若者だと思ってたのに彼女に現実を教えられた。
会社で働いていると30歳手前の人間なんて、やっと一通り仕事が一人前になった頃。チャレンジングな課題を与えられるようになり、これからを期待できる育成対象としてまだ扱われていた。伸び代を見てもらえているというのは、無意識のうちに若者だと自認していた根拠であったと思う。現に年齢でいっても会社の中だとまだまだ若い方だった。
だから馬鹿にされるかもしれないが、プライベートでの自認も学生以上、立派な大人未満だった。
そんな折に彼女は現れた。
その前に、彼女を見かける前の話をしたい。
私が働く会社は新卒向け就活イベントでは必ずワークライフバランスを前面に押し出していた。実際に時短勤務や定時で絶対に帰らないといけない状況でバリバリ働くママが沢山いた。若さと体力が取り柄で、常に金欠だった私は「残業したいです!時間は有り余ってるんで仕事ください!」と彼女たちの雑務を巻き取りガンガン残業をし、残業代でガンガン飲みに行って、次の日二日酔いで頭をガンガンさせながら出社していた。
チームに新卒の新人が入ると、課長からは若手の先輩としてメンタル面を支えてあげてねと言われた。だからではないが、よく私の年次前後の同僚と誘い合い「若手のみしよ!」と度々飲み会を開催していた。忖度しなくて良い場では気兼ねなく、会社が課してくる目標が意識高すぎるだとか、ぶっちゃけ〇〇次長のタバコの匂い臭すぎません?とか失礼な発言がバンバン飛び交った。軽率な発言は中堅層がいると盛り上がらない。彼らは思うところがあっても「いやでも会社からしたら……」と経営層を慮ってしまうからだ。会社の愚痴なんて、経営の行く末を無視した方が面白いに決まっている。
そんなこんなで気がつけば、大卒で入った会社で丸々6年働いていた。
お酒は飲み放題でベロベロになるまで飲んでタガを外すのが楽しいと思っていたが、次の日の体調を気にして美味しいお酒と料理を味わうのがメインになっていた。
若手飲みも、参加者の中で自分が最高年次である会が増えてきた。新卒が入った直後の課長との面談では、中堅社員として教育係を任命された。
流石に若手としてなんでも許される時代の終わりには気づいていた。しかしきっぱりと認め、切り替えられるかは別問題で、若手寄りの中堅社員になり掛け、くらいの気持ちで足掻いていた。
ライフワークバランスを売りにする会社を選んだ私は、もちろんライフの充実を重視していたので、行きたい場所へ旅行をしまくり、やりたいことはやりまくり、結婚もしていた。持ちネタとして擦りまくっているが、大谷翔平が達成した50-50のホームランのうち一本をこの目で見た、というのはちょっとした自慢だ。
しかし、ある日旅行の計画を立てようとした時に「この場所に行きたい!」ではなく「旅行に行きたいな、じゃあどこがいいかな」と目的が逆転していることに気がつき、熱量が無くなってしまった。そして身軽な状態でやりたいことが大方達成できたことを予感した。
そろそろかと子供を設けることを考え始めた。
そうして私は社会人7年目に入ったころ、産育休を取得した。家庭をもつ女性社員が多く、産育休は取りやすい風土の会社だが、びっくりするほど円満に、そしてたくさんのエールを受けて休暇に入ることができた。
これも一つには「そういう頃合い」の年次だったからだろう。
育休に入ると、私の自認は「会社の中では若い」から「ママたちの中では若め」になっていた。実際児童館などで知り合うママたちは年上が多かった。
つまり、まだまだ若者のモラトリアムを残していた。
産まれた子供は私の膝の上で寝るのが好きな子だ。
私がソファの上であぐらをかき、その上でスヤスヤ子供が寝ていると、暇つぶしの選択肢は「テレビ」「スマホ」「読書」「ゲーム」の4択になる。
お昼のバラエティを見ることも多くなった。
昼間のバラエティのイメージは、風邪をひいて学校を休んだ日、リビングに布団を敷いて母の横で寝ながらぼんやりと見るものだった。そんなに面白くない印象だった。番組のメインターゲットは私ではなく、いわゆる「暇な主婦層」と言われていた母だったからだ。今が旬の若者に人気のアイドルとかが出ていたイメージはない。小学生の私が出演ゲストを指差し「このおじさんだれ?」と母に聞くと「あんたにとってはおじさんなんだねえ。私たちの世代だとキャーキャー言われた俳優だったのに」と言われたことを覚えている。
だからその日もそんなに期待して見ていたわけではなく、なんとなくつけたらやってたから「ぽかぽか」を見ていた。まさに主婦層がターゲットの番組、私より上の世代の人たちがメインターゲットだと思って見ていた。彼女を見るまでは。
松浦ゴリエが歌っていた。
週一レギュラーでゴリエが出ていることを知った。私が小学生の時、友だちの間で馬鹿ウケだったあのゴリエが。
ゴリエのドロップキックを受けたような衝撃を覚えた。だって別にガレッジセールが再ブレイクしてるわけでもない。ゴリとしてテレビに出ているのなんてしばらく見てもいないのに、ゴリエがレギュラー。なぜ。
つまり、この番組のメインターゲットは私なのだ。
私は今や「暇な主婦層」として世間には見られているのだ。
彼女の歌う「♡桃色片想い♡」は、うだうだしている私のライフステージ自認を無理やり一段引き上げた。
言い訳させてもらうが、私の同期の多くは私と同じくウダウダしていたから、特別私が浮いていたとは思わない。飲み会のテーマは要約するといつだって「キャリアも人生設計も今が岐路だよね〜、でもさ〜、考えてもさ〜」だったのだから間違いない。
なんならこの自認のまま、気がついたら中年とかになっているんだろうなと思ってた。
先輩たちがみんな言う「20代の気持ちが抜けないまま気づいたら50」「おれもおれも、みんなそうだろ」を鵜呑みにしていた。だから私の自認の軸年齢もここなんだろう、と。
それがゴリエによって鮮烈に、ぱっと一段引き上がった。何言ってんだ!しっかりしなくては取り残されるぞ!と。
結婚でも、出産でも引き上げられなかったのに。
そろそろ長いのでここらで畳もうと思うが、もう歳だからと卑下するつもりは毛頭もない。わたし若いんで、というステイタスをかなぐり捨て、平成一桁生まれとして若者だった時の思い出・文化を握りしめながら、今を生きていく覚悟がついたという話だ。
若さという武器を別の何かに持ち替える時がきたのだ。新しく長持ちする武器を探さなければ。
その戒めとしてゴリエをスマホの待ち受けにした。側からみたら平成懐古厨に見えるだろうと思い直し、すぐに我が子の寝顔に変えた。
これもまた、年相応のいい待ち受けだと思えた。
