絶対零度のメリークリスマス
いくらなんでも街が浮かれすぎではないか?
我が街では電飾にアイデンティティを奪われた銀杏並木がキンキラキンキラ輝いておるぞ!
潤んだ瞳に映り込むその光をぶつけ合うカップルで溢れかえっている。
なお、角膜オンボロの私の前で光など無力!
全て吸われておしまいだ。
というわけで、体重が相変わらず二百キログラムもあるので浮き足立つことすらできない私は今年もイルミネーションキャンセル界隈常駐だ。
──十八歳。
クリスマスを前に私は何も考えていなかった。
強いて言えば、毎年毎年ジャケットの色と封入特典が変わるだけのラルクのHurry Xmasが巷で若干ディスられている件について「ごめんね」と謝罪して回っていたくらいだ。
寒風吹き荒む煉瓦造りの校舎の一角で私はモッズコートのフードに金髪を埋めて鼻水と明太スパをすすっていた。
気分は廃れたロンドンの一角、除け者たちの吹き溜まり。
俺はリバティーンズに憧れたバンド少年、シド・ニコルズ(十八歳・天秤座)。
「そこのコードはEm一択だろ!」
「何言ってんだ、Am7の方がいいに決まってる!」
ブチギレてスタジオを飛び出す。
ドアを勢いよく開けて、煉瓦造りの外壁をドカッとひと蹴り。
クソ、クソ!
あの腐れ野郎、何もわかっちゃいねえ……!
もうあのバンドは終わりだ。
クソ食らえだ!
グゥゥゥゥ……
こんな時でも腹は減るのか。
自分で自分に中指おっ立てて俺はハラワタを煮詰めている。
唯一知っている日本語、
“ハラガヘッテハイクサハデキヌ”……
何言ってんだ。
イクサが終わってもなお腹が減ってんだ!
と悪態をつきながら巨大なクリスマスツリーを背後に安い明太子スパゲッティをすする……
待てよ、ロンドンのバンド少年は明太子スパゲッティをテイクアウトして箸で食べるか?
せめてフィッシュアンドチップスのフィッシュにモルトビネガーをアホほどぶっかけてしなしなにしてから食べるくらいだろうよ!
と、シドが音楽性の違い、なんて青臭い理由でバンドを解散させたところで心は高級住宅街に帰ってくる。
何をどう間違えたか私は捻くれている。
清廉潔白な心でイルミネーションを観られたら、どれだけ良かったでしょう。
あのロマンティックな光がどうにも人々の下心の輪郭をくっきりと浮かび上がらせるものだから、どうにもダメなのだ。
違う、そうじゃない!
すぐ盛りのついた何かみたいな方向に考えを持っていくからいけない。
でも考えてもみろ。
今、明太子スパゲッティをすすっている私に気付かず指を絡め合っている恋人たち。
そういうところなんだよ。
「三限……サボっちゃおっか……」
じゃないんだよ!
こちとら寒さと血糖値の上昇で
「……三限……サボらざるを得ない……」
だというのに!
そもそも、恋人がいるというだけで爆発させられる世界線で無防備に煌めく街をほっつき歩くなど言語道断。
お前たちのセキュリティはガバガバなのか?
そうは見えぬが爆発させられる側にいた私はバディの男に連絡を入れる。
「今年のクリスマスはきっと血塗られたものになる。その未来を我々の手で変えなければならない。」
と。
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爆発回避一年目
絶対零度!ラブホテル殺人事件(未遂)
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一般的な二十一歳と十八歳がピザとかチキンなんかを食べて、クリスマスにかこつけてベッドに傾れ込む頃合い。
私はかじかむ左手親指で数取器をカチッカチッと鳴らす。
天野はパック牛乳にさしたストローをくわえている。
「……また噛んだのか。」
「いやごめん……クセで。」
「いつもやめろと言っているだろう!」
あまりの寒さに苛立ってしまう。
普段気にならないクセはもちろんのこと、日頃疎ましく思っていた他人のクセが輪をかけて気に障る。
「そもそもがなんであんぱんと牛乳なんていかにもな組み合わせなんだよ!」
私はたい焼きの腹部を噛みちぎり、アイスコーヒーで流し込む。
氷の擦れる音はさながらオホーツク海!
