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舌上舌下唯我独尊

白過ぎる光のせいか、あくびが出た。
それも立て続けに三回。
ああ、若干トイレにも行きたい。
そしてまた、あくびが出た。

──ドスッ!

「……んだよ!」
舌打ち一回、衝撃の方を向く。
分厚い前髪の向こうから三白眼がこちらを睨みつけている。
……ん?
もう一度正面を向く。
再び毒みたいなマッシュルームの方を向く。

「おい剛! 治った!」
俺は左腕をぶん回した。
瞬間、奴はその腕を引っ掴んだ。
負けじと振り払う。

「恭平? 聴いてた?」

向き直ると唇がてっかてかのウサギみたいな顔の女が俺を睨んでいる。
「お、グロス変えました? それ、こないだ俺があげたディオ……」
背伸びして、必死に伸ばした指先で俺の両頬を挟んだ。
ギリギリと爪がめり込んでくる。
「あんたらのマネージャーになって早一年……恭平? あんたからはただの一度も何ももらったことないけど?」
ようやく離れた爪の痕をなぞりながら俺は辺りを見回した。

ダボダボの蛍光色の奴とか、化粧のすごい男とか、バラバラの制服の女なんかが揃いも揃って真剣な顔で誰もいないステージの方を向いている。

「なあ、なんなんだよ。新興宗教カルトか?」
俺は囁きを張り上げた。
「はあ……」
剛はせっかく整ったきのこ頭を掻きむしっている。
真っ白い床に青い毛が十本は落ちた。
いや、十二……十五。

「The Fig Fogsのリハーサル。絶対勉強になるから。しっかり見て、聴いて!」
薄暗闇の中のわずかな光を独り占めしているあの唇がに憎たらしく念を押す。

“絶対勉強になる”が絶対にそうなった試しがない。
しかも、よりによってThe Fig Fogs。
とっくに旬も過ぎた落ちぶれバンドだろう?

俺はまたあくびをした。
バラバラ制服の赤リボンもあくびをした。

ちょうどスタッフがカメラを向けている。
「カメラテストなんで、軽く反応もらっていいですか?」
俺は脊髄反射的に剛の肩を掴み顔を寄せた。
そして人差し指と中指を立て左目を挟む。
俗に言う裏ピースというものだ。
「近えよ!」
「照れてんのか?」
「はあ? 違……」
「はい、オッケーです!」
必要以上に強く剛の身体を突き放した。

「ああ……面倒くせえ。」
パイプ椅子がギシギシと唸る。
剛の膝の上の薄っぺらい紙をやたらと真剣に見つめている。

「あんま見てると穴開くぞ。」
「……」
無視かよ。
「おーい、剛くーん。あんまり見てるとー、穴、開きますよー?」
「馬鹿! うっせえ黙れ!」
「おお、怖!」
いつの間にやらこいつの頭はツヤツヤブルーマッシュルームに戻っている。

「で、何それ? 何書いてあんの?」
剛が見せてきた紙にはデカデカとこう書いてある。

──ムジカスターダム・特番

Mスタ。
高校生の頃、毎週観てたっけ。

「あ。」
「あ?」
「漏れそう……」
「さすがに馬鹿過ぎるだろ! 早く行けよ気持ち悪いな!」
マジで膀胱が爆発しそうだった。
爆弾を抱えて疾走する時、フレーズが浮かぶ。
「今じゃねえだろ!」
そう叫んで楽園トイレへと駆け込んだ。

それにしても、まさか出る側・・・になるとはな。

思い出とため息とその他が出ていって俺は目を閉じた。

遠巻きにスネアの高鳴りが聴こえる。
「やっべ!」
元来た道を、元来たように戻る。

いや、待て。
何が、やっべ!なんだ?
俺は何を急いでいる?
訳がわからない。

こうして俺は元のようにまたあの椅子を喘がせた。
「椅子がエロい。」
「はあ?」
剛は自分の顎の下を人差し指の第二関節で突き上げている。
これはだいぶ、イラついておられる。
「さすがに遅すぎるだろ……腹でも壊した? また牡蠣食った? なあ?」
ステージの方を向いたまま俺は黙っていた。

どうにも居心地の悪い右手をジャケットのポケットに突っ込む。
ジッパーが引っかかる。
それなりに痛む。
しかし、一発で緑を引き当てた。
「っしゃ!」
肘で膝を打つ。
透明な包装紙、この絶妙に溶けてベタついているのを剥がす瞬間こそが至高。

口に含み、体温と馴染ませる。

途端に唇を結んだまま鼻で咽せた。
なんだよ、メロンかよ!

