岸辺のアルバム
まさかの50年を越えて
1977年に放送されたドラマ『岸辺のアルバム』。
八千草薫、国広富之、中田喜子。
主題歌はジャニス・イアン。
子どもの頃に観ていたのに、
あの作品の、どこかシュールで人間くさい空気だけは、ずっと胸に残っている。
うまく言葉にできないエモさ。
きれいごとだけでは済まされない感じ。
それを、子どもなりにちゃんと受け取っていた気がする。
しかも主題歌が洋楽。
あの世界観に釘付けだった。
今思えば、かなりおしゃれで挑戦的な作品だったんだと思う。
その『岸辺のアルバム』が、
大好きな小林聡美主演で舞台になると聞いて、
いてもたってもいられず、大阪まで観に行った。
あの空気は、どうなるんだろう。
ちゃんと残っているんだろうか。
度肝を抜かれた
3時間の舞台。
淡々と進むシーン。
暗転のなか、俳優たちが自ら椅子やベッドを運び、次の場面をつくる。
照明が当たった瞬間、すっと物語が始まる。
舞台は、2階建ての家。
台所、居間、そして子ども部屋がふたつ。
そして、観客席の真ん中まで使って、街灯や喫茶店、病室までもが現れる。
いつの間にか、
舞台と観客の境目がなくなっていく。
余計な音楽や効果音は、ほとんどない。
最初から最後まで、目が離せなかった。
夫役の杉本哲太。
怒鳴る場面でさえ、どこか計算されたような音量。
感情は激しいのに、不思議とうるさくない。
なのに、ちゃんと怒鳴っている。プロの演技!
そして、妻を演じた小林聡美。
物静かな佇まいの中に、孤独と、ふと目覚める女の気配。
ミシンに向かったまま顔を上げない。
朝の光から夕方の光へ。
家族が帰ってきても、誰ひとり目を合わせず、それぞれの部屋へ戻っていく。
それだけで、家族の崩れが伝わってくる。
静けさの演出が、とにかく見事だった。
なかでも印象的だったのが、受験生の息子役、細田佳央太。
崩れかけた家族を、どうにか元に戻そうと右往左往する姿が、あまりにも健気で切ない。
ドラマで演じていた国広富之の記憶とも、違和感なく重なった。
子どもの頃とは違う、
“母”の視点で見ている自分に気づいて、ただただ泣けた。
姉役の芋生悠。
ドラマで中田喜子が演じていた、
高学歴で英語も堪能、どこか人を見下すようなあの感じ。
「そうだった、こういう子だった」と思い出すほど、自然だった。姉さんはいつもイライラしているんだった、そうそう!
そして、不倫相手。
ドラマでは竹脇無我、舞台では田辺誠一。
どちらもまったく違和感がなく、すっと物語に入り込めた。
誘い方は、今では考えられない“電話”。
その生々しさが、逆に際立つ。
待ち合わせは、渋谷の喫茶店。
そのやり取りひとつひとつが、なんとも昭和。
エグさの中にみえる、静かな美しさがたまらない。
ラスト、多摩川の洪水。
避難命令、そして家が流されるシーンは圧巻だった。
思い出すだけで、胸が締めつけられる。サイレンを表す赤い照明だったり、警官がガラスを破る音だったり。
半世紀前の作品なのに、
役者と演出の力で、時代を超えてもう一度、心に響き、届く。そこに感動。
ずっと余韻に浸っていたくなる作品だった。
当然、最後はスタンディングオベーション。
ずっと、ずっと手を叩いていた。
涙。
ただ、涙。
