春はあけぼの、怒りはヴォルケーノ
春はあけぼの、俺は除け者。
だって、やるべきこともそっちのけで地元の事故物件の位置と数を調べたり、“シュレディンガーの猫”の真相について考えた結果、台所で気絶しているのだから、そりゃあ除け者にもなるさ。
と、開き直りとエクトプラズムの如き白い息を吐き出している丑三つ時。
……どちらかといえば機関車トーマスの呼気である。
顔色悪いし、まん丸だし。
そう言えばトーマスって頭から屁こいてるのかな……
それとも口からも頭からも息吐い……ゲフンゲフン!
私は訳あって夜明け間もない……否、明ける直前の空の下にいる。
空にはまだ、星がきらきらと輝いている。
ぶるぶる震えながら、
「ぬぁーにが“冬はつとめて”じゃ!おんどれぬくぬくと火鉢の横で書きよってからにィ!」
と、霜柱にザクザクと八つ当たりしながらどこぞの納言に向かって喧嘩を売る。
なお、こちらの喧嘩の希望小売価格は2万8000円なのだが納言が例のエッセイを発表した頃は確か銭が滅ぼされていたから売ったところで買ってもらえないのだが、とりあえず売る。
モノで払うつもりなら、蘇か干しアワビで許してやる。
というわけで喧嘩を打ったつもりが平安時代から反感を買うという、売りに行ったつもりが余計なもんを買ってしまう「安直に入った百均の法則」を発動させてしまったところで本題。
私はかねてより納言に良い印象を抱いていない。
だって女子高生だもん!
アイドルの名前とか、いつなんどき役に立つかわからない水素が爆発する瞬間を数字と元素記号で切り取った化学式とか友達の誕生日とか覚えておかなきゃいけないものがたくさんあるの!
脳みそ32GBだし、画素数だって……
携帯の容量と頭の容量、カメラの画素数と世界を切り取る解像度が比例していたあの頃の私。
だから「春はあけぼの」だのなんだのって……
そこに割く余裕なんてない!
……いやごめん。
アイドルの名前じゃなくて、変なポエムを書くために小難しい言葉を覚えたり、友達の誕生日は全然覚えてなくてMステの次回ゲストの名前を更新することに忙しかった。
そんな私は目を血走らせ、
「納言はさ、机上の空論もいいところだよ!」
と息巻いては気管に唐揚げを詰まらせていた。
いと、はかばかしではなく馬鹿馬鹿しい!
先程から納言納言申し上げているが皆さんご存知の通り清少納言のことを言っている。
清少納言といえば平安が生んだエッセイイスト……あろうことか初代エモである。
【清少納言】
平安時代中期のエモエッセイスト。
中宮定子に仕えた。
言わずと知れた『枕草子』は日本三大エッセイの一つである。
中古三十六歌仙および女房三十六歌仙の一人。
そりゃあもちろん彼女の美的センスときたら、素晴らしいですよ。
私なら、「春は花粉、やうやう赤くなりゆく鼻」などという個人的な季節への恨みに始まり、夏には「蚊の音などはいとわろし」とつらみを連ね、「秋は焼き芋」と今度は食欲に走るに違いない。
でも、納言は春の日の出前の空の色に美しさを見出し、夏の雨や蛍の光を愛で、秋には遠くの空を飛ぶ雁の群れにまで思いを馳せている。
私にはせいぜい遠くの空を飛んでいるカモメを「V」の字で描くことくらいしかできるまい。
「雁って何だよ!鳥のくせに“鳥”偏ついてねェじゃん!」
とか言ってのけるくらいだからな。
それはいいとして、問題は冬だ。
私が納言を好きになれない理由は全て冬に詰まっている。
大前提として納言は十二単を着て、これを書いている。
火鉢の横で、ぬくぬくと。
〈原文〉
冬は、つとめて。雪の降りたるは、言ふべきにもあらず。霜のいと白きも。またさらでも、いと寒きに、火など急ぎおこして、炭持てわたるも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白き灰がちになりて、わろし。
〈現代語訳〉
冬は、早朝がイカす。
雪が降り積もっている早朝は、言いうまでもなくイカす。
霜が真っ白におりているのもエモい。
またそうでなくても、ひどく寒いので、火など急いでおこして、炭を持って行くのも、まさに冬の早朝にぴったり。
昼になって、だんだん暖かくなり寒さがゆるんでいくと、火桶の火も白く灰が多くなってよくない。
これは現代人がジェラートピケのもこもこルームウェアに身を包み、ホットココアをふうふう吹きながらエアコンの効いた部屋で
「ホットココアの熱さを連れてこの冬を溶かしていく。」
とかなんとか宣っているのとなんらかわらないのだ。
わかるか?
