーマで現れたことは覚えている。
それで私が、
「神聖ブロッコリーちゃん」だの「仏像戦隊マカハンニャー!大仏グリーン!」だのと大騒ぎして、神仏習合、阿鼻叫喚の嵐を巻き起こしたこともよく覚えてる。
さらにスットコドッコイこと天野の父がなぜか旅雑誌『るるぶ(岐阜)』を抱きしめてモジモジしていていた。
「君、漏らしたもうことなかれ。」
と与謝野晶子もおかんむり待ったなしのフレーズを頭で唱えていたところ、我が父が「お手洗いなら右にありますが一緒にいきましょうか?」と連れションを真顔で提案し始めて「怖」。
顔面のみならず思考が自分と同じで「怖」。
そしておじさんの連れション、「怖」。
で、この『るるぶ(岐阜)』がなんだったのかというと、
「義父と義父で、岐阜旅行したい。」
という親父ギャグ的希望を厳かに述べたことも覚えている。
しかし、天野のスーツがこれだったかどうかは全く覚えていない。
とにもかくにも主役が我々ではなく親たちだったことは確かだ。
「だからね、きっと向こうのご両親もちゃんとした格好で来ると思うんだ。 だから……」
天野の五歳児向け説教は続く。
もう宇野昌磨はキス・アンド・クライの方へ捌けている。
なお、顔合わせの会場は近所の公園(徒歩五分)である。
相変わらず、絶好の公演日和である。
平穏を切り裂くように、
「ギエエエエエエエエエエエエエエ!!!!」
という隣の家のアラナイ(齢八十九歳・朝は納豆過激派)の悲鳴が締め忘れた風呂場の窓から飛び込んできた。
慌てて声のした方へ向かうと、そこにはひっくり返ったシルバーカーとひっくり返ったアラナイと、立ち尽くすアラナイの息子・アラカンのマー君がいる。
マー君はアラナイ宅の後ろに、山でもないのに山小屋を建ててそこで妻と暮らしている。
……何近所のおじさんのこと“マー君”呼ばわりしてるんだよとお思いだろうが、これは本人がそう呼べと言ってきたのであって私に罪はない!
だから、「お前の罪を数えろ!」と言われても、今日の私には数える罪はない!
いや、ある!
ケツをボリボリ掻いたことだ!
天野がこれをやると「汚ねえ」だなんだ文句言うクセに自分はやったんだからな!
反省した!
すまなかった!
でだ。
アラナイの視線をゆっくりと辿ってみたところ、赤と白のミニシクラメンが無惨な姿で倒れている。
これは金曜日、アラナイがウッキウキで買ってきてワックワクで並べたあの四つのシクラメンだ。
シクラメンが乗っていた棚も倒壊し、跡形もない。
コナン君を待つまでもなく、犯人はマー君である。
マー君の趣味はかねてより、高圧洗浄機での掃除だ。
暇さえあればブオオオオ!!!!ブオオオオ!!!!とやっている。
それで一回我が家の裏のアパートの兄貴が
「うるせえ!」とブチギレたことがあった。
なのになぜ性懲りなくほぼ三六五日絶え間なく高圧洗浄してるかって……
元・やり手デパート販売員のマー君はそれはそれはもう熱心に高圧洗浄機の良さを説いたわけだよ。
その熱心さにほだされ今じゃニキの方から
「おう、やってんなジジイ!」
などと声をかける仲に。
それはそれでどうなんだ、ニキ!
ジジイ呼びはいいのか?
それはまあいいとしてだな。
実はマー君、ついに念願のケルヒャーの高圧洗浄機を購入したのだ。
奇しくも、アラナイがウッキウキでシクラメンを買ってきたのと同じ金曜日に。
「今日はおふくろの誕生日だから……その、壁を……綺麗にしようと思って……」
なんだかマー君が小学五年生の少年に見えてきた。
この寒いのに半袖半ズボンで、ぺっしゃんこの塗装がボロボロになったランドセルを背負う、少年に。
母親の誕生日、お小遣いで何か買おうと思ったけど足りなかったから人んちの柿の実をもいできてしまって静かに怒られる健気な少年に。
そしてアラナイは表情をほんの少しだけ緩め、マー君の頭にポンと手を乗せて、
「ほら、謝りに行くよ。」と秋の夕焼けの道を……
と夕日により影だけになった二人の姿を思い浮かべたところで、ひっくり返ったままのアラナイがわりと強めの口調で、
「誕生日は明日だよ!」と言った。
この世の終わり!
