父と母が友達になっていた
私が6歳のとき、両親が離婚した。
両親揃っての最後の行事は
私の幼稚園の卒園式だった。
そして小学校の入学式、
私と一緒に学校の門をくぐったのは母と祖母。
私の家庭はシングルマザーになった。
何年かは祖母も一緒に住んでいたけれど、
母と祖母も仲が良くなくて、私は身近な大人にはいつも板挟みにされてきた。
家族にいい思い出が正直無い。
ただただ寂しかった。
家族に感謝している部分ももちろんあるけれど、だけど、どうしても埋まらない何かが今もある。
本当に色々あったので、私は祖母のことも母のことも父のことも、無条件に好きとは言えない。家族なのに。家族だからこそ、ごく普通といわれる理想の姿から遠いことが絶望。普通の家族は幻だなんて、子どもの私には分からなかったから。
そんな私の中でも、父はぶっちぎりに許せない。
私は色々見てたから。
子どもの私にあんな大人を見せていた。
自分が歳を重ねるほど許せない。
やっぱりあれは大人…ましてや人の親になった人間が子どもの前でしていいことではない。私もそういうのが分かる年齢になってしまった。
小学生のときは父親と定期的に会っていたけれど、中学で部活、高校でバイトで忙しくなり、社会人になれば私は東京に行ってしまったし、もう今後会うつもりもなくて連絡先を消した。
だから10年以上会っていないし、これからも会わなくていいと思っている。特に話すこともないし、おじさんとはそもそも話が合わないと思う。
だけど最近、母からあることを聞いた。
母と父が、あの二人が、今では二人でご飯を食べに行ったり、道の駅を巡ったりしていて、友達として定期的に会っているらしい。
どういう経緯でそうなったのかは不明だけど、話を聞く感じだと、母はもうすっかり過去のことを許している様子。
正直、よく許せるよな…ましてや友達になるなんて…と思う。
でも、母が父を許しているのなら、
私が父を憎むのはなんか違う気がする。
母に同調していたとかではなく、私は自分の意思で許せなかったし、父があんなじゃなかったら私は家族に対してこんな思いをしてこなくて済んだかもしれないけど、…もう、今は私も幸せだし、過去が違っていたらこの今は無いかもしれないわけで、しかも当事者の母がもう許しているのだ。それなら、私がこれ以上、無駄なことだと分かっていながら許さないのもなんか違う気がする、とか思ったらなんかどうでもよくなった。
そう、許すというよりは、もうどうでもいいや。
子どもの私を巻き込んではいるけれど、離婚はあくまで両親二人の問題で、私は当事者ではない。
とはいえ巻き込まれてはいるから、憎む権利もあるとは思っている。そこは過去の私も肯定したい。
ただ、今は、私も大人になったからか、当事者である母の今の気持ちを知れて、どうでもよくなれて、自分の気持ちが軽くなった。
私がずっと苦手なことは、“許す”こと。
それは自分のことも含め色々なことを。
だから、片隅に追いやってもう考えるのを辞めていたことをこうやって手放せたのは良かったし、大体自分の親が仲いいのは悪い気しない。
だからといって、どう転んでも私が父と会うことは今後もないと思うけどね。
お願いだから今度こそ母と仲良くしてよ。
でも友達同士なら喧嘩してもいいのか。