「寒ーい」とかいいながらもこもこのショートパンツに生足、ペラッペラのレース付きのキャミソールにジッパー半分開けのもこもこパーカー、クマモチーフのヘアバンドででこ丸出し。
ホットココアの片隅にはシャインマスカットだからな?
温めたいのか冷やしたいのかわからない!
しかも、ココアの甘さで無味のシャインマスカットが爆誕しちまうだろう!
情緒不安定&シャインマスカットの無駄遣いにもほどがあるだろう!
早急に靴下を履け!
ジッパーを閉めろ!
そもそも長ズボン履け!
それからシャインマスカットは身体冷やすから干し柿を食え!
なお、本気で「寒ーい」奴は、ユニクロの超極暖(カイロ3枚貼り)によれよれの分厚い長袖長ズボンのスウェット(毛玉だらけ)の上にカーディガン(毛玉だらけ)を羽織り、わけのわからないダサい膝掛けで武装するべし。
まあそれ、私なんですけど。
大事なことだからもう一回言うが、大前提として納言は十二単を着ている。
──冬は、つとめて。
まあ、百歩譲って許す。
確かに毛穴が引き締まる感じがしていいような気がしなくもない。
──雪の降りたるは、言ふべきにもあらず。
その降り積もった雪は……誰が掻くのでしょうかね。
だってそうでしょう?
重さ十キロもある十二単を着て、雪かきできる?
……ねえ、できないよね?
つまり、
「雪は進まない原稿と同じくらい真っ白で、私の涙の熱までも奪っていく。なんだかそれが美しくて、もっと、泣いた。雪を抱きしめて日付を……(自重)」
とか反吐が出そうなエモ構文垂れ流している時に外では誰かが雪をズオオオオオ……ズオオオオオオ……と掻いているわけだろう?
あんたは部屋の中でぬくぬくと書く。
誰かは外でぶるぶる震えながら掻く。
「雪の降りたるは、言ふべきにもあらず」
なんてのは雪かきしない奴の身勝手な美意識と自己陶酔性の快感に過ぎないのだよ!
今こそ納言に問いたい。
二つだ!
たったの二つでいい、問いたい。
一つ目!
火など急ぎおこしたこと、あるんか?
二つ目!
炭持てわたったこと、あるんか?
どう考えたって十二単を着て火起こしたら引火して己が火桶の中身と化すだろうし、
あんな重たいものを着て炭持てわたらんだろう。
仮に炭持てわたったとしよう。
いとつきづきしとはならぬだろう!
「ふう! 面倒くさかった! 肩凝った! 床冷えよ床暖房導入しやがれしけてんな宮廷!」としかならない。
私なら。
と、華のJKの頃から思っている。
定期試験の解答用紙に『枕草子』=「をかしの文学」とシャーペンの芯を走らせる時、何度も何度も芯を折った。
「何がをかしじゃ! ちゃんちゃらおかしいの間違いだろ!」
何の罪もないギャル男・大橋君の腰についている銀のウォレットチェーンがチャラチャラいうのすらわろしで、「滅!」と思っていた。
ところで、今年は冬の訪れを告げる雪虫の数が異常だ。
第一志望校の入試の朝に何十個も目覚まし時計が鳴り響くが如く、冬アラームとしての雪虫がアラーム通り越してアラート状態である。
あれはちらほらと、初雪の降りはじめのように飛ぶからこそ美しい。
それなのに、今年は酸ヶ湯温泉のもう3日間も降り続く大雪の如く積もっている。
もはや飛んでいない。
積もっている。
先日、納言的には興醒めな冬の夕方に外出の用事があり道をノシノシ歩いていたところ一匹の雪虫がふわりと飛んできた。
「そうか、もう冬か……寒空の下、おでん食べたいな……大根にしらたき、フワッフワのはんぺんに……」
おい、納言!