指先は真っ赤にかじかんでいる。
「形から入るタイプだからさ……」
天野は弱々しく答える。
直後、私たちはブルブルと震えながらしゃがみ込む。
飲み物を地面に置く。
天野はあんぱんを、私はたい焼きをくわえ、互いの手を握り合う。
しかし無情にも絶対零度同士では温め合うことすらできない。
数取器は傍に転がっている。
でたらめな数字を示したまま。
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爆発回避二年目
夜に飛ぶ鳥カウンター
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「大根、たまご、はんぺん、もう一個たまご、大根……もう三個、それから……」
前年の反省をいかし、コンビニでおでんを購入した。
もう事件を食い止めようなどという大それた目標を立てることはやめにして、素直に「クリスマスのラブホテルを利用するカップルの組数」を数えることにした。
「どんどん入っていくな! まるで自販機に群がる蛾のようだ! フハハハハハ!」
品なく仁王立ちで魔王笑いする私は茶髪のふんわり巻き髪、白のコートにミニスカートだ。
同じような外見の女が男に擦り寄りながら、「なんだコイツ」の顔でこちらを見てくるのが快感だった。
「おい天野! 見ろ、あの女の巻き髪は三十分もすりゃあストレートに戻っていること間違いなしだ!」
天野はたまごを丸々一個、口の中に入れている。
私は自分の頭に銃口を突きつけるポーズをして、
「蛾の色」とだけ言った。
顔を真っ赤にして身悶える天野。
私はすっかり冷め切った大根をこれ見よがしにかじってやった。
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爆発回避三年目
やっぱりなりたい、刑事になりたい
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二度あることは三度ある、という社会通念に応えるべく我々はこの年もラブホテル前に張り込んでいる。
いい加減、スタッフに怒りの鉄槌のひとつでも喰らわせられてもおかしくないのだが今年も特段何も怒らない。
初々しさの残る精悍な顔立ちのマジもんの警察官のぎこちない敬礼に、滑らかな敬礼を返すワタクシ。
職質するまでもない、とるに足らないただの悪ふざけの奴らだと判断されたのだろう。
その後ろにいるベテラン警察官は彼の肩をたたくと、二人そろって雑踏へと消えていった。
就職して羽振りが良くなった天野がセレクトした張り込みのおともはピエール・エルメのマカロンだ。
コンセプトはブルジョワポリス。
やっていることは下品なのに、口に含むものは一流品だ。
ほろほろと解けるアーモンドプードルの香りをニルギリで流し込む。
「そっち何?」
「たぶん抹茶……」
「ピスタチオだよ!」
「これは……?」
「いちご!」
「……フランボワーズだって!」
我々は自分たちが馬鹿舌だということを失念していた。
緑色のお菓子はなんだって抹茶味だと思っているし、赤はいちご。
黄色はレモンだし、青は何かわからないけどとりあえず甘いやつ。
所持する通信機器がスマートフォンに変わったとて、味覚は依然として平成中期のガラケーのカメラの如し。
ニルギリなんて珍しい紅茶で味蕾を潤したところで、アールグレイの味すらわからないのだからなんら意味がない。
ただトイレに行きたくなったのみだ。
クリスマスにラブホテルを利用するのは心と心の繋がりよりも身体で繋がりたがる者たちのみにあらず。
最後の一部屋は、ただおしっこしたい人たちで埋まったのだった。
翌年、私たちは二十八平米の2Kの部屋でこたつに足を突っ込んでうつらうつらしている。
テレビを観るでも、音楽をかけるでもなく。
「ねえ、天野。今頃、ラブホテルは大盛況なのかな。」
「ルームサービスのピザもアホほど売れているんじゃないのかな……」
「私、天ぷら蕎麦が食べたい……」
のそのそと立ち上がり、湯を沸かす天野。
緑のたぬきにコポコポと注がれる湯が、窓辺に置かれた小さなクリスマスツリーの静かな光を捕らえている。
しなしなになったかき揚げを口に含んだ時、なぜか涙が出た。
「あったかいね。」
「うん、あったかい。」
毛細血管のじんわりと広がる感覚だけが今もなお全身に残っている。
身を焦がすようなクリスマスより、穏やかに温度を上げていく生活臭の漂う日常が幸せだと知った。
今日も街は浮かれモード。
私は地に足をつけ、のっしのっしと年末の道を踏み鳴らす。
「今年も日本式ローストチキンを頼むぞ。」
赤提灯的クリスマスが、今年もやってくる。
↑
2Kの部屋は何かが起こりがち。
↑
世界観だけがラルク。
◽︎シド・ニコルズが蹴飛ばしたスタジオのモデル
パイレートスタジオ
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お・ぬ・し