The Journal 解説:制裁は今も効くのか──米国の制裁乱発とロシア・イラン・北朝鮮の抜け道、中国と暗号資産の役割(2026年7月22日)
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2026年7月22日
概要
この記事は、Wall Street Journalのポッドキャスト番組「The Journal」の2026年7月22日配信回を元に、米国の経済制裁がかつてのような効果を持ち続けているのかを整理したものです。番組では、記者のRory Jones氏の解説と、上院議員Richard Blumenthal氏へのインタビューを軸に、制裁という「経済的な武器」が現在直面している限界を掘り下げています。
近年、米国の制裁件数は2017年の約800件から2024年には約3,000件へと急増しました。しかし、イラン、北朝鮮、ロシアといった対象国の体制は依然として維持され、行動も大きく変わっていません。専門家は「制裁の課し方と執行のあり方が現状に合っておらず、ワシントンが望む結果を生み出せていない」と指摘しています。
その背景には、経済大国となった中国の存在や、暗号資産(仮想通貨)の普及によって、制裁対象国が米ドル決済網の外側で経済を回せるようになったことがあります。記事では、南アフリカのアパルトヘイト崩壊という「制裁が効いた成功例」と、現在の制裁が体制転換につながっていない現実とを対比しながら、制裁の有効性を検証します。
制裁とは何か──「経済的な戦争」
Rory Jones氏は制裁について、「制裁とは経済的な戦争であり、経済的な国家運営術です。自国の経済と金融面での重みを使って、相手に何かを強制させることです」と説明しています。
ワシントンや他国政府が制裁を最初の手段として使うのは、軍事作戦にコミットしたくない、あるいは軍事的なリスクすら避けたいからだとJones氏は言います。つまり、実際に戦争に踏み切る前に、経済的な圧力によって相手国の行動を変えさせ、衝突を回避しようとする狙いがあるのです。
制裁は戦争を終わらせる手段としても使われてきました。たとえば米国は、ウクライナへの侵攻を理由にロシアに対して繰り返し制裁を課しており、その内容には渡航禁止、多数のロシアの新興財閥(オリガルヒ)の資産凍結、石油輸出の制限などが含まれています。核開発阻止を狙った北朝鮮への制裁や、数十年にわたって続くキューバへの制裁、ベネズエラへの制裁もあります。
南アフリカという「成功体験」
制裁の効果を語るうえで象徴的な事例が、南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離政策)撤廃です。1990年6月、投獄から解放されたばかりのNelson Mandela氏がホワイトハウスでGeorge H.W. Bush大統領と会談し、その数年後にアパルトヘイトは崩壊しました。
Jones氏によれば、当時の南アフリカは文化面での制裁や世界的なボイコットの対象となり、米国も1980年代に制裁を課していました。「経済制裁が、文化的なボイコットや武器禁輸とあわせて、南アフリカの政権交代と行動の変化に寄与した、という点では誰もが一致しています」とJones氏は述べています。
こうした成功体験もあり、制裁や他の経済手段は、1980年代から90年代にかけて「世界的な資本主義を善のために使う方法」としてもてはやされました。
なぜ今の制裁は体制転換につながらないのか
しかし、90年代の南アフリカとは異なり、現在の経済的圧力は体制転換にもワシントンの主要な目標達成にもつながっていません。
北朝鮮は制裁下でも強力な核開発計画を維持しています。ベネズエラでは、Nicolas Maduro氏が10年以上にわたって制裁を生き延び、最終的には米軍が物理的に権力の座から引きずり降ろすまで退陣しませんでした。ロシア経済はウクライナ侵攻開始以降に打撃を受けたものの、それがVladimir Putin大統領の戦争継続を止めることはありませんでした。
一方で、これらの制裁が対象国の一般市民の生活を苦しくしているのも事実です。Jones氏は「制裁がこれらの国の収入獲得能力や、世界中で資金を動かす能力、経済を機能させる能力に影響を与えていることに疑いはありません」としつつ、「子どもに靴を履かせ、食べさせようとしているだけの普通のイラン人にとっては、明らかな経済的コストがあります」と、巻き添え被害(コラテラル・ダメージ)の存在を指摘しています。
