モネ展がすごかった
昨日、「クロード・モネ -風景への問いかけ」という展示会に行ってきました。モネ没後100年にあわせて、モネの絵をたくさん飾っている展示会だったのですが……これがすごかったです。
そもそも、私は美術にあまり詳しくありません。
この展示会に行ったのも、「ネットで見かけたから」「なんとなくモネの絵がエモくて好きだったから」くらいのミーハーなノリだったし、いかにモネが芸術史においてすごいのか、とかを語れる自信はないです。
でも、なにか圧倒されるものがありました。
わからないなりに、すごく感動しました。そんな感動を、ちょっと書き残しておこうかなと思い、この記事を書き始めた次第です。

当たり前ですが、この展覧会には「モネの絵」がたくさん飾られています。ビックリしました。本物の絵なのです。たった2100円の入場料を払えば、モネの絵がいっぱい見られる。なんとなくネットで見て、「モネの絵っておしゃれだなー」と思っていたものが、本当にそこにあったのです。
生きていて、いつ見られるのかもわからない。
もしかしたら、ひと目見ることも叶わないまま死んでいくかもしれない。そんなはずだったのに、「モネの絵」が目の前にある。その事実に、我ながら驚きました。「あれ? いますごいレアな体験してる?」と。
お客さんもいっぱいいて、絵もいっぱい飾ってあって、正直なんか息苦しい空間でした。でも、目の前にある「モネの絵」を、ずっとぼんやり眺めてしまうのです。「この絵を理解したい」といった知的好奇心でもなく、ただぼんやりと見続けてしまう。
この絵を、なんとなく見ていたい。
ただ、見続けていたい。
ずっと、ここにいたい。
あの「絵の前で、漠然と立ち続けちゃう」感覚、なかなかにすごいです。モネ展は、そういう気持ちになれました。あそこには引力があります。

モネの絵には、「その瞬間の世界」を想起させる力があると思います。
展示されている絵を見て、よりそう思いました。
この絵を描いていたときの、モネの姿が目に浮かぶのです。絵の向こう側にある世界が、想像できる。「なんとなくこういう温度なんだろうな」とか、「そういう匂いがするんだろうな」とか、視覚以外の情報が飛び込んでくる感覚があります。1枚の絵には、視覚効果しかないはずなのに。
私には、それがすごく不思議な感覚でした。
だって、この絵は200年以上も前に描かれた、1800年くらいの絵なのです。それなのに、肉眼で見たことのないはずの時代なのに、なぜか「1800年の世界」が、モネがその目で見ていた世界が、そのまま想像できてしまう。
エトルタの雪景色も、アルジャントゥイユのセーヌ川も、万博で賑わうパリの街並みも、庭にある睡蓮も、私は一度も見たことがない。でも、モネの絵を通すと、その世界の美しさや豊かさが、すごく鮮明に伝わってくる。それどころか、「知っている景色」であるような気すらしてくる。
絵を見ているとき、私は200年前にタイムスリップして、そこで絵を描くモネの横に立っていた。そして目の前に広がる風景に、心を奪われていた。それは写真よりずっと綺麗で、Googleストリートビューよりもっと美しかった。たった1枚の絵で、200年前のフランスに旅行できてしまったのだ。

もしかしたら、有識者の方には、「オマエ、美術を味わったことがないのか……?」と思われているかもしれません。すみません、お恥ずかしい限りです。でも、モネ展に行って、「美術の素晴らしさとは、絵の良さとは、こういうものだ」と、ちょっと理解できたような気がします。
これは、ちょっとした旅行だと思いました。
入場料を払うだけで、1800年代のパリのあちこちを巡ることができます。2100円でタイムスリップしながら海外旅行できちゃうとか、お得にもほどがあると思います。そして時間の許す限り、あの美しい風景に没頭できる。
しかも、モネの絵を見ながら、細谷佳正のイケボ音声ガイドまで無料で聞くことができる。なんてお得なんだ。この展示が2100円で見られるとか、ちょっと爆アドすぎる。ヒマがあったら、ぜひ行ってみてください。


最後に、この絵を世に残してくれた、クロード・モネという画家に感謝したいです。モネのおかげで、私はこの世界を見ることができました。一生かけても見られるはずのない、200年以上前のパリ。それが現代まで残り続けたことで、この美しさを知ることができた。
そんな絵が東京にやってきて、たくさん展示されている。
200年以上経っても、こうして現代の私たちが、モネが見ていた世界の美しさに触れることができる。あの当時に、思いを馳せられる。それ自体が、ちょっとした奇跡なんじゃないかなと思いました。