友引なのに仏滅の空気!
幸先がお悪い!
だって、アラナイんちの裏庭、
「縁日の射的、アーマライトM16A2でやってみた!」
といった迷惑系YouTuber去りし後の様相を見せている。
【アーマライトM16A2】
漫画『ゴルゴ13』の主人公・デューク東郷が使用するアサルトライフル。
第100巻339話以降から使用。
(1993年頃)
要するに何かって
我々アラウンドサーティの間で久しぶりに連絡が来たらまず、
「新興宗教・マルチ・保険」を疑えというのが定石である。
それと同じく最近のアラカンことアラウンド棺桶……否、アラウンド還暦は「SNSを始めたから応援よろ〜」で、絶対に「観ろ」、そして観た上で「清きグッドボタンないしいいねよろ〜」というわけだ。
マー君がYouTubeやってませんように、とわけのわからない祈りを捧げた。
午前九時五十分。
相変わらず、天気は良い。
天気を“良い”“悪い”で一刀両断にするのは私の好みではないが、一般的には“良い”に分類される天気である。
お日柄は悪い。
悪いというか、少し前に悪くなった。
しかし、午前十時からの両家顔合わせの事実が変更されることはない。
徒歩五分の距離が、富士山の五号目から頂上までの如く感じられるのは考えるまでもなくこの男が原因だ。
たかだかいつもの公園に行くだけなのに、さながら一年生議員の初登院のような緊張感とピシッと整ったスーツ、そしてガチガチに固まっている髪の毛。
この後インタビューされることを想定して先回りドキドキを隠ししれない国会議員然としている。
「本日は……ンッウー! えー、あー、本日はー、お日柄も……」
「だからそれいらないから! それ仲人のセリフだから! しかもそれ結納の儀のやつだから!」
太陽光をものともせずビカビカと光を跳ね除けるスケートリンク的な前髪が眩しい。
もう溶けてくれよ!
公園には、何組もの家族連れが集まっている。
そりゃあ……公園日和だもんな。
「●●ちゃーん!」
「リツ君(仮名)!」
あいつか!
あいつが我が娘を「二番目に愛している」と言ってのけた男か!
いけすかねェ野郎だぜ!
と言いたいのに、爽やかツーブロックにジャストサイズのネイビースウェットセットアップ、小学生らしからぬ白いままのスニーカー……
「初めまして。●●ちゃんと同じクラスのリツです。いつも、お世話になっています! ●●ちゃんとは今年初めて同じクラスになったけど、一年生の頃から仲良くさせてもらっています。」
なんだこの好青年ぶりは!
ぐぬぬ……
好青年過ぎて、いけすかねェ!
私の中の、昭和親父の血が騒ぐ。
※生まれも育ちも平成、平成に結婚し、平成に出産し、なんでもかんでも平成に詰め込んできた生粋の平成酷使人間。
「はあはあ……もう! リツ! 速いって!」
リツ君の母、息も絶え絶え登場。
メガネがひん曲がっている。
そして、右手にはなぜか食べかけのピッツァマルゲリータ。
左手には小さめの野球バット。
……そういえば夏の保護者会の時、
ピザのヘアクリップで髪をまとめ、ピザ柄のTシャツで現れたんだったな。
私はピザについて触れたいが、触れたら負けな気がした。
そこで、
「それはすっぴん隠しメガネでしょうか?」
とそれはそれでいかがなものか、な質問をした。
──まず挨拶をしろよ!
我ながら無礼だな!
彼女がヤンキーだったら今頃、あのバットでボッコボコにされているところだった。
なお、回答はこうである。
「いいえ、本職のメガネです。そちらは?」
「こちらはフリーランスの裸眼です。」
いや、フリーランスの裸眼って何だよ。
我ながら訳がわからんぞなもし。
ただ、我々はどちらも本職のヤンキーも逃げ出しそうなほどにとんでもない格好をしている。
向こうは、金ピカの蝶が舞うジャージ。
そしてピザと野球バット装備。
こちらは紫に金ラインのすさまじいジャージ。
装備品は特になし。
ただ、我が左手は相変わらず四方八方縦横無尽に(脂肪で)のびのびと広がる腹を撫で、右手は今のところ手持ち無沙汰である。
「おはようございます!」
「おはようございます!」
ホワーッツ?