秋ならずとも夕方、イカすぜ?
としたり顔でさらにノシノシと歩みを進めると、もう一匹ふわりふわりと雪虫が飛んできた。
おお……冬の夕暮れ、いとをかし!
なんだよ、風情があるじゃねえか!
冬来る 不吉ならざる報せ虫 舞いし夕暮れ 美しきかな
〈訳〉
冬の訪れを告げる、不吉ではない“虫の知らせ”が舞う夕暮れは、なかなかに美しいんじゃない?
気を良くした私は寒さも忘れてガンガン進んでいく。
それは嘘。
寒さはしっかりと感じているしおでんの妄想もしっかりと続けている。
肩甲骨と肩甲骨の間に貼ったカイロを印籠の如く納言に見せつけながら。
文明自慢!
しかし、様子がおかしい。
突如として視界が真っ白に染まったのだ。
なんというタイミングでのホワイトアウト!
私の意識は明治三十五年の八甲田山に飛んでいた。
もはやこれまで、と舌を噛み自決する若かりし日の北大路欣也氏演じる神田大尉……
とかなんとかまた訳の分からない例えを始めてそれこそシュレディンガーの猫でどつぼにはまって気絶するかの如く本当に事切れてしまう。
雪虫の大盤振る舞いはいらんのじゃ。
興醒めじゃ。
いと、わろしだ!
そもそもが、雪虫を雪虫と呼べるのはせいぜい三匹ほどがふわりふわりと舞っている時のみで、
大盤振る舞いされた時点でそれはもうアブラムシでしかないのだ。
トドノネオオワタムシという名のアブラムシでしか!
四匹以上でいと、わろし。
夜明け直前に吐き出した白いエクトプラズムを、白い虫の形で鼻から回収することになるなんて聞いてないぞ。
伏線って鼻で回収するもんじゃないだろ!
納言、そなたも十二単でこの雪虫吹き荒む道を歩いてみろ。
長袴の隙間から足にべったり貼り付くトドノネオオワタムシ、単の中にもトドノネオオワタムシ、五衣・打衣・表着、それぞれの間にはパイ生地の間に挟まるバターの如くトドノネオオワタムシ、唐衣と裳の表面にもトドノネオオワタムシだぞ。
その艶やかな緑がかった黒く長い大垂髪も真っ白になるんだぞ。
わかってんのか?
「最後にもう一つだけ、よろしいですか?」
時空を超えた杉下右京はトドノネオオワタムシに塗れた人差し指を立てる。
そんな姿オブ無様になってでも「いとをかし」を続ける覚悟はあるんか?
ないのなら……恥を知りなさい!
気付けば春のような陽射しに照らされ、部屋はぬくまっている。
ねえ、納言?
そっちは今“火桶の火も、白き灰がちになりて、わろし”なの?
こっちは暖房の温風も、温度探知装置が自制して止まり、でももう陽射しで暖かいから、いとをかしだよ。
私、間違ってた。
急いで火を起こしたことがなくても、寒い廊下を炭を持って歩いたことがなくても……むしろ経験していないからこそ、本質が見せてしまう人間臭い嫌悪感をとっぱらった美しさだけを描き出せたんだよね。
あんたのこと、頭でっかちのガリ勉ちゃんなんて馬鹿にしたこと反省してる。
私が馬鹿だった!
あんたはこれからもあんたにしか磨けないレンズを通した世界を私に見せて?
私はあんたに、その裏っかわの下世話だけどちょっとおもしろいところ、こっそり教えるからさ。
外ではまた、一匹、二匹と雪虫が舞っている。
本格的な冬の訪れを待っている。
冬もあけぼの。
私はまた、除け者なのかしら?
とでも言うと思ったか?
さあ、納言!
勝負はここからだ!
と意気込んだところで私はまたトドノネオオワタムシという名のアブラムシにまみれている。
我が冬の陣、閉幕とする。
しかしリアル冬、まだこれから。
トウキョウ、フユ、サムイ。
トウキョウ、ジゴク!
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文学部に籍を置きながら文学と距離を置く私シリーズ(近代文学編)
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