終戦《祖父の手記より》
終戦の八月十五日をぼんやり憶えている。
この年は、墓参りに行かず、夏休み中のこととて朝から須川に水遊び兼雑魚取りに行った。
暑い日で、須川、鬼川の土手の上の砂利道を網をかついで帰ってきた。
鬼川から分かれる角まで来たとき、前方からこちらに来た農家の人が何やら声高に、ただならぬ様子で話合いながら通り過ぎた。
「今日、昼に天皇陛下の放送があっど、なんだベネ」
もう正午近い時刻だった。変な胸さわぎを覚え、家に帰り着いた。父も母も居た。ラジオをかけて居るが、当時のラジオは性能が悪いうえにポンコツときているから、ガーガーと雑音が多く、再放送の玉音も何と言っているのか聞きとれぬ。
一体何事が起こったのか、解らぬまま夕方まで過ごし、他人の話やら、その後の状況などでやっと戦争が終わったことを知った。
国民学校六年生の夏である。
戦争は終わったが負けたとは思わなかった。
我が国は負ける筈がないのである。
「負けそうな時は必ず神風が吹く、我が国は神国であり、天皇陛下は現人神である。神様は人間に負ける筈がないのである。」
このように教え込まれ信じて疑わないのであるから当然であろう。
誰も敗戦を信じない。鬼畜米英の兵が来たら竹ヤリで突き殺す訓練を毎日やっていたではないか。
昭和二十年八月十五日、夏の思い出である。
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幼少期の思い出が綴られた祖父の手記が手元にあります。
山形の自然、好きだった遊び、担っていた仕事、食べていたもの、学校、文化、戦争、両親やきょうだいの姿。
少年だった祖父の見た風景を、恐ろしい解像度で見せてくれる手記です。
「終戦」をnoteで公開したいなと思い立ったので手紙を書いたら、
祖父は手紙の届いたその日に、
というか手紙を読み終えた瞬間に、電話を掛けてきてくれました。
「手紙のことだけどね。いいよ。構わないよ。終戦は随分短い話だけど、あれでいいのか?」
90歳を迎えた祖父の声は、この数年の間に少し細くなってしまったけれど、声の底に漂う祖父の魂は今も昔も凛としていて、それが本当にかっこいいのです。
終戦の日は78年も前のことで、当時と今とを比べると環境も常識もあまりに何もかもが違いますが、私は祖父の手記の中に、いまの自分たちと何も変わらない「にんげん」の姿を見るような気がします。