中国と暗号資産という「抜け道」
体制転換につながらない大きな理由は、対象国が制裁を回避・迂回する方法を練り上げている点にあります。Jones氏は、これを「反米的で、米国の制裁の力を鈍らせるために協力し合う国々のブロックが存在する兆候」だと表現します。
象徴的なのがイラン産石油です。第1次Trump政権はイラン産石油に制裁を課し、「イランの石油輸出をゼロにする」という目標を掲げました。これはいったんは成功しましたが、その空白に中国が入り込みました。イランはかつて世界中の多くの国に石油を売っていましたが、最終的に買い手は中国だけとなり、両国は石油の出所を隠す精巧な仕組みを作り上げたのです。
米財務省の当局者によれば、イランは石油や物資の取引を続けるために、中国、UAE(アラブ首長国連邦)、トルコのシェルカンパニー(実体のないペーパーカンパニー)や仲介業者を使っています。さらにイランは、北京による石油市場での人民元の利用や暗号資産に頼ることで、米ドルへの依存を減らす方法も見つけました。
Jones氏は「中国の通貨である人民元は、イランとロシアが制裁を逃れるうえで非常に重要になってきました。暗号資産もほぼ同じ役割を果たします」と説明します。米財務省が個人や企業を制裁するとき、それは対象を米ドルと米国経済から切り離すことを意味します。しかし、米ドルへのアクセスを必要としないのであれば、制裁の力は本質的に弱まってしまうのです。
中国を罰しきれない米国の事情
なぜワシントンは、ロシアやイランの制裁回避を助ける中国の役割に対して、もっと厳しい対応を取らないのでしょうか。Jones氏は、これも中国の経済的・地政学的な力の増大を示すものだと見ています。
ワシントンは、それが今この瞬間に北京と戦うべき最も重要な戦いなのかを考えなければなりません。米中関係の健全さを左右する要因は数多くあり、たとえばイラン関連企業と取引を始める中国の銀行に本気で圧力をかける、という政治的な意志が働かない場面が少なくないのです。
財務長官が求める「制裁のあり方の見直し」
制裁の執行のされ方そのものにも問題があるとの指摘があります。財務長官のScott Bessent氏は、財務省として制裁の課し方と執行のあり方に見直しが必要だと考えていることを明確にしています。
Bessent氏は「行動に目に見える具体的な変化がないまま何年も残された制裁は、ほとんど予測不可能な世代を超えた影響を及ぼしうる」と述べ、制裁は迅速かつ非常に的を絞ったものであるべきで、行動の変化を強制するために期間を限定する必要があると強調しています。時間が経つほど、人々は制裁を回避する方法を練り上げ始めてしまうからです。
Jones氏は現状をこう総括します。「制裁の評価はまだ定まっていません。米国が制裁を実施し、他国政府に変化を強制する能力は低下しています」。とはいえ、米国は依然として世界で最も経済的・軍事的に強力な国であり、米ドルは世界の支配的な通貨であり続けています。「米国の完全に手の届かない世界に住めるという考えもまた幻想です」とJones氏は言います。
ホワイトハウスの担当者は声明で、制裁はTrump大統領の「アメリカ・ファースト」の課題を進めるための数ある手段の一つであり、大統領はイランのケースなどで「米国の経済力と軍事力を成功裏に使って外交政策の目標を実行してきた」と述べています。
ロシア制裁法案とLindsey Graham議員の遺志
こうした議論の背景で動いているのが、亡くなった上院議員Lindsey Graham氏がその死の直前まで議会通過を目指していたロシア制裁法案です。Graham氏はウクライナの首都キーウでの最後の公の場で、ホワイトハウスとロシア制裁法案について合意に達したと発表していました。この法案には、民主・共和両党から60人を超える上院議員が共同提案者として名を連ねています。
法案は、ロシアの防衛・エネルギー・金融にさらなる制裁を課し、ロシアが制裁を回避するために使う秘密の船舶ネットワーク「影の船団(シャドー・フリート)」を標的にします。さらに、より議論を呼ぶ新しい要素として、ロシア産石油・ガスの上位5カ国の買い手に対し、Trump大統領が最大100%の新たな関税を課す権限を与えます。分析筋は、議会が関税を明示的な地政学的武器として使うことを認めるのはこれが初めてだとしています。
Blumenthal議員へのインタビュー
法案をGraham氏と共同起草した民主党の上院議員Richard Blumenthal氏は、番組のインタビューで法案の意義を語りました。
すでに世界で最も制裁が多い国の一つであるロシアに、なぜさらに制裁を課すのかという問いに対し、Blumenthal氏は「これまで制裁を逃れてきた多数の主体や個人がいます。この措置は、より多くの新興財閥、銀行、エネルギー企業、そしてVladimir Putin本人に、焼けつくような、まさに大槌(スレッジハンマー)のような制裁を課し、彼らを世界の金融システムから厳格に切り離します」と答えました。
これまでの制裁がロシアに与えた打撃について、Blumenthal氏は「約4500億ドル(約73兆円。1ドル=163.03円換算)の値札がついていると思います」と述べつつ、ロシア経済を止めるには至っていないと認めています。そのうえで「ここでの目的は、ロシア産の石油・ガスの主要な購入を止めることです」とし、これだけでPutin氏を交渉のテーブルに着かせられるわけではなく、他の経済的・軍事的措置と組み合わせる必要があると強調しました。
関税を「地政学的な武器」にする
この法案が特異なのは、関税を通常の貿易不均衡是正の道具としてではなく、明示的な地政学的武器として使う権限を与える点です。Blumenthal氏は「関税は常に政治的な武器として使われてきました」としつつ、「これらの関税を嫌う国には、簡単な回避方法があります。石油とガスを買うのをやめて、他から買えばいいのです」と述べ、経済的な措置でありながら明確な政治的目的を持つと説明しました。
執行の重要性についても、元検察官・元コネチカット州司法長官である自身の経歴に触れ、「執行されなければ法律は死文です」と語りました。Blumenthal氏はオバマ、Trump、バイデンの各政権を、制裁の執行が緩慢すぎるとして批判してきたといい、「濡れた毛布のように、あるいはタカのように、この政権が何をするか監視するつもりです」と述べています。
大統領の裁量への懸念
一部の民主党議員は、Trump大統領が付与された広範な新権限を上院の望む形で使わず、法案の範囲外の国に制裁を課すのではないかと懸念しています。
これに対しBlumenthal氏は、法案が対象とできるのは「ロシア産石油・ガスの上位5カ国の購入者のみ」であり、加えて制裁回避を助ける「回避の上位5つの促進者」も対象になると説明しました。ロシアの総輸出量の15%未満しか買っておらず、購入停止に向けて相当の努力をしている国には適用除外があり、欧州諸国は対象外になるとのことです。
一方で、この法案は大統領に関税の発動を義務づけているわけではなく、Trump大統領が実際に発動しない可能性もあると番組は指摘しています。Blumenthal氏はこれを認めつつ、「この法案の主要な推進者は同僚のLindsey Grahamでした。大統領が約束と誓約を守るとすれば、Lindsey Grahamの記憶をたたえる何かにおいてだと思います。この法案はLindsey Grahamへの追悼です」と語りました。
制裁は今も強力な手段か
Blumenthal氏は、制裁がウクライナ戦争を終わらせるための一つの手段にすぎず、他の経済的措置や、特にウクライナへの防空を中心とした軍事支援と組み合わせる必要があると強調しました。「大槌を持っているからといって、釘に当たるほど強く振るとは限りません。大槌は正しく使われなければならないのです」。
制裁が20年、30年前と同じくらい強力な手段であり続けているかという問いに対し、Blumenthal氏は仮定の質問への回答を避けつつ、「制裁は執行されなければならないという点は避けられません」と述べました。中国とインドがロシア産石油・ガスの購入をやめれば、Putin氏の戦争マシンを支える収入の流れは劇的に減るだろう、というのが同氏の見立てです。
制裁と関税の目的は、Putin氏を交渉のテーブルに着かせ、ウクライナの主権を守り、その安全を保証し、領土を回復させることにある、とBlumenthal氏はインタビューを締めくくりました。制裁がかつての切れ味を失いつつある一方で、その執行のあり方こそが今後の有効性を左右するという論点が、この番組を通じて浮かび上がってきます。
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