「クリームソーダ? なんかすげえ甘ったるい匂いすんな?」
剛が背中をさすっている。

「なあ……剛……」
ハズレの緑を舌に乗せたまま、剛の網膜の中の俺を見る。

「これ、食う?」
網膜の中の俺の舌先には緑色のたまが輝いている。

「はあ? いらねえよ!」
なんだよ、少しくらいは胸の裏がひりついたりしないのか?
おれは舌がイガイガしているというのに。

「おーい、雄太ー? お前は? お前食う?」
ドラムスティックをナイフとフォークみたいに持ったまま固まっている。
メデューサの接吻くちづけでもくらったのか?
いや、なんだっけ。
なんでもいいか。
そういえば今日、こいつの声を一度も聴いていない。

「あれ?」
剛が口元を覗き込んでくる。
「何? 食う気になった?」
もう一度舌を突き出た。

「お前何その口……人食って来たみたいになってるけど……」
手の甲で唇をこする。
赤く色がついた。
「ああ。食ってきた。人。」
仕方なしにイガイガの舌で俺は笑う。
剛はまた大きなため息をつく。
「どう? 食う気になった?」
ため息をつきたいのは俺の方だ。

ひん曲がった赤リボンが遅れて会場に戻ってくる。

「なるわけねえだろ、どんな神経してんだよ。」
青マッシュは笑っている。
楽しそうでなにより。

「ああ、そういやいつもメロン味どうしてん……あ。」
「?」
「チケットもぎるときに渡してるあれって……」
「やっと気付いた?」
「でもたまに青リンゴ混ざってると思うよ。」
「なんでだよ……」
「色盲のがあるもんで……」
「初耳だな。」
「冗談だよ!」
「おい。」

ステージのライトが灯り、客席は暗くなる。
相変わらず喉も舌もイガイガしている。

「っとにさあ……青リンゴ期待して食ったらこれだよ。」
「じゃあもう出すなり飲むなりすりゃいいだろ? いつまで舐めてんだよ。」
「まあそう焦るな。らしてんだよ……」
「あ?」
「自分自身を。」
「いや、もう意味がわからないし、気持ち悪いし、勘弁……」

赤リボンの女と視線がぶつかる。
悩ましい限りだ。

「俺には嫌いなもんがある。まず、これ。イガイガする。」
だいぶ小さくなった忌々しい緑を乗せた舌を出す。
「それから、バニラの香水。」
「いや、何? 聴いてないけど。」
「イチジク。イガイガすんだよ!」
「なんだよそのイガイガするとかなんとかって。しねえだろ!」

妙に語尾が響いた。
その残響が完全に消えると、束の間の無音の中、音速だとか重力だとかそういうつまらない法則がほとんど崩れ去った。

──「F」のアルペジオ。
最低音が右の足首を掴む。
次の瞬間には背が水を割っていた。
澄み渡る青の底へ。

あまりに退屈だ。
あれほど咽喉のどと舌とを苦しめたあの味ももうしない。

パイプ椅子の冷えた銀を必死に掴んだ。

目を閉じる。

まともな重力を返せよ。

闇が、青い。

(続)


ここから生まれた砂川恭平がメジャーデビューして帰ってきた。


正反対の落ち着いた話はこちら。


新大学生に捧ぐ。
こんな風になっちゃいけないよ、のエッセイ。


ゆきお様・作
こちらはカスタネットがキーアイテムのお話。
音があるのに静寂を感じられる、不思議な作品です。
浮遊感の中にある、沈みゆく心。
ただその沈んだ心も揺らぐのです。
どこか、日陰のようで、薄陽のさす池の中を漂うような美しい作品。

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よもぎ よもぎちゃーん! はーい! 何が好き? ポテトチップスよりも お・ぬ・し

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