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無題

八年と三ヶ月前から、ずっとホームパーティーをしている。

レンガで造られた西洋建築の、ワックスのあまりに丹念に塗り込まれて湖面のような艶を放つ床の導線には赤絨毯が敷かれているけれど、座り込んで酒を飲む人間があちこちで寛いでいるせいで、ウール製の高級絨毯はもはやレジャーシートのような趣。

足の踏み場もないほど食べ物と皿と大量のYogiboが散乱する赤絨毯を、足の踏み場がないのを理由に、干からびた温泉饅頭(※崩れた)、マンホールサイズの九谷焼(※割れた)、ケミカルな水色をしたYogibo(※へたってた)と順番に踏みつけながら、わたしはキッチンを探している。

長くホームパーティーを続ける中で、これが誰の何のための催しであったのかはすっかり忘れてしまったけれど、自分がホストであったことは辛うじて覚えているのだった。

なんでもいいから食べ物を。

キッチンの見つからない焦燥を和らげるため、弧を描きながら二階へと続く洋風の階段でのすれ違いざま、上から降りてきた女が持っていた四合瓶を奪い取り瓶のままあおっていると、

「ねえそれ、最高にドリンカブルでしょ?」

人懐こい笑顔でわたしの肩を抱き、四合瓶の底に手のひらをあて、女はその角度を容赦無く上げていく。「ベリーの酸味とお米のまろやかさが溶け合って、飛んじゃいそうにドリンカブルでしょ?」誘うように囁かれ、哺乳瓶でミルクを与えられる乳児さながら酒をうっとり吸い上げていると、真上に吊り下がるガス灯のシャンデリアの火が、頼りなく揺れている。

消えちゃうの?

話しかけるように思った瞬間、このホームパーティーが自分の子どもの誕生日を祝うために開かれたものであったことを思い出す。春だった。張り切っていた。大きくなったはずだった。飲みきれない酒が口の端から溢れ、ついついと伝いこぼれてゆく。

おんなのこ? おとこのこ?

問いかけてみたけれど結局何も思い出すことができず、からになった四合瓶は程なく口から離された。手すりに凭れたまま天井を見上げ続けていると、丸いガラスできちんと覆われ、風に吹かれたりするはずのないシャンデリアの中の火が、ますます大きく揺れているので、

なんにんめのこ? 

首を傾げながら視線を落とすと、階段には色とりどりの無数の酒瓶。女がこちらを見て笑いながら、今度は一升瓶の首を掴んでいる。

「酒だけ飲んでると馬鹿になるよ」

女に教えてやりながら階段を上がり、急にひとけのなくなった廊下の風景にキッチンの場所を突然思い出したような気がして、清潔な赤絨毯を駆け抜け突き当たりの扉を勢いよく開けてみたけれど、現れたのは舞踏室だった。

階下の大広間よりさらにワックスの執拗に塗り込まれ、いちめん瑞々しく凪いだ床上に置かれているのは中央の長テーブル。せっかくの舞踏室であるのに踊っている人間は一人もおらず、八人掛けのテーブルに着席しているのは女ばかりで、白いクロスの正しく掛けられた卓上にには寸胴鍋がひとつきり、卵を高く積んで置かれている。

「あかちゃんの頭が、たまごのLサイズくらい見えたって言われたの」
「あかちゃんの頭がたまごのLサイズってなに」
「私の体だから、私のためだけに使ってきた」
「誰のためでもなく、結局は、私のためだけに使ってきた」
「そんな風に使ってたのに。そんな風に過ごしてきたのに」
「誰かのため」
「あれは誰かのためだけに生きた時間」
「充足感よりもたぶん敗北感」
「でも爽快で、きらきらしてて」
「呻いて、叫んで、捨てて、忘れた」
「血がたくさん出た。あかちゃんは、十二時ぴったりに生まれてきた」

姦しく話しながら、女たちは次々に卵に手を伸ばしては耳元で熱心に振り、
聞こえた。聞こえない。聞こえそう。聞きたくない。
いちいち卵の感想を述べてはマイネームで殻の表面に印を書きつけ、その数を競い合うように手際よく並べていく。

「あの」

声を掛けると、女たちが一斉にこちらを見た。どの女も眼鏡を掛け、蛍光色の入り混じったワンピースを着て、床に届きそうな黒髪を一つに結い上げ真面目にこちらを見つめている。時間の流れていくことを奪われた写真のように、一切の動きを失った八人の女たちを見つめながら、

キッチンはどこですか。

この中の誰かは知っているだろうと見当をつけて尋ねてみると、卵を持った八本の腕がゆっくりと掲げられた。
聞こえた。聞こえない。聞こえそう。聞きたくない。
さっきよりも小さな声で述べられている感想が、何に対するものなのかは分からない。重ねて質問しようと口を開きかけた瞬間、

「優勝」

ぴったりと重なった八人の声と共に、女たちに握られていた卵が舞踏室の床に投げつけられた。つぷん、とささやかに水音が上がり、床に水紋が広がっていく。小さな波が足元までやってきたのを見るうち合点がいき、廊下の中ほどまで後じさった。

おとこのこ。ひとり。ゆうしょう。

唱えてから助走をつけ、舞踏室の端から飛び降りる。




<了>


#今2000字で書けって言われたらどこからの発想で書き始めますか

という、タグが長すぎて表示されてない企画に参加させていただきました。

6月7月と「依存症か」ってレベルでnoteにどっぷりになってしまったので、戒めのためにアプリをスマホから消し(*)、日常生活のリズム取り戻そうって心を入れ替えた矢先に、

豆島さんからLINEきました。

おひまなら来てねーって軽いノリで誘ってくださったんですが、結局夜から書き始めたら止まらなくなってしまい、皿も洗わず、風呂も入らず、洗濯物もベランダに干しっぱなしのまま、日付回るまで書いてしまった。

そして肝心の「どこからの発想で書き始めたか」は、書いてるうちに忘れました。ごめん。思い出したらコメ欄に書きます。

ともかく豆島さん、楽しい企画をありがとう!!
みなさまもよかったらぜひ。


(*)定期的にやるムーブ。たいてい数日でアプリ再ダウンロードする

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