ここは、いつから企業の朝礼会場になったのでしょう。
スーツ姿の男性二人組が日曜午前中の公園で絶対に聞きたくない、見たくない挨拶を交わしている。
日光から三匹中二匹の猿が強い意志を持ってウキキウキキとやってきそうなほどである。
「ごほん。本日は、お日柄もよく……」
お日柄はよくなくなったんだよ!
さっき急遽仏滅に変わったんだよ!
「ねえ! それ、仲人の台詞だって言っ……」
私の右手が宙を舞う。
ピンとしたスーツが、ズバっと風を切り攻撃をかわす。
おのれキサマァ……
「ではワタクシが。ごほん。本日は、お日……」
ビュッと何が空を裂く音がした。
「グハァッ……!」
スーツ姿の男性がその場にうずくまる。
「だからぁ、結納じゃないっつってんの!」
リツ君の母がピッツァマルゲリータを豪快に噛みちぎりながら、バットを引きずっている。
若い二人はこちらのことなどお構いなしにキャッキャウフフと遊びに遊んでいる。
気づけばクラスの他の子たちも集まっていて、もはや顔合わせでもデートでも何でもなく
こまっしゃくれもせず豪快におにごっこで盛り上がっている。
いつだって空回りしているのは親の方で、手のひらで転がされているのは大人の方なのかもしれない。
アラナイのシクラメン並みに豪快にひっくり返っているリツ君の父だって、それをピザを食み食み見下ろすリツ君の父だって、実は一睡もせずにスピーチの内容を考えていた天野だって、娘が二番目の女にされかけて昭和の父親に化ちまう私だって、かつては大人を手のひらで転がしていたのだ。
いつのまにか人生の主役の座を子どもに明け渡していた感が否めない。
──と言ったが、やはり日曜日午前の公園にスーツで現れてみたり、ピザ食いちぎってみたり、すさまじい配色のジャージで変なこと言ってみたりと主役さながらに振る舞ってしまう現実のまた然りだ。
こうして宴も酣ではございますが、時間の都合上そろそろ両家顔合わせをお開きにしたいと存じます。
は、
親がアホほどブチ上がっておりまが、友引は午前11時から午後1時が“凶”で、そろそろ縁起最悪タイム突入なので解散です。
の意味である。
こうして、我々は帰路につく。
天野の髪は、もう光を弾き返していない。
娘はたくさん遊んで満足したのか、にこにこしている。
自宅に着くと、アラナイがおしゃれ着に着替えてすまし顔で立っている。
シクラメンは花壇に赤白交互、おめでたく並んでいる。
「今日、私誕生日なのよ。」
いつもの、テンション低めのアラナイの声だ。
でもその中には隠しきれていないウッキウキが潜んでいる。
しばらくしてスーツ姿のマー君が
「お待たせ、おふくろ!」と出てくる。
ケルヒャーの黄色い高圧洗浄機は玄関横に行儀よく座っている。
何でも、今からお祝いのランチを食べに行くらしい。
……ん?
でもさっき、「誕生日は明日だよ!」ってブチギレていたような……?
マー君がそそくさと近づいてきて耳打ちする。
「おふくろ、今日が二十九日だと思ってたみたいでさ。認知症かな?」
「なんだって? 誰が認知症だって?」
再びの激ギレである。
「なめてもらったら困る! 木曜日に補聴器直してもらったんだからね!」
マー君はまた、半袖半ズボンの少年に戻ってしまった。
しかし、よく分かった。
今日という日は本当にお日柄もよく宝物のような時間だったのだと。
でもそれは誰かの誕生日だったから、とか誰かの門出だったからなんてことではなくて……
って門出はしていない!
あと、よくわからないけどいい感じにまとめようとするな!
そうだ。
最後に、未来の息子へ。
前回私は君に「二番目に逃げるな、一番目と向き合え」と言った。
その気持ちは今も変わらん。
それどころか、君に会ってその思いはより強くなった。
そのまっすぐな心と澄み渡る心を一番目に向けること。
それを約束して欲しい。
それでも相手がNoと言うのなら潔くその身を引きなさい。
とはいえやはり……
我が娘をとっ捕まえて「二番目に愛してる」はいけすかねェ!
一昨日(金曜日)きやがれってんだ!
と思った矢先、
「ギエエエエエエエエエエエエエエ!!!!」
今度はマー君の叫び声が聴こえた。
もう巻き込まれたくないので窓から覗いてみると、スマートフォンを片手に青ざめているマー君が見える。
「予約……昨日だった……」
見なかった、聞かなかったことにしてそっと窓を閉じたのだった。
↑
なお、金曜日私は言い訳をしていた。
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お・ぬ・し