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会社員思考だったボクが、経営者になる前に教わったこと

現在、ボクは、セレクトショップ、レンタルスペース、酸素BOX、飲食店など、いくつかの事業を経営しています。

でも、もともと経営者タイプだったわけではありません。

むしろ逆で、超・優等生の会社員思考でした。

そんなボクが独立起業するまでには、大きな「人生の転機」が二回ありました。

一回目が、高校時代に出会った空手道場の先生。
二回目が、社会人になってから出会った、起業の本質を教えてくれた先生です。

そして今振り返ると、二回目の出会いを受け取れる土台を作ってくれたのが、間違いなく、一回目のこの出会いでした。


1.超優等生だった高校時代

高校一年生の頃。
今思えば、あれが最初の「人生の転機」だったのかもしれません。

当時のボクは、超・優等生思考でした。

「良い学校に入って、良い会社に入れば、人生は安泰」

親からも、先生からも、世の中からも、そう教わって育ってきました。
だから、地元で一番の進学校に入学し、そのまま九州の国立大学を目指すものだと思っていました。

そして、「武道をやれば、内申点にちょっとプラスかもな」くらいの軽い気持ちで、空手道部に入部しました。

まさか、その選択が、人生観をひっくり返されるきっかけになるとは思いもしませんでした。

2.卒業したら、すぐに会社をつくれ

高校の部活動だったはずなんですが、一個上の先輩のつながりで、地元でも有名な道場へ通うことになりました。

そこで出会ったのが、後にボクの価値観を根底から変えることになる先生でした。

初日から、先生の言葉は衝撃的でした。

「いいか? お前らは頭が悪いから勉強してるんだ」
「本当に頭が良いやつは、勉強なんかしなくても東大に受かる」
「東大だけは世の中の役に立つから、東大に行くなら勉強しろ」
「でもお前らはバカだから、勉強しても、どうせたいした大学には行けん」
「だから勉強をやめて、空手をやれ」
「どこでもいいから入れる大学に入れ」
「そして卒業したら、すぐに会社を作れ」

・・・は?
ボクたち、一応、地元で一番の進学校なんですけど?
何言ってんのこの人?

というのが、当時の率直な感想でした。

後で知ったのですが、実は、その先生、空手の道場とは別に、会社を二社経営していたんです。

とはいえ、高校一年生のボクには理解できません。

むしろ、
「この人の教えを真に受けてたら、大学受験に失敗してしまう」くらいに思っていました。

3.「なんでタダ働きしなきゃいけねーんだ」

さらに意味がわからなかったのは、その後です。

土日の朝7時。
先生の会社の仕事を手伝わされるようになりました。

当然、給料なんてありません。

「なんでタダ働きしなきゃいけねーんだよ」

不満タラタラのボクたち。

すると、幼馴染の門下生が、ボクたちに近寄ってきて、ボソッと言いました。

「お前ら、本当に勉強しかできねーな」

・・・は?
お前は、その勉強すらできないじゃん。
しかも、こっちは、手伝ってあげてる側なんだけど?

当時のボクたちは、
「勉強ができれば偉い」「人生、すべてフリーパス」
だと思い込んでました笑

今思えば、先生は、そんなボクたちの浅はかな考えを見抜いていたのかもしれません。

4.練習ボイコット事件

そして、ついに事件が起きます。

高校一年の夏のある日、部活の仲間たちで「作戦会議」が開かれました。

「このまま先生の言いなりになったら、人生終わるぞ」
「練習をボイコットしようぜ」
「月謝を払ってるのはこっちだし、収入がないと困るのは先生だろ」
「絶対、先生のほうから謝ってくるぞ?」

本当に、アホな会話をしてたなーって思います笑

でも当時は、どうにかして主導権を取り戻すために真剣でした。

そして、ボクたちは実際に練習をボイコットしました。

すると翌日、例の幼馴染の門下生経由で、先生からの呼び出しがありました。

「ほら来た」
「先生、謝るぞ?」
「作戦成功」

ちょっと勝ち誇った顔で道場へ向かったボクたちでしたが、先生の第一声は、予想の遥か斜め上でした。

「お前らは魂が腐っとる。全員クビじゃ」
「もし、どうしてもまたおれから空手を教わりたいなら、一週間後、朝7時に来い」

・・・は?
何言ってんの?
こっちが月謝を払ってるんだよね?
おれらの月謝で生活してるんだよね?
なんで切られるわけ?
てか、魂って腐るの?

まったく理解ができないまま、ひとまず道場を出ました。

5.12時間ノンストップで正座

その後、仲間内でも意見が割れました。

「もう辞めようぜ派」と「このまま辞めたらダサくね?派」

ボクは後者でした。

結局、仲間の半分は辞め、半分だけが残りました。

そして一週間後、残ったメンバーで恐る恐る道場へと向かいました。

朝7時だったこともあり、道場には先生だけでした。

「おぉ、来たか」
と出迎えてくれて、そのまま立て続けに、先生が一言。

「よし。おれがOKと言うまで、そこで正座しとけ」

道場の玄関の土間で、正座を開始しました。

朝8時から、小学生の部、中学生の部、高校生の部、一般の部と、次々と入れ替わる門下生の方々の練習を見ながら、ひたすら正座を続けるボクたち。

小学生の子たちに、
「お前ら、また、なんかやらかしたんだろー?」
「アホやなー」
と言われつつ、ひたすら正座を続けるボクたち。

体の半分から下が痺れて感覚がなく、宙に浮いてる感じでした。

すべての練習が終わった19時過ぎに、再度、先生が近づいてきました。

「どうだ? 反省したか?」
「これに懲りたら、二度とこんなことするなよ」

朝7時~夜19時、12時間ノンストップの正座の後、ボクたちは、再入門を許されました。

令和の今なら、コンプライアンス的にありえない話ですが、なぜか伝わるものがありました。

6.先生が遺してくれたもの

その後の2年半、本当に色々ありました。

厳しかったし、理不尽も多かったです。
何よりも焦ってました。

学校の同級生が大学受験のために勉強三昧のときに、なぜか道場の床で仰向けに寝転がってたりしました笑
練習の合間の10分休憩です。

この10分休憩の中で、焦りと不安と決断を繰り返して、結局は、「やるしかねーな」とメンタルを整えていました。

結果的に、
・インターハイ出場
・第一志望大学合格
という結果を作りました。

そして大学に進学後、1ヶ月くらい経った頃に、同期とコミュニケーションを取る中で、ようやく少しだけ、物事を客観視できるようになりました。

「あれ、もしかして、ものすごく貴重な経験をさせてもらってたんじゃないかな?」
「今度のゴールデンウィークに帰省したら、お礼を言いに行こう」

そう思えるようになりました。

そして、帰省した直後、一本の電話がかかってきました。

「先生、明日、死ぬらしい」

・・・は?
どういうこと?
あの最強無敵の先生が死ぬわけなくね?

そして、翌日、先生は亡くなりました。

後から知ったことですが、先生はずっと闘病していたそうです。

それをボクたちには一切見せず、入退院を繰り返しながら、時間も、お金も、エネルギーも、すべて若い門下生たちに注いでいたそうです。

さらに、「これから社会で活躍する若者たちのために」と後援会まで立ち上げ、資金面でも支援してくださっていたそうです。

7.人生を讃えるお通夜

大分県の田舎街にも関わらず、お通夜には、全国から2,000人以上が参列していました。

ボクは交通整理係でした。

そして式が始まると、まさかの大宴会でした。

飲めや歌えやの大騒ぎで、「先生の武勇伝」が次々と飛び交っていました。

普通、お通夜って、涙に包まれるものだと思っていましたが、皆、大笑いしてました。

皆が、先生との思い出や武勇伝を、誇らしそうに語っていたんです。

先生である古梶好一さんは、
・国体三連覇
・元ナショナルチームメンバー

さらに、空手の中体連設立にも尽力された本当に偉大な方でした。

でも、そんな肩書き以上に、「人のために生き切った人」だったんだと思います。

皆が先生の人生を称える光景を目の当たりにしながら、「なんかとんでもなく凄い先生から教わってたんだな」と少し心が温かくなりました。

8.今の経営につながっていること

あれから長い年月が経ちました。

今、複数の事業を経営するようになって、ようやく先生の言葉の意味が分かってきたような気がします。

セレクトショップも、レンタルスペースも、酸素BOXも、飲食店も、すべては、全部「人」があって成り立つ仕事です。

商品を売っているようで、
空間を貸しているようで、
飲食を提供しているようで、
でも、本当に大事なのは、「人との関わり方」なんだと、今は心から思います。

・先に与えること
・損得で動かないこと
・経験で学ぶこと
・人を育てること
・人生を懸けて誰かの未来を信じること

令和の今の時代には、多々、合わない部分もあると思います。

でも、先生の生き方から学んだことは、確実に今の自分の経営や、人との関わり方の土台になっています。

もし、あの時、「納得がいかない」と言って空手を辞めていたら、間違いなく、超優等生の会社員思考のまま大人になっていたと思います。

安定した会社に入り、「これが普通だよな」と言いながら、どこかで人生に限界を感じていたかもしれません。

そして何より、後に出会うことになる「独立起業の本質」を教えてくれた先生たちとも、きっと出会えていなかったと思います。

人生って不思議なもので、一つの出会いが、また次の出会いを連れてくるような気がします。これを運命と呼ぶ人もいるかもしれません。
でも確実に、一つ目の「ご縁を大切にする」という選択をしたのは、自分自身です。

人生を変える出会いほど、最初は「自分の常識の枠組みの中では理解できない形」で現れると思います。

だからこそ、
・チャンスだと思ったら、まず飛び込む
・理解できなくても、やってみる

という選択をすることが大事なのではないでしょうか?

未来は、その先にあると思いますし、その未来を自分の管理下に置くことが大切だと思います。

向山雄治
▼活動・プロフィール
https://humanstory.jp/mukaiyama_yuji/